第四章 ゴールデン・リボン(4)

文字数 3,434文字

「何で、私だけ『パス』が出来ないのよ!」 

 沙織は焦燥感に駆られながらデスクの脇に投げ出されてあったルール表を引っ掴み、『パス』について書かれてある項目に目を通した。

 そこにはやはり特別な制限なんてものは書かれていなかった。
 ただ単純に、

 『パス』は1回戦につき2回までです。

 とだけ書かれてあった。
 
 沙織はその文字を見て、2度瞬きすると、そういうことか……とがっくりと項垂れた。

 ルール表のどこにも『パス』は“1人につき”2回までとは書かれていない。私が勝手にそう思い込んだだけだ。
 『パス』は1回戦につき2回まで。プレイヤー3人で2回まで、という意味だったんだ。

 商社もよしえも玄が大量リードとなった時点で2連勝を阻止すべく、すぐにこの『パス』2回までの意味を確認するため『パス』を使った。
 2つの『パス』の後、もう【PASS】ボタンが押せなくなっているのを確認すると、ピンク・リボンを玄に押しつけることを暗黙の了解とし、他の色のリボンを引きにいった。

 3巡目にゴールデン・リボンを引いた時、沙織は勝利を確信した。
 4巡目以降は消化試合のつもりでいた。
 だけど実際は、よしえが2つ目の『パス』を使った時点で、沙織1人だけの敗北が決定していたことになる。以降は商社とよしえのマッチレース。
 沙織は知らない内に、1人だけ負けが決定してしまった意味での消化試合をさせられていたのだ。

 起った事態を把握し、気持ちを整理してパソコン画面に目を戻すと、画面右端にピンクのリボンが1本ぽつんと残っていた。

「早くクリックしてよ❤」
 茶目っ気たっぷりに囁いてきた。
 こっちの気も知らずに……、腹立つわ~。

 沙織は奥歯を噛み締め、自分の愚かさを戒めるかのようにそのリボンを力強くダブルクリックした。



 2回戦、勝者は商社。
 

 続く3回戦。
 前回トップの商社は前回と同様1番目を、よしえも同様に3番目を選択した。

 何故? と沙織は不思議に思った。
 どうして、商社とよしえは前回と同じ順番を選択したの?

 沙織はすぐに頭の中で計算した。
 そして、ハッとした。
 そうか、このゲームは『パス』2回を使えば、いつでも引き番が2番目のプレイヤーに最後のリボンを押し付られる。
 いくらプラスポイントを稼いでも、2番目である限りは常にピンク・リボンを押しつけられるリスクが伴う。
 だから彼らは2番目を避けたんだ。
 そして私は、またもやその不利な2番目スタートを余儀なくされたというわけだ。
 やられた!

 とにかく大きなプラスポイントだけは獲らないようにしよう。
 それが、大逆転負けのショックからまだ立ち直りきれない沙織が、朦朧とする意識の中で考えられた唯一の作戦だった。
 
 1巡目。
 商社はこれまでと同様レッド・リボンから引いた。
 ⑱を選び「-20P」。

 ここで沙織は少考した。
 もう一度自分の作戦を確認する必要がある。
 レッド・リボンを引きマイナスポイントが多ければ途中でピンク・リボンを引いてプラスに転じればいい。そうすればピンク・リボンはすでに使ってあるので最後にピンク・リボンを押しつけられる心配もなくて、安心だ。

 だけどもしプラスを引き続けたり、間違ってゴールデン・リボンでも引いてしまったら最終的にピンク・リボンを引かされて2回戦の二の舞になってしまう。
 それだけは避けなければならない。

 暫くはホワイト・リボンを引いて、様子を見るしかないか……。
 沙織は自分を納得させるように大きく肯いてから、ホワイト・リボンをクリックした。
 
 よしえの番。
 2人のプレイヤーに先勝され1歩遅れをとっているように映る彼女が、この3回戦でどういう反撃に出てくるか? 
 ここで彼女の技量を知ることができる。
 1巡目は商社と同じくレッド・リボンを選択して「10P」。まずは無難なスタート、といったところか。
 
 2巡目。
 商社が引いた⑳のその先に、早くもゴールドに輝くリボンが見えた。
 ゲームが動いた! 
 それを見た沙織は、しめた! と心躍らせた。

 これでゴールデン・リボンを引いてしまう危険がなくなった。これなら、いつでもレッド・リボン勝負で大きなマイナスを狙いに行ける。
 失っていた気力が全身に蘇ってきた。
 ここは一気呵成に攻めよう! 

