シノ・フレアの歴史クラス

文字数 4,639文字

ラムネ星のクローン人間養育所「くすのきの里」。クローン人間の児童20人が席についた学習室に、教師のシノ・フレアが現れる。フレアはクローンではない。天然のラムネ星人だ。
クラスの皆さん、そろいましたか?
はい、フレア先生、全員そろってます!
クラスの学級委員長、チカが元気いっぱいに答える。
今日で、みなさん12歳ですね。お誕生日、おめでとう。
(クラスの皆が、チカの音頭で)ありがとうございます。

この子たちは、今から12年前の丁度今日、人工胎内システムから取り出された


この子たちを製造した「日本昔話再生支機構」からは「M23シリーズ」と呼ばれる。「M23」は、この子たちが初代から数えて第23代のクローン人間であることを示す。そして、M23の後には、一人一人が人口胎内システムから取り出された順番をを示す数字がつづく。


しかし、フレアは、子どもたちを番号で呼んだことはない。ここ、クローン人間養育所の母親役、マザーたちが子どもたち一人ひとりにつけた愛称で呼んでいる。

皆さんのクローン人間養育所での生活も、あと6年になりました。今日からラムネ星と地球の歴史の勉強を始めます。
ボクたちが、地球の「むかし、むかし、あるところ」の日本に行って日本昔話を再生してあげる理由が、わかるんですね。
そうですよ、トウタ君。
楽しみですっ!
ボクもですっ!
クローン人間の児童たち、みなが、期待に目を輝かせてフレアを見る。


みんな、ありがとう。

でも、今日お話しするのは、ちょっと難しい話です。先生はできるだけ分かりやすく伝えるつもりだけど、途中で分からなくなったら、いつでも、手を挙げて質問してね。

それから、難しい話なので、すぐに分からなくても、全然恥ずかしくないですよ。

アユミがクラスのクローンの子どもたちを見回すと、うなずく子、ツバを飲み込む子、もじもじ身体を動かす子と、反応は子どもたちそれぞれだが、全員、目は真剣だ。いつものクラスのように、目がどんよりしている子や舟を漕いでいる子はいない。それだけ、ラムネ星と地球の歴史は、この子たちにとって真剣なテーマなのだ。
では、初めに、もしかしたら先輩から聞かされて知っている人がいるかもしれないことを、質問します。


あっ、でも、知らなくても、全然恥ずかしくないですよ。養育所では、まだ一度も教えていないことです。


今から120年前に、びっくりするような出来事がありました。どんな出来事か、知っている人はいますか?

ボク、先輩から聞いたことがあります。
はい、では、トウタ君。


(心の中で)一番手がチカちゃんでなくて良かった。勉強熱心で物知りのチカちゃんが真っ先に答えると、他の子たちが白けてしまうことがある。「出来る子」に伸び伸び活躍させる授業があってもいいけど、この授業は違う。クラスのみんなに関心を持って、ある程度以上は分かってもらいたい。

別々の宇宙にあったラムネ星と地球をつなぐトンネルみたいなものが出来て、行き来できるようになりました。
正解です。ちょっと、みんな、見て。
フレアは教室の正面にあるホワイトボードに近づき、円を2つ並べて描き、それぞれに「ラムネ星」、「地球」と書き込む。そして、2つの星の間に太い縦線を入れた。
ラムネ星と地球はとても良く似た星で、ラムネ星人・ラムネ星人クローンの皆さんと、地球の人たちは姿かたちが同じです。植物や動物も、ほとんどが同じ。でも、2つの星は別々の宇宙にあって、行き来することはできませんでした。こういう2つの星のことを、科学者や巫女さんたちは「並行世界」と呼んでいます。
フレアがラムネ星と地球を隔てる太い線のうえに「並行世界」と書く。それから、ラムネ星と地球の間に引いた太い線の真ん中を消して、そこに「トンネル」と書き込む。


