第41話 「量子線全身スキャン」と「決着をつける時」

文字数 1,791文字

でも、加久礼診子 先生は、なぜ、こんな危険な橋を渡ってくださるのですか?
茜さんは、「量子線全身スキャン」を知ってる?
人間の全身を立体的に透視する検査ですね。骨なら骨、筋肉なら筋肉、血管なら血管と、診断したい構成要素だけに絞って観察することもできるんですよね。


ええ、がんの所在と浸潤範囲を正確に見極められるので、ラムネ星人のがん撲滅に大きく貢献した検査と言われている。
でも、クローン・キャストが「量子線全身スキャン」を受けると遺伝子の突然変異が起こるので、私達には無縁の検査です。
そういう事になっている……
えっ、違うんですか?
私は、クローン・キャストに「量子線全身スキャン」を使わない本当の理由は、別にあるのではないかと疑っているの。これを見て。
シノ・フラウが手元のリモコンを操作して、スクリーンに投影される映像を切り替えた。

女性の全身透視画像が現れる。

これは、クローン・キャストM1911早苗さんを「量子線全身スキャン」した画像。
早苗ならよく知ってます。同じクローン人間養育所で育ちました。27歳でがんで亡くなりました。彼女が「量子線全身スキャン」を受けていたのですか?
ここを見て。大腸がん細胞の周囲への浸潤が非常に進んでいるのがわかるでしょ。これを撮影したのは、当時、ここの産業医だった 加久礼 診子 先生なの。
でも、クローン・キャストに「量子線全身スキャン」を使うのはクローン・キャスト管理法に違反するのではないですか?
加久礼先生は早苗さんと相談して、目の前に迫ったがんの脅威を取り除くことを優先したの。

ところが、手術直前になって、加久礼先生が「量子線全身スキャン」を使ったことが、なぜか上層部に知られて、手術は中止にされてしまった。

それで、早苗は死んだのですか? そんな、ひどい!
ここを見て。上層部がこのスキャン画像を恐れた本当の理由は、ここにあると思う。
フラウが早苗の透視図の下腹部の一点を指さす。

茜が顔をかしげる。

ああ、早苗さんだけを見てもわからないわね。私の「量子線全身スキャン」画像も出すから、比べてみて。
スクリーンに、早苗よりすこし小柄な女性の透視画像が映し出される。
違いがわかりやすいように、筋肉だけに絞るわね。
あっ、早苗には、ここに、部長にはない筋肉の塊みたいなのがあります。これ、がんの転移なのですか?
茜が早苗の透視画像の下腹部の一か所を指さす。
いいえ、転移ではない。産業医のスリナリ先生に診てもらったのだけど、これは、生殖器の名残なの。
生殖器って、地球人にはあって、ラムネ星人にはないものですよね。ラムネ星人からつくられたクローン人間の私たちにも、絶対にあるはずがありません!
私も、そう思った。それで、このデータを持って加久礼先生を訪ねて、直接話を聞いたの。
それで、加久礼先生は、なんて言ったのですか?
加久礼先生も、最初は、早苗さんだけの特異現象だと思ったそうよ。でも、上層部から早苗さんの手術にストップがかかって、生殖器の名残に原因があるのではないかと疑うようになった。

先生は、「機構」中枢のデータベースに侵入して、クローン・キャスト創成時のデータを探って回った。そして、過去のクローンキャストの「量子線全身スキャン」画像が大量に保存されているのを見つけた。

まさか、その全てに生殖器の名残があったのですか?
ええ、男女を問わず、すべての画像に生殖器の名残があった。
それって、つまり……
あなた達クローン・キャストは、ラムネ星人ではなく、地球人から作られたクローン人間だということを意味する。
そんな……ショックです……
加久礼先生は、自分が発見したことを恐れた。当然よね。その直前に量子線全身スキャンの結果に基づく手術を上から止められていたのだから。

命の危険を感じた加久礼先生は「機構」を退職して下町で自分のクリニックを開業した。

それが、なぜ、今回私達に協力してくださるのですか?
加久礼先生は、ずっと「機構」に不信を抱き続けていたの。そこに、小梅さんの紹介で美鈴さんが診察を受けに来た。美鈴さんが、沙紀さんがワイロを取るのを妨害したために『屁こき嫁』の進行中に下剤を飲まされたと知った加久礼先生は、「機構」の奥に潜む悪を暴く決意をしたの。先生は、「決着をつける時がきた」とおっしゃっていたわ。
加久礼先生も、私と同じように、苦い思いを抱えて生きてこられたのですね……
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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