 沙織はレッド・リボン勝負に挑んだ。
 とにかくマイナスが欲しい、という願いが通じ「-25P」を引き当てた。
「よっしゃ」と小さくガッツポーズをした。

 続くよしえは⑪を選択して「20P」を獲得。
 2巡目が終ってポイントはこのようになった。



 ピンク・リボンを使ってマイナスをプラスに転換することを考えると、3人のポイントはほぼ横一線だと言える。
 これは沙織にとって理想的な展開だった。
 2番目という不利な順番では最初に抜け出して目標にされるより、できるだけ混戦の中に紛れていて、最後に頭ひとつ抜け出す展開の方が望ましい。
 あとはピンク・リボンを使うタイミングだけ。できるだけマイナスを貯めてから使いたい。

 3巡目。
 商社は「-20P」、沙織は「15P」と互いに希望とは反対のポイントを引いてしまう。
 そんな中、よしえがゴールデン・リボンに次ぐ高ポイント「30P」をゲットした。

 うわっ、と思わず沙織は天を仰いだ。
 これでよしえが抜け出し、混戦が崩れてしまう。
 だけど、すぐに気持ちを切り替えた。
 いつかは誰かが引いてしまう高ポイントリボン。ならば自分が引いてしまうより良かったと思え。
 もっと平常心を保って、勝負のポイントを見極めなくちゃ、と自らを戒めた。

 よしえの1歩リードで4巡目を迎える。
 ポイントで遅れをとっているにもかかわらず、商社はここでホワイト・リボンを選択してきた。
 これではたとえプラスを引いたとしてもよしえには追いつけない。

 マイナスを引きそうな気がしてビビったの? 
 そんなんじゃあ、このゲーム勝ちきれないわよ。

 結果はホワイト・リボンを引いても状況はさらに悪化して、「-10P」だった。
 気持ちで負けているプレイヤーには幸運は巡ってこない。
 私は果敢に攻めてみせるわ。

 沙織は恐れることなくレッド・リボンを選択し、望み通りのマイナス「-20P」を獲得した。
 よしえの背後にぴったりと貼りつく。

 トップのよしえは安全にホワイト・リボン③を選択。
「-10P」を獲得し、3回戦は沙織とよしえのマッチレースの様相を呈してきた。


   
 5巡目。
 考える余地なく迷わずレッド・リボンを引くと思えた商社だけど、時間目一杯使った結果、ここでもホワイト・リボンを選んできた。
 何で? と沙織は首を傾げた。
 出たリボンは「15P」。
 商社は相変わらずプラスとマイナスを交互に引き、0Pの辺りをうろついてしまうという厳しい展開が続いている。
 やはり、弱気ではこのゲーム勝てない。

 沙織の引き番。
 視線は1本だけ残っているレッド・リボン⑲に注がれた。
 ここに行くべきか、どうか? 
 大きなマイナスポイントを引くことができれば、次にピンク・リボンを引いてこの3回戦の先頭に立てる。
 だけどここでプラスを引いてしまえば一気に後退し、よしえに勝たれてしまう。
 それならばここで先にピンク・リボンを引いてしまうという手もある。
 よしえのポイントに肉薄できるし悪い選択肢ではない。
 でも、もしピンク・リボンを引いてプラスに転じた後でマイナスリボンを引いてしまえば、先にこっちを引いてからピンク・リボンを引けば良かったと後悔するのが目に見えている。

 ⑲がプラスかマイナスか? 
 ピンク・リボンに行くべきか否か? 
 ここが勝負の分かれ道。

 考えている最中に、沙織はふと、このレッド・リボンが1本残った経緯を思い出した。
 4巡目から商社とよしえがずっとこのリボンを避け続けた結果だ。
 プラスを獲りたい2人には、このリボンがマイナスという直感が働いていたのかもしれない。
 Wやサクラには及ばないとしても、ファイナルステージまで勝ち残っているプレイヤーらなら、そういう直感があってもおかしくない。
 
 この2人の直感に乗ってみるのも手か。
 ここでピンク・リボンを引いたって、よしえを逆転までは至らない。
 それならばもう一度だけ大きなマイナスを引き、その後にピンク・リボンを引いて、一気によしえを突き放す。
 
 よし、勝負よ!!

 この回の勝敗を決めかねない大博打に、沙織は意気込んで⑲をダブルクリックした。
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