第29話 忍び寄る黒い影

文字数 1,781文字

シノ・フラウ教育部長が茜と話し込んでいるころ、小梅は、「日本昔話成立支援機構』本部の廊下で浩太と出会った。浩太の顔には、デカデカと「フ・マ・ン!!(不満)」と描いてある。
浩太、どうした? えらく不機嫌そうじゃないか?

不機嫌にならなかったら、変態っす! 休暇で寮にいたら、急に運行管理部長から呼び出されたんす。今から時空転移装置に乗って地球に飛べって。

(心の中で)いやいや、そういう所で「変態」という言葉は使わんだろう・・・・・・


昔話成立プロジェクトのどれかで、急に代役が必要になったのか?

小梅先輩、ボクに、誇りを持ってオールラウンダー(よろず何でも屋)の道を進めって言ったのは小梅先輩ですよねぇ。
そんなことを言ったっけ・・・・・・う~ん、まぁ、そんな感じのことを、言ったかな?
ボクの人生を決定づける一言を吐いておいて、それを覚えてないんすか? 大人なんだから、自分の発言に責任を持ってください。
ええぇ~!

そりゃ、多少、説教はしたよ。だけど、最後に自分の道を決めたのは、あんたでしょ。あんたこそ、自分で決めたことに責任を持ちなよ。

ほら、大人は、そうやって、すぐに「自己責任論」を持ち出して、石につまづいた青少年を切り捨てるんです。
う~ん、言われてみると、「あるある」かも・・・・・・
(心の中で)いやいや、ちょっと待て「あたし」。納得してる場合じゃないぞ。まだ、質問の答えをもらってない。
浩太、話をふくらませないで、あたしが訊いたことに答えろ。

どっかのプロジェクトで欠員が出て、呼び出されたのか?

欠員補充なら、こんな不機嫌になってません。


小梅先輩に丸め込まれてオールラウンダーの道を進むって決めた時、休暇中に代役で呼び出されることくらいは、覚悟しました。


だけど、モルモットになるために呼び出されるなんて、納得できません!

「モルモット」って、どういうことだ?
運行管理部長は、開発中の新型時空転移装置の試運転をするから、ボクに乗れって言うんです。


そんな事はボクの仕事じゃないと断ったら、「オールラウンダーは『よろず何でも屋』だ。テストパイロットも仕事のうちだ」って、押し切られたんです。

あぁ~、わかった。


運行管理部長は、あんたがオールラウンダーなのを口実にテストパイロットを押し付けてきた。


で、あんたは自分がオールラウンダーを選んだことを後悔した。あたしに説教されなかったら選ばなかったのに、と思った。それで、そもそもは、あたしのせいだと思ってあたしに怒った。


回りくどい逆恨みをする男だねぇ~

ちょっと待て。クローンキャストの配置を決めるのはキャスティング部長だぞ。


運行部長が勝手にあんたを動かすことは出来ない。

キャスティング部長の了解は取ったが、キャスティング部長が病期で早退したので直接指示してる。


運行管理部長は、そう言ってました。

それは、おかしいぞ。


キャスティング部長は、教育部長と産業医のスリナリ先生に告発されて、業務から外れてるはずだ。

えっ、そんな話は、聞いてません。
(心の中で)しまった、教育部長とあたしの間の秘密を浩太にバラしてしまった。あたしは、本当に、「秘密が似合わないオンナ」だ。

しかし、こうなったら、勢いで進むしかない。

キャスティング部長が告発されたのは、確かなスジからの情報だ。運行部長は勝手にあんたを呼び出したんだ。
ええっ、どぉして、そんな無理スジなことを?
沙紀が暗黒宇宙で姿を消したことを覚えてるよな。


あれは事故だってことになってるけど、本当は、黒幕達の手で飛ばされたに違いない。


だとすると、運行管理部長も一枚噛んでたはずだ。


浩太、これは、あんたを暗黒宇宙に飛ばすための罠だ!

クソッ、そうなのか! 卑怯な奴らめ!
浩太、運行管理部長のところには、あたしが行く。狼に変身して奴を脅して本当の狙いを吐かせてやる。


あんたは、このまま寮に帰れ。

小梅先輩、ボクも一緒に行きます。機構本部は監視カメラだらけです。警備ロボットに捕まらずに寮に帰るのは不可能です。


一人で捕まるより、小梅先輩と一緒に闘う方を選びます。

わかった。一緒に行こう。あんたの、この決定には、あたしが責任を持つ
いいっすよ、俺が自分でそうしたいんすから。俺が自分で責任持ちますって。
あっ、そぉ? じゃ、そぉしてもらおっか。その方が、あたしは気が楽だ。


よっし、行こう!

・・・・・・・・・・・・
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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