第3話 浩太の幼馴染、美鈴の願い

文字数 2,393文字

梅が、「日本昔話成立支援機構」の社食で、海老フライ定食を食べている。


小梅より、5~6歳、年下の可憐な少女がしずしずとやってきて、小梅の前に立つ。

あの……、失礼ですけど、M2108さんですか?
M2108は、あたしだけど。小梅って呼んでもらう方が、気分がいいな。
小梅先輩、私は、M2488美鈴と、言います。浩太と同じ養育所で育った、同期です。

ちょっと、失礼していいですか?

いいけど、浩太のお友だちが、あたしに、何の御用かしら?
浩太が、小梅先輩に厄介なことをお願いしちゃったと、すまながってました。
小梅、周りを見回し、声を潜める。
あっ、乙姫役の沙紀のこと? 調べたけど、手紙を出すの、忘れてた。明日、手紙送るって、浩太に伝えといて。


てか、手紙書くほどの話じゃないから、あんたから、浩太に伝えてもらおっか。ちょっと、耳を貸して。

はい。

美鈴、テーブルの上で身を乗り出して、小梅の口元に耳を近づける。

この間、あたしの同期のサクラが、初めて乙姫をやった。他のキャストが、「サクラさんが乙姫だったおかげで、リラックスして、できました」と、すごく喜んでたって。


キャストがそういう事を言うのは、沙紀が乙姫の時は、現場が、そうとうピリピリしてる証拠じゃないの?


あたしがゲットできた情報は、これだけ。探偵じゃないから、うまく探りを入れるなんて、できなかった。浩太に、謝っといて。

小梅先輩、実は、『浦島太郎』の亀をやった同期から、すっごい話を聞いちゃったんです。

沙紀先輩は、浦島太郎役に決まった男性キャストから、お金を取るんですって。それで、男性キャストが払わなかったら、途中で演技を止めて、その理由を、浦島役のせいにするんだそうです。

あんた、それを、浩太に話したの?
話しちゃいました。マズかったでしょうか?

亀さんが言ったことが本当なら、あんたが浩太に話さなくても、沙紀の方から浩太にコンタクトしてくるだろうさ。


それより、浩太は、どうするって?
お金を払うって、言いました。


お金は、沙紀先輩が直接受け取るんじゃなくて、沙紀先輩の一期後輩のアユさんという人が受け取るらしくて、浩太は、その人に連絡を取ったんです。それで、明日、大道具倉庫で会うことになって。

あなたは、なぜ、こんな話を、あたしにしてるの?
小梅先輩に、浩太を止めてもらいたいと思って。

浩太は、私が何を言っても、聞いてくれないんです。

おかしなことを言う子ねぇ~

だって、ワイロのことは、あんたが浩太に話したんでしょ。ワイロを使えば『浦島太郎』で成功できるって教えたのと、同じじゃない。

それを、あたしに浩太を止めて欲しいだなんて、あんた、頭どうかしてるよ。

私、ワイロの話を、本当は、浩太にしたくありませんでした。だって、沙紀先輩は、ヒドイことをしてるんですよ。浩太を、そんな悪事に付き合わせたくなかった。
だったら、なんで、教えたりしたの?
浩太、育成所出てから、ずーっと、脇役ばかりで、パッとしなかったんです。

それが、『舌切り雀』でブレイクしたみたいで、大きな役で立て続けに成功して、次は、『浦島太郎』で大ブレイクしてビッグになるんだって、ものすごく張り切ってた。

そんな浩太の役に立つかもしれない話を黙ってたら、浩太に悪い。そんな気がして……

それで、あんたがワイロの事を話したら、浩太がワイロを使うことに決めた。今さら、あんたが、どうこう言えることじゃない。まして、あたしには、全然、関係のない話だ。
でも、一度でもワイロを使って成功したら、また、使いたくなるんじゃないかって……

だけど、ワイロを使う機会なんて、めったにない。ワイロを払ってまで機嫌を取ったらイイことがある相手と言ったら、主役くらいのものだ。


でも、主役級のキャストは、高い給料をもらって、色々な特権も与えられてる。ワイロを取ってるのがバレたら、そのすべてを失うんだ。まともに計算ができる奴は、やらない。


沙紀が、頭がイカレてるだけだ。

そこなんですけど……


私、沙紀先輩について、すごく恐ろしい噂を聞いちゃったんです。

おそろしい噂って、なにさ?

沙紀先輩は、一度自分にワイロを払ったキャストを、繰り返し相手役に使って、その都度ワイロを取るんだそうです。


指名されたキャストは、沙紀先輩に昔話をぶち壊されたくないから、泣く泣くワイロを払い続けるんですって。

ちょっと待った!

昔話で、誰がどの役をやるかは、主役じゃなくて、キャスティング部長が決めるんだよ。

沙紀が、いつでも、自分の好きなキャストを相手役に選べるわけがない。


それとも……まさか?

その、「まさか」なんです。


沙紀先輩は、キャスティング部長を抱き込んでて、ワイロのほとんどは、キャスティング部長に流れているらしいんです。

その話は、浩太にしたのかい?
しました。でも、そんなバカな事がある分けないって、まるで相手にしてくれないんです。
じゃ、もう、どうしようもないじゃん。


あのさぁ、美鈴ちゃん、あんたが浩太を思う気持ちは、良く分かった。

だけど、キャスティング部長までからんでそうなヤバイ話を、あたしの所に持ってこないで欲しい。


今の話は、全部、聞かなかったことにする。


あたしは、ここで、海老フライに専念するから、あんたは、あたしの見えない所に消えて、二度と姿を見せないでちょうだい。

でも、私は、浩太が、沙紀先輩の奴隷にされるのかと思うと、我慢ができないんです。
それは、あなたの気持ちの問題で、あたしの問題では、ない。


さっさと、あたしの前から、消えてちょうだい。シッ、シッ。

うなだれて、立ち去る美鈴。


小梅は、イヤな記憶を振り払うように、猛然と、海老フライに食いつくが、口の中で何の味もしない。

全く、あたしの最高の幸せタイムを台無しにしやがって!


聞いちまったら、ほっとく訳にいかなくなるじゃないか。

小梅、食べかけの定食のトレイをテーブルに置いたまま、美鈴の後を追う。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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