第四章 ゴールデン・リボン(6)

文字数 3,396文字

 それがマイナスであることを分かっていれば、余裕をもってレッド・リボンを玄に渡すことができる。
 突拍子もない憶測のようだけど、沙織には、ひょっとしたらありえるかもしれない、という心当たりがあった。

 それは、商社だけでなく、よしえもまた、あのレッド・リボンを避けていたという事実だ。

 リードしているからリスク回避でホワイト・リボンを選んでいると勝手に解釈していたけど、商社がもし分かっているのなら、よしえもまた分かっていてレッド・リボンを避けていたとも考えられる。
 いや、そう考える方が寧ろスッキリする。

 思い起こせば、まだレッド・リボンが数本残っているのに、彼らがホワイト・リボンを選んでいた場面が何度かあった。
 彼らは間違いなく残りのレッド・リボンに何が入っているのか、分かっていたんだ。

 でも、どうやって?
 いつ、どこで、それが分かったの?

 沙織は、ハッとした。
 まさかリボンに何か特徴があるとか……。

 前のめりになって画面に喰い付き、リボンの端から端まで凝視した。だけど、どこにも特徴らしきものは見当たらなかった。
 本物のリボンなら皺や捩れ方が何かの目印になっていてもおかしくないけど、パソコン画面の中の擬似リボンにはシミ・皺ひとつなかった。
 リボンの先に書かれてあるポイントも、記憶の限りではランダムに並んでいて規則性があるようには思えない。
 だけど、それはあくまでも記憶の中ではの話だ。
 ちゃんと調べれば、何かが見つかる可能性はある。
 だけどそれを検証するデータが、私にはない。

 そこまで考えて、沙織は愕然とした。
 そうか……。そうだったんだ。

 おそらく商社とよしえは1回戦からこつこつとリボンのポイントデータを集め始め、2回戦または3回戦の途中で、そこに何らかの規則性を見い出していた。。
 それに対して私は、正月に神社でおみくじを引くカップルのように「何が出るかな?」とワクワクしながら呑気にリボン引きをやっていた。

 ルール表が配信された時、私は今回のゲームは所詮くじ引きで、細かいところは始めてみないと分からないと思ってしまった。
 でも彼らはこのゲームの本質に気付き、ゲーム開始と同時にデータ集めの作業に取りかかっていた。
 取り組む姿勢が最初から雲泥の差だった。

 私はたまたま1回戦を勝ってしまったばっかりに、この2人をWやサクラには劣る格下プレイヤーだと軽んじてしまった。それは寝ぼけた勘違いだった。
 彼らはWやサクラと匹敵する、いや、実際ファイナルステージに進んでいることからして、それ以上のプレイヤーと考えるべきだった。

 3回戦を終えた時点で3者は1勝ずつで並んではいる。だけど、その間に得たものが違いすぎる。
 私には何もない。
 今からデータを集めたとしても、集め終わる頃にはどちらかが3勝しているかもしれない。

 私はもう、おそらく1勝もできない。

 沙織は重いため息を吐きながら天を仰いだ。
 天井の隅にシミがあるのに今初めて気が付いた。
 あんなのあったっけ? 入居した時にはなかったはず……。
 ふっと苦い笑いが漏れた。
 あのシミは私の中にいつの間にか蔓延(はびこ)っていた驕りといっしょね。
 
 ファーストステージでWの赤のファイブカードに敗れた時、その圧倒的な実力の前に、悔しいよりも寧ろ清々しい気持ちになれた。
 そこで終わっていれば悔いのない敗退だった。
 天井のシミに気付くこともなかった。
 しかしそこでは終われなかった。
 ファイナルステージまで登りつめてしまった。
 そのせいで、”1人神社のおみくじ状態”をみんなにさらけ出してしまった。

「あーあ、みっともない」
 ファイナリストとして恥ずかしい。私1人が格下プレイヤーだ。

 ファイナリストに選ばれたのなら、ルール表が配られた時点で神経が擦り切れるほど集中し、まだ何かあるんじゃないかと野良猫のように目を光らせて、今の自分にできることを貪欲に探し求めるべきだった。
 そうすれば商社やよしえが辿り着いた、データ集めという基本的な行為に私も辿り着けたかもしれない。