フレア先生、算数で「平行」を教わりました。それとは違うのですか?
ケンタ君、いい質問だわ。たとえて言うと、「平行」は、ケンタ君とトウタ君が隣り合って走り出して、そのまま一度もがっちゃんこしないでラムネ星を一周してくること。「並行」は、ケンタ君が行ったことがないし、行くこともできない場所でケンタ君の双子が暮らしていること。
えっ、それじゃ地球には、ボクとうり二つの地球人クローンが暮らしてるんですか? それって、なんか、気持ち悪いです。
ケンタ君、安心して。そういう、とっても結びつきの強い並行世界もあるらしいけど、ラムネ星と地球は、そこまで強く結びついていないの。だから、ケンタ君やトウタ君の双子みたいな地球人は、いないのよ。
フレアはチカが何か言いたそうにしているのに気づいた。フレアの説明に不満なのだ。きっと、チカには、もっと正確に説明できる自信があるのだろう。では、チカには別の機会を用意することにしよう。
「並行」と「平行」の違いは、別の機会に、もっと詳しく考えることにして、今日は、さらさらっと歴史を通してみていきましょう。
「並行」と「平行」の話、楽しみにしてます。
では、また質問です。ラムネ星と地球をつなぐトンネルが出来た時、地球の人たちは、あることで、とても困っていました。何で困っていたか、知ってる人はいるかな?
今度は、誰も手が挙がらない。チカが周りを見回してから、アユミの顔を見た。アユミが小さく微笑んで返すと、チカがそろそろと手を挙げた。
はい、チカさん。
地球の日本っていう場所で、そこに住んでいる人たちが、昔から伝えられてきた「日本昔話」を忘れ始めていました。もし、全部忘れちゃったら、日本っていう場所が消えちゃうって、地球の人たちは心配していました。
その通りです。よく知っていたわね。
名前は出せないけど、先輩がこっそり教えてくれました。
フレア先生、昔話って、何ですか?
良い質問です。

(何か言いたがるチカを目で抑えて)日本の人たちは、むかしは、山や川や草木や動物たちと、とても仲良く暮らしていました。そういう暮らしの中で、いろいろ不思議なことが起こりました。それを見たり、それに巻き込まれたりした日本の人たちは、後から生まれてきた日本の人たちに、見たこと、巻き込まれたことを話して聞かせました。

それが、ずーっと長い間続いて、「日本昔話」が出来上がったんですよね。
そうです。
そんなに長い間伝わってきた話を、どうして忘れちゃうようになったんですか?
原因は、わかりませんでした。今でも、わかっていません。
でも、どうして、日本の人たちが「日本昔話」を忘れちゃうと困ったことになるんですか? ボクは、フレア先生に教わったことを、だいたい、次の日には忘れちゃってます。
私が教えることは、別に忘れてもいいんですけど。
ええ~っ。
教室がどよめく。
あっ、いえいえ、私の話も覚えていて欲しいんだけど…… 「日本昔話」はお勉強とは違う、特別なものなの。
どう特別なんですか?
う~ん、ここが難しいところなんだけど、「日本昔話」は、日本に住んでる人たちと日本の山や川や草木や動物たちが昔からずっと「仲間」だったことを意味してるのね。
あっ、そうか! 人間たちが、山や川や草木や動物たちに断りなく勝手に昔話を忘れちゃうと、山や川や草木や動物たちが悲しむんだ。
そう! トウタ君、良く言ってくれました!
悲しくなって、消えちゃうんですか? なんか、いくじなしな感じがします。

日本人を、「ちゃんと思い出せ」って叱ればいいのに。

叱る代わりに、もっと意地悪なことを思いついたんですよね。
(心の中で)うっ、チカちゃんに先を越された。でも、ここは突っ込まれやすい面倒なところだから、取りあえず、チカちゃんに前面に立ってもらおうか。


