第四章 ゴールデン・リボン(1)

文字数 3,750文字

「玄様、ファイナルステージ進出おめでとうございます。
 
 ファイナルステージのゲーム開始時刻は午前3時です。
 各ブロックの条件を平等にするため、ルール表は午前に2時に一斉に送信されます。
 それまでしばらくお待ち下さい。」
 
 時計を見ると2時まであと10分ほどだった。

 沙織は椅子から立ち上がり、凝り固まった身体をストレッチで解すと、ペットボトルの烏龍茶で水分補給をした。
 ベッドで横になって小休止、なんて考えは微塵も起きなかった。
 難敵サクラを倒した高いテンションのままファイナルステージに挑みたい、そんな気分だった。
 椅子の背にもたれて空を仰ぐと、ついにここまで来た、という感慨が染み入るように心に広がった。

 思えば、私はずっと親が轢いたレールの上を歩く人生だった。だからレールが途切れた途端、混乱し迷走した。
 だけど私は今、生まれて初めて自分だけで考え、決断し、行動していることで、生きているという実感を得ている。
 こんな非合法の闇賭博の中だけれども、正直、めちゃくちゃ楽しい。こんなワクワク、これまで一度も味わったことがない。
 叶うなら、これからの人生、こんな刺激の中を歩いていきたい。
 沙織はそんなことを考えている自分に驚いて、苦笑した。

 今回参加したプレイヤーたちは、クイック・リッチ・クラブをどう思っているのだろうか? 
 私と同じように数百万を注ぎ込んだ人もいるでしょうけど、騙されたと思っている人は少ないような気がする。
 お金を失うのは確かに痛いけど、それと引き換えに、他では手に入らない興奮と充実感を得たに違いないからだ。
 まあ、それがギャンブル中毒ってことなんでしょうけどね。

 冷え切ったこの世の中で、ここまで人を熱くさせるクイック・リッチ・クラブを創ったのは一体何者なのだろうか? 単に金を巻き上げることだけを目的とした組織とは思えない。
 参加者を心底楽しませたい。そんな意欲も伝わってくる不思議なゲームが用意されている……。
 
 あと、1ゲーム。
 そこにはどんなゲームが用意されているのだろうか? 
 
 とことん楽しんでやろうと沙織は思った。
 ファイナリストの私にはその権利がある。
 
        *

「ファイナルステージのゲームを説明致します。

 ゲーム名は『ゴールデン・リボン』。
 ゲーム内容は「くじ引き」です。
 ファイナルステージは3名で戦って頂きます。

 画面には21本のリボンが見えています。ホワイト・リボンが10本、レッド・リボンが10本、ピンク・リボンが1本です。
 21本のリボンの先は箱の中に入っていて、リボンを引くまではその先が見えません。

 ホワイト・リボンの先にはポイント差の小さい-15Pから15Pまでのポイントが書かれています。

 レッド・リボンのうち9本の先にはポイント差の大きい-30Pから30Pまでのポイントが書かれています。
 レッド・リボンの残りの1本の先は金色に輝いています。
 これがゴールデン・リボン、50Pです。
 今回のゲーム名になっているリボンです。

 ピンク・リボンの先には「-」と書かれてあります。これを引きますと、現在のポイントがマイナスとなります。

 リボンはダブルクリックで引くことができます。
 ゲームは3名が順番にリボンを引き、全てのリボンを引き終わった時点で1ゲームが終了です。
 1番ポイントの多いプレイヤーが1勝です。2名が同ポイントの場合は0.5勝、3名が同ポイントの場合はノーカウントです。
 ゲームは先に3勝したプレイヤーが優勝で、賞金1億1250万円を手にすることができます。

 プレイヤーはゲーム中、リボンを引きたくない時、『パス』ができます。
 『パス』は1回戦につき2回までです。画面上の【PASS】ボタンをクリックしてください。
 
 リボンを引くプレイヤーは3分以内にリボンを引くか『パス』をするかを選択して下さい。
 3分以内に選択がなかった場合は、その時点でファイナルステージからリタイアとなります。

 1回戦が終ると、ポイントの多かったプレイヤーから順に次のゲームのリボンを引く順番を指定することができます。同ポイントの場合は、その前の戦いでポイントの多かったプレイヤーが先に順番を指定できます。

 以上が『ゴールデン・リボン』の説明です。

 プレイヤーはゲーム開始となる午前3時までに下の【ゴールデン・リボン バトルへ】のボタンをクリックしてください。

   【ゴールデン・リボン バトルへ】 」

 えっ、これだけ? 
 ファイナイルゲーム『ゴールデン・リボン』のルール表を見て、沙織は思わず拍子抜けしてしまった。
 いろいろ説明は載っているけど、内容としてはただのくじ引きだからだ。
 
