第39話  ミタロー、加久礼 診子 に接触

文字数 1,697文字

かつて「日本昔話成立支援機構」の産業医を務めていた加久礼 診子(かくれ みこ)が貧しい人々のため開いている下町の場末のクリニック。その玄関口に、「日本怪談成立支援機構」のクローン・キャスト、コレ・ミタローが突然姿を現す。
ふぇ~、ぐったりだ。透明人間の擬態なんて、地球で毎日のようにやってるから楽勝と思ったら、ラムネ星でやると疲れる……
ミタロー、診療所の看板を見上げる。
「隠れ蓑クリニック」。シノ・フラウ部長から言われた場所だ。だけど、こんなクリニック名で、よく患者さんが集まるなぁ? スネに傷持つ患者さんたちの駆け込み寺なのかな?
ミタロー、ドアを開けて待合室に入る。
ありゃ、満員だ。後ろ暗いところのある病人って、多いんだな。
ミタローが診察室のドアをノックしようとすると、待合室の患者の一人に呼び止められる。
おい、そこの若造、番抜かしすると、許さねえぞ。
あっ、ボク、製薬会社の者で。加久礼先生から急ぎで頼まれたクスリを届けに来ました。
ミタロー、シノ・フラウ部長のミニ・カメラが入った袋を振って見せる。袋の透明偽装も、すでに解除してある。
クスリ屋か。さっさと済ませろよ。
はい。速攻でいきますから。

(心の中で)困ったな……加久礼先生に、この映像をラムネ人の間に拡散してもらわなきゃいけないのに……

ミタロー、診察室のドアをノックする。
創生ファーマです。ご依頼のクスリをお届けにあがりました。
ちょっと待ってね。今の患者さんが終わったら、呼ぶから。
ミタロー、マスクをした老婆と入れ替わりに診察室に入る。
これ、シノ・フラウ教育部長から預かってきたものです。
ミタローが袋からミニ・カメラを取り出して加久礼診子に渡す。
あっ、これなら、私のパソコンに移さなくても、簡単にネットにアップできるわ。
あのぉ~、患者さん、大勢待っていらして、中には殺気立ってる方も……
大丈夫、3分もあればできるわ。でも、念のため、待合室の患者さんには私から話す。
加久礼診子、待合室に通じるドアを開けて、顔を出す。
みなさん、ごめんなさい。今届いたクスリにすぐ手を加えないといけないので、ちょっと待ってくださいね。
おう、先生、急いでくれよ。こちとら、もう、1時間も待ってるんだ。
田山さん、ごめんなさいね。このクスリを処理したら、次の次が田山さんだから、もう少し我慢してください。
加久礼診子が田山に微笑みかける。
まっ、いつも診察代をまけてもらってる先生にそう言われちゃ、我慢するしかねぇな。
診察室に戻った診子は、ミニカメラを操作する。
はい、出来た。今、ラムネ星人に人気のWeTubeに証拠映像をアップして、Chatter で宣伝もしといた。

シノ・フラウ部長のオフィスのパソコンでも見られるから、あなたは本部に戻る必要はないわ。

先生、メチャクチャ速いっすね。実は、ハッカーだったりして?
あら、わかっちゃった? 私は「昔話成立支援機構」の産業医だったんだけど、「機構」の中枢システムに侵入してとんでもない事を知ってしまい、こわくなって機構を辞めたの。こんな形で、また、その秘密にかかわるとは思ってもみなかった。
一度避けた危険にまた首を突っ込んだりして、いいんですか?
いつかは決着つけなきゃいけないと思ってた。小梅ちゃんの紹介で美鈴ちゃんを診察した時に、今がその時だって思った。

それより、あなたこそ、「怪談成立支援機構」の人間なのに、よく、こんな事を手伝う気になったわね。

ボク、まだ、小梅さんの裸を見てないので。
えっ、クローン・キャストがそんなスケベな事を考えるなんて!

あなた、一度精密検査を受けた方がいいわ。

冗談ですよ。(心の中で)裸を見なくてもいいけど、小梅さんの事が好きなんすよ……


ボクの上司がシノ・フラウ部長と高校・大学が一緒で、親友なんです。今までも、お互いに助け合ってきたらしんです。その上司の命令なんですよ。

そうなんだ……(心の中で)なんか、説得力不足ね……

ともかく、あなたは、早く自分の職場に帰りなさい。危険なお務めを果たしてくれて、どうもありがとう。

加久礼診子は、ミタローを診察室から押し出すと、入れ替わりに、次の患者を呼び入れた。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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