第38話 証拠映像を外部に持ち出す

文字数 1,054文字

小梅が、沙紀から、変身ショーガールを半ば押し付けてられていた頃、シノ・フラウ教育部長はタカに変身した茜を肩に載せ、自分のオフィスに戻っていた。
あぁ、疲れた。
茜がタカへの変身を解いた。
いいの?この部屋は監視カメラとか盗聴器で見張られているわよ。
若い頃は2日くらいタカに変身したままで平気でしたが、寄る年波ですね。
(心の中で)茜さんは、もう35歳。50年の寿命しか与えられていないクローン・キャストとしては、晩年に近い。しかも、この10年間、激務の連続だった。
冷蔵庫から好きな飲み物を出して、くつろいでください。
そうさせていただきます。
茜が冷蔵庫からジンジャーエールの缶を取り出して、ソファーに身体を沈めた。
さて、私は、この大事なデータを保管しておかないと。
シノ・フラウが部屋の一隅にある金庫に歩み寄り、網膜認証で扉を開ける。

周りで空気がそよぎ、何かが近づいてくる気配がした。

目には全く見えないが、手に袋のようなものがあてがわれた確かな感触があった。フラウは、映像データの入ったミニカメラをその袋に入れる。すると、ミニカメラが姿を消した。
(心の中で)「日本怪談成立支援機構」の透明化技術は、大したものね。
茜さん、私も疲れた。ひと眠りする。でも、その前に、廊下の様子を見てきます。
シノ・フラウはドアを開け、廊下の左右を見回した。すぐ傍らを人間がすり抜けていく気配がした。
廊下に異常はない。私は、ちょっとアルコールをいただいて、ひと眠りするわ。
シノ・フラウは、冷蔵庫から1990年代の日本から輸入したギムレットの缶を出してきた。
カクテルの缶入が売られていたのは、1990年代の日本だけらしいわ。
部長、アルコールなんか飲んで、大丈夫なんですか?
私、昔、仕事で地球に派遣されていた事があるの。その時、地球人に付き合わされて、いつの間にか、飲めるようになっちゃった。
ビックリです。ラムネ星人のみなさんにはアルコールを分解する酵素がないから、絶対お酒は飲めないって聞いていました。
私みたいな特異体質が1万人に1人くらい、いるんですって。でも、もちろん、地球人みたいには飲めないわよ。
じゃ、乾杯させてください。
ええ、茜さんと私の背中を幸運が押してくれますように、
カンパーイ
カンパイ!
「日本怪談成立支援機構」のクローン・キャスト、コレ・ミタローは、全身を透明化したまま、機構本部の物類倉庫へと急いだ。
職員通用口は夜間はロックされてるけど、物流倉庫は24時間出入りがある。透明化したまま倉庫を出て、映像データを、あの人に届けよう。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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