 これまで趣向を凝らした頭脳ゲームが続いていただけに、ファイナルゲームにはどれほど複雑怪奇なものがやってくるかと身構えていたけど、最後が運頼りのくじ引きというのは意外を通り越して少しがっかりした。

 『パス』やピンク・リボンの使い方など多少の工夫の余地はあるでしょうけど、それでも強運で高いポイントを引き続けば、そのプレイヤーがその回のゲームを制するのは明白で、頭脳や戦略でどうこうできるレベルじゃない。
 特に50Pのゴールデン・リボンを引ければ半分勝ったも同然でしょう。

 ここにきて運試し? 

 沙織は主催者の真意を疑いたくなった。
 それともまた何か秘密が隠されているっていうの?

 先に3勝したプレイヤーが優勝ということは、最短で3回戦、最長でも7回戦までということになる。
 運にペース配分なんてものはないと思うから、先勝したプレイヤーがゲームを有利に進められるのは間違いない。
 3人で21本ということは『パス』がなければ1人7回リボンを引けば、ちょうど1ゲームが終了する。

 くじ引きで順番による有利不利は考えにくいけど、1番目よりは他のプレイヤーの動向を見ながら引くことができる3番目の方がいいと考えて、沙織は【ゴールデン・リボン バトルへ】のボタンをゲーム開始直前にクリックすることにした。
 これまでの主催者の志向から、ボタンをクリックした順がくじを引く順番となる可能性が高いからだ。

 ルール表にこれだけしか書かれていない以上、細かな戦略は始まってみなければ立てようがないけど、それでも大まかな作戦は考えておくことにした。

 前半はポイント差の大きいレッド・リボンを引こうと沙織は考えた。
 ゴールデン・リボンを引くことができれば文句はないけど、ゴールデン・リボン以外でも高いポイントを連続して引くことができれば、後半はホワイト・リボン引きに切り替えて、マイナスを引いたとしてもその数を小さくすれば、前半に蓄えた貯金で逃げ切れる。
 もし途中で他のプレイヤーに高いポイントを引かれて逆転された場合は、再びレッド・リボン引きに切り替えて勝負に出ればいい。

 前半でマイナスポイントを連続して引いた場合は、ピンク・リボンを引いてみるつもりだ。マイナスの時にピンク・リボンを引けばプラスになるんじゃないかと推測できるからだ。
 だから前半で大きなマイナスとなっても悲観する必要はなく、むしろマイナスを貯めるだけ貯めて最後に逆転、と喜ぶべきかもしれない。

 どちらにしても、このゲーム、出たとこ勝負の感じは強い。
 ゲームが始まり、いかに早くリズムに乗れるかがポイントだと思う。
 
 まだ見ぬ2人のプレイヤーとの運の削り合いになりそうだ。
 
 ゆっくりと、静かにファイナルゲームが始まった。
 これまでよりも幾分落ち着いたジャズの音色がバックに流れている。

 画面中央よりやや上の位置に横長の大きなグレーの箱が出現し、そこから下に21本のリボンが伸びている。リボンの下には番号がついている。
 左から①から⑩までがホワイト・リボン。次の⑪から⑳までがレッド・リボン。一番右の㉑がピンク・リボンと等間隔に並んでいる。

 沙織のイメージとしては、もっとぐちゃぐちゃにこんがらがった、どこにどれが繋がっているか分からない駄菓子屋の「あみだくじ」のようなものを想像していただけに、理路整然と並んだリボンはちょっと意外だった。

 画面左上には玄のほかに2つの名前がある。よしえと商社。
 商社というのは変なアカウント名だと思ったけど、おそらくは商社勤めのサラリーマンだろうと勝手に推測した。

 名前の後には『0勝』と書かれていた。
 これが3勝となったプレイヤーが優勝で、賞金1億円超を手にすることができるということだ。
 
 画面右上には1回戦と表示されている。
 その下に「よしえ→商社→玄」との表記があり、どうやらこれが1回戦のくじを引く順番のようだ。
 希望通り最後の順番を獲得していたことに、沙織は「よし!」と小さく肯いた。
 
 名前の下にはそれぞれ0ポイントとある。その回に獲得したポイントが表示されるのでしょう。

 画面左下には【PASS】のボタンがあり、右下にはタイムが表示されている。
 現在2:32でカウントダウンが続いている。最初にリボンを引くよしえの残り時間に違いない。

 残り1分半を切ったところで突然激しい音楽が流れてきた。

 な、何? 何が起こったの?
 沙織は戸惑いながら、画面を凝視した。
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