第19話 裸になって着替えるですって!

文字数 2,281文字

時空転移装置の窓の外から星が消え、真っ暗になった。

それが数分続いた後に、時空転移装置のガタピシいう動きが止まると、窓の外に、樹々が見えていた。

小梅さん、着きましたよ。

(時空表示装置を確認して)大丈夫、時間は江戸時代。場所も、怪談を成立させる江戸から5キロほどの雑木林の中です。バッチリです。


あれ、小梅さん、どうしました?大丈夫ですか?

小梅、シートの安全ベルトにしがみついて眠り込んでいる。


ミタローが遠慮がちに小梅の肩をゆする。

えっ、ここは、あの世? それとも、暗黒宇宙?


小梅さん、何を言ってるんですか?

無事、到着したんですよ。

着いた?

ってことは、あたしは、まだ生きてるのかい?

小梅さん、シッカリしてください。

これから、いよいよ、任務本番です。

あのさぁ~、この時空転移装置、あんまりボロいんで、あたしゃ、暗黒宇宙に沈んでくたばるに違いないと、覚悟してたんだよ。
死を覚悟したら、眠るんですか?
当たり前だ。

死ぬとき、意識があったら、恐い。


あたしは、歯医者でドリルされる時も、診察台の上で眠る。

それって、地球の昆虫の仮死反応と同じですね。


人を虫と一緒にするな!


でも、ま、生きてたどり着いたんだから、やることを、やるか。

小梅、時空転移装置から出て、身体を伸ばし、深呼吸する。
(江戸時代の武家の女中の着物を差し出しながら)じゃ、さっそく、これに着替えてください。
着替える?

なに、すっとぼけたこと、言ってんだい。


あたしの、この万能ボディスーツが見えないのか。

これの、ここを(袖口のタッチパネルをミタローに示す)ちょちょっと操作すれば、昔の日本人の着物から、動物の毛や鳥の羽毛まで、なんにでも変化するんだ。

すごいハイテク!さすが、予算をたっぷり持ってる「昔話成立支援機構」さんですね。

そこに、江戸時代の武家勤めのお女中さんの着物も入ってるんですね。

当たり前だ。見てな、いますぐ、変身してやるから。
小梅、タッチパネルをしきりに操作するが、だんだん、表情がこわばってくる。
あれ、ない。

竜宮城のバックダンサーも、『屁こき嫁』の粗末な衣装も、『鉢かつぎ姫』の下女の衣装もあるのに、江戸時代の女中の衣装というのが、ない。

小梅さん、ちょっと言っていいですか?
なによ?
「昔話成立支援機構」のクローン・キャストの皆さんは、日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されるんですよね。

江戸時代は、そこまで「むかし、むかし」じゃないから、江戸時代の衣装はプログラムされてないんじゃないですか?

だったら、どぉすんのよ?
ここで、一度裸になって、この着物を着ていただくしかないかと・・・
教育部長の奴、裸になって着替えしなきゃならないなんて、一言もいわなかった。

「いつもの小梅さんのままでいいから」とか言って。あのウソつき女!

小梅さん、誰に怒ってるんですか?
あんたの知らない奴。


わかった、いいわよ。着替えるわよ。その前に、このボディスーツを脱がないと・・・

ミタロー、小梅がボディスーツを脱いで裸になるのを、じっと見ている。
ゲッ!

なんで、あんた、見てんのよ。

後ろ向いてなさいよ。レディに失礼でしょ。

ボク、「怪談成立支援機構」の女性クローン・キャストの裸は見慣れてるんですけど、「昔話成立支援機構」の女性クローン・キャストさんの裸を見るのは、これが初めてなんで。

どこか違ってるのかなって、思って。

ええ~っ!

あんた、いっつも、女性キャストの裸を見てるの!

女性キャストは、怒んないの?


だって、ボクたち、地球人みたいな「性欲」って、ないじゃないすか。

ボクたちの元になったラムネ星人に生殖行為がないから、当然なんですけど。

ラムネ星人は生殖行為はしないけど、男女の別はあって、お互いに守るべきマナーがあるじゃない。

クローンのあたしたちも、同じよ。

平気で女性キャストの裸を見るあんたは異常だし、見られて平気な女性キャストも、どうかしてる!

うーん、「昔話成立支援機構」と「怪談成立支援機構」のカルチャーギャップですね。

面白いことを発見しました。

へ理屈言ってないで、あっち向いてなさい!
はい、はい、わかりました。


でも、残念だなぁ~


小梅さん、ラムネ星に帰ってから、うちの女性キャストと裸を見せ比べして、どこが違うか、教えてくれませんか?

この変態!
小梅は足元に落ちていた小石を拾って、ミタローの背中に投げつける。
小梅、四苦八苦しながらも、なんとか着物を身に着ける。
でもさぁ~、これ、人材交流でしょ。

「怪談成立支援機構」から「昔話成立支援機構」に行って、あたしたちのボディスーツを着た子は、驚くでしょうね。

「怪談成立支援機構」でも採用しようって、話になるかもよ。

えっ、人材交流?

うちから「昔話成立支援機構」に派遣されてるキャストは、誰もいませんよ。

うちが、今、精神的に参って休んでるキャストが多いんで、ダメ元で「昔話」さんに応援を頼んだら、驚いたことに、小梅さんを派遣してくれたんです。ホント、助かりました。

小梅の頭に、教育部長との会話がよみがえる。
今年から、「日本怪談成立支援機構」さんと、人材交流をすることになったの。

お互いに、刺激になるし、学ぶことも多いはず。


最初だから、お互いにエース級を派遣しましょうということになったの。

それで、うちからは、小梅さんに行ってもらいたいなと思って。どう?

あたし、エースですか?
そうよ。小梅さん以外に、考えられないわ。
あたし、行きます!
よかった。ありがとう。


仕事の方は、いつもの小梅さんのままで、バッチリ、間違いなしだから。

あのタヌキばばあ、人をだましやがって。

帰ったら、ただじゃおかねぇ。

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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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