 慢心が招いた失態。
 勝利への飽くなき探求心があれば防ぐことができた失敗……。
 それが今の私の実力……。

「悔しいなあ」
 口から空気が漏れるように言葉が衝いて出た。

 私は何でもっと懸命にならなかったのか。
 懸命になっていれば、こんな恥ずかしい姿を晒さずに済んだのに……。

「超悔しいーーーーーーっ!!」

 目に涙が滲んでくる。
 だから私は駄目なんだ!
 自分に対する怒りが収まらなかった。

 借金を返済して、今の泥沼生活から脱却する。
 親の力がなくったって生きていけるということを証明してみせる。
 そんな漫然とした思いからクイック・リッチ・クラブに参加した。
 ここには今まで味わったことのない、自分を芯から熱くさせる頭脳ゲームが用意されていた。
 エゴ剥き出しの人間とぶつかり、その中で懸命に闘うことで、生きることの楽しさを知った。
 今までの自分に何が欠けていて、これから何を培っていけばいいのか、分かったつもりでいた。

 それなのに……。

「何やってんのよ、私……」
 最後まで、全力で戦いたかったなぁ…。

 こんな消化不良な終わり方が、今の私にはふさわしいということね。
 自然と笑みが零れた。

 その瞬間、背後に気配を感じた。
 刺すような視線。
 ひっそりと、ただじっとこちらを監視しているような気配。

 沙織はゴクリと生唾を呑み込み、ゆっくりと椅子を反転させた。
 確かにそれはじっとこちらを見ていた。

——俺のこと忘れてたのかよ。

 そう呟いた気がして、その愛くるしい物言いに沙織の胸はキュンとなった。

 必要はないかもしれないと思いながらも、昨日の反復行動で無意識にセットしておいたスマートフォンがそこにあった。
 喉から手が出るほど欲しかったデータがそこにある。

「ひゃーーーーーーっ‼」
 呻きとも嬌声ともとれる声を上げながら沙織はスマートフォンに駆け寄り、両手で抱えて撫ぜ回した。
 あんたやるじゃない! 
 スマートフォンに頬ずりする。
 失われていた活力やゲームに賭ける情熱が身体の底から蘇ってきた。
 涙が止めどなく流れてくる。

 私はまだやれる! 
 まだ終わっていない。

 涙を拭いながらパソコン前に戻ると、4回戦の現在までのポイント経過をメモし、これから録画を止めることに対する準備をした。
 ちょうど自分の引き番になっていたので適当にリボンを1本引き、すぐに録画の再生に取り掛かった。
 1.5倍速で見ながら、1回戦から出たポイントをリボンの番号順に書き記していく。
 それをまとめた表がこれだ。
  


 表を見て沙織が最初に思ったことは、何とマイナスの多いことか、ということだった。
 これではゴールデン・リボンを引かない限り、プラスポイントを加算して勝ち切るのは難しい。
 逆に言えば、プラスと同数近くあるマイナスポイントと、それをプラスに変えるピンク・リボンの存在は想像以上に重要な鍵になっているということだ。

 だけど気付くのはこれぐらいで、予想していたポイント自体の規則性や並び方の法則性はないように思われる。
 もっと時間があればパソコンにデータ入力して、解析ソフトでも利用すれば何かを発見できるかもしれないけど、そんな時間は勿論ない。
 商社やよしえだって、そんな時間はなかったはずだ。

 彼らは本当にこの情報から何かの規則性を発見したの? 

 ここに何かあると思ったのは、私の勘繰り過ぎ?

 ポイント表とにらめっこをしていても一向に規則性が見つからないので、沙織はもう1つの知っておきたいことを先に検証することにした。
 それは、何ポイントがどれぐらいの頻度で出ているかということだ。
 これを知っておくと、残りのリボンの中に何ポイントが残っていそうなのかの見当がつけられるし、特にマイナスが各回どれぐらいの割合で出現しているかが分かれば、ピンク・リボンを引くタイミングの参考となる。

 その検証のため、リボンの色別にこれまで出たポイントを集計してみた。
 その結果に沙織は驚愕した。
 そこには沙織が予想もしていなかったとんでもない事実が隠れていた。
 でもそれは沙織にとっては予想外の事実であって、他の2人にとっては既知の事実に違いなかった。
 
 何故ならそれが、あの時、彼らがレッド・リボンを回避した理由だからだ。
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