第47話 カモミールの香りが呼び覚ます記憶

文字数 1,087文字

シノ・フラウ部長が襲われかけた映像がラムネ星のネット内で急に拡散している一方、フラウ部長と茜は、機構上層部から身を守るために、部長室にたてこもっていた。


茜が部長から借りた服を着て、頭をタオルで拭きながらバスルームから出てくる。

部長室にシャワー付のバスルームがあって、助かりました。そうでなかったら、汚い話で恐縮ですが、お手洗いに行くのにも困るとこでした。
それはいいいのだけど、お腹がすくのは、どうしようもないわね。

こんな事になるのだったら、非常食を買い置きしておけばよかった。

あっ、部長、あれはなんでしょう?
茜が指差す方を見ると、ドアと廊下の間のわずかな隙間からメモのようなものが差し込まれてくる。


フラウはドアに近づいてメモを取り上げる。

(メモの中で)「怪談成立支援機構」のコレ・ミタローです。お食事を届けに参りました。
フラウ部長がドアをあけ、廊下に出る。入れ違いに透明化したミタローが部長室に入る。


フラウは、エレベーターの前をふさいでいる警備員に目を留める。

みなさん、私のせいで、立ち番をする羽目になって、ごめんなさいね。
フラウがドアを閉めて室内に戻る。


ミタローは、すでに透明化を解除していた。

ミタロー君、ありがとう。部長とおなかが空いたって、話していたところだったのよ。
透明化バッグが小さくて、あまり多くの食糧は詰められません。

仕方ないので、ボクたちが地球で使う非常食をもってきました。味はイマイチですが、栄養があって、「腹もち」します。

素晴らしい選択だわ。それにしても、良く、また来てくれたわね。
部長とボクの上司の間柄ですから……というのは、表向きの理由で、ボクは小梅さんを暗黒宇宙に飛ばした連中が許せないんです。
私も、許せない。暗黒宇宙に飛ばされたのは、小梅さんだけじゃない。私の先輩や同期や後輩でも、飛ばされたキャストが何人もいる。こんな不正を、止めないといけない。
ミタローさん、こんな有様で、とてもおもてなしってわけに行かないのだけど、ハーブティーなら作れるの。飲んでいかない? 外は、寒かったでしょう?
あっ、じゃあ、遠慮なくいただいていきます。緊張して喉も渇いています。
フラウ部長が室内の簡易キッチンに行って、ハーブ・ティーを淹れ始めた。


カモミールですね。素敵な香り……
うっとりした表情を浮かべていた茜が、はっとした顔に変わった。
この香り……前に、この香りを嗅いで驚いた記憶が……
部長、大変なことを思い出しました。

沙紀さんが「クローン先祖親」が分かったと話してくれた3日前に、「くすのきの里」に、地球からお忍びでお客様が来ていました。

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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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