チカちゃん、地球の山・川・草木・動物がどんな意地悪を思いついたか、みんなに説明してあげて。

自分たちが消える時に、日本の人たちも、一緒に消してしまうことにしたの。
なんで、昔からの仲間に、そんなヒドいことが出来るの? おかしいじゃない?
ホント、ひどすぎだよ。ボクは、時々トウタにいじめられて消えたくなるけど、だからって、トウタも一緒に消えろなんて思わない。
(心の中で)げっ! 私のクラスで、イ・ジ・メ? 全然、気づいてなかった。ヤバいかも。
私に言われても困るわ。私は、日本の山川・草木・動物じゃないんだから!
チカさんの言うとおりです。地球の自然の考えは、私たちクローン星人には想像できません。でも、日本の山川・草木・動物が消え日本の人たちも消えるというのは、地球だけでなくラムネ星の最高の科学者と巫女さんたちも一緒に考えて、間違いないと言っています。
フレア先生、日本の自然と日本の人たちが消えちゃうことはわかりました。でも、それが、ラムネ星とどういう関係があるんですか?
ケンタ君、ありがとう。とても、大切な質問です。

ラムネ星と地球の科学者と巫女さんたちは、とても恐ろしいことを発見したのです。

シーン……
教室が静まり返る。
ラムネ星は地球の並行世界なので、地球が大変な目にあうと、ラムネ星も大変な目にあいます。地球で日本の自然と日本の人たちが消えてしまう時、ラムネ星でも、地球で消えるのと同じ広さの土地が消えて、地球で消える人と同じ数のラムネ星人が消えてしまうのです。
ええ~っ! 

ヒドすぎる!

地球に文句言ってやる!

教室がどよめく。


チカが立ち上がった。

みんな、静かにして! フレア先生の話を最後まで聞きましょう。
教室が水を打ったように静かになる。
ラムネ星と地球の人たちは、なんとか恐ろしい結末を避けることができないか、一生懸命考えました。そうして、みなさんのようなラムネ星人のクローンを日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣して、同じ「日本昔話」を何度でも再生することが決まったのです。
どうして、同じ昔話を繰り返し再生すると、日本の人たちが昔話を忘れなくなるのですか?
みなさんも、教室で勉強したことを居住区に帰っておさらいすると、忘れなくなるでしょ。それと同じで、日本の人たちが同じ昔話を見る回数が増え、後から生まれてくる人たちに伝える回数が増えるほど、日本の人たちが「昔話」を忘れにくくなります。
なんで、クローンでなきゃいけないんですか?
「日本昔話」に出てくるのは、人間だけではありません。犬、猫、猿、鶴など色々な動物や、鬼や化け物、お地蔵さんやヤカンのような物まで、登場します。だから、昔話を再生するためには、動物や鬼、化け物、物に変身できないといけません。

でも、普通の人間は変身ができない。だから、変身する力を持ったクローン人間にお願いするのです。

なんで、ラムネ星人のクローンなんですか? もともとは地球の問題なんだから、地球人のクローンが昔話を再生すればいいんじゃないんですか?
生き物は、同じ宇宙の中で昔に飛ぶことはできないんです。無理に飛ぼうとすると、消えてしまいます。

でも、別の宇宙の生き物なら、飛ぶことができます。だから、地球人のクローンではなくて、ラムネ星人のクローンが日本の「むかし、むかし、あるところに」飛ぶことになったのです。

…………
教室に沈黙が広がった。


沈黙を破ったのは、ケンタだった。

ボクたちが、地球の日本の「むかし、むかし、あるところ」で日本昔話を再生すると、大勢のラムネ星人と地球人を助けることができるんですね。
そうです。両方の星で、大勢の人が助かります。
だったら、ボク、頑張ります!
私もです!
私たちも、頑張ります!

ボクたちも、精いっぱいやります!

みんな、ありがとう。本当に、ありがとう。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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