第三章 IN THE BOX Ⅱ(4)

文字数 4,338文字

 質問のタイムリミットが迫ってきた。
 とりあえず第1戦と同じ質問を入力してゲームを進める。
 ここまでポイント差が開いてしまった以上、前半の数回は捨てゲームよ、と開き直った。その間にサクラの思考をしっかり分析し、後半巻き返すための糸口を見つける。

《 玄 》 Aにカードは2枚以上入っていますか?
《サクラ》 いいえ。

 サクラの返事はすぐに来たけど、次の質問時間5分を利用してロジックの盲点を見つけなければならない。

 検証では、論理的に考えていったのに、何故かサクラより私の投入方法が効果的と出てしまった。
 一体何故?
 論理ではない、別の何かが影響しているということなの?

 感情……?

 沙織は首を傾げた。
 胸の前で腕を組み、目を瞑って、『親』、『子』それぞれの立場の心境でシミュレーションをしてみた。
 すると驚くべき結論が出た。

 例えば、『親』が3枚のカードをBかCに投入しようとする。
 すると、どちらもマイナスのリスクがないならポイントの高い方がいいと考えてBに投入したくなる。
 一方『子』が3枚のカードをブロックに投入しようとする場合、情報がなければ、外れた時のリスクがなくブロックできればプラスポイントも加算されるCに投入したくなる。
 この結果は明白で、『親』が3枚のカードをBでパスさせることになる。

 つまり、どちらもが自分の都合だけで行動すれば『親』が勝つようにこのゲームはできているのだ。
 そのことに私は気付いていなかった。そこが盲点になっていた。

 『子』は何も考えないと、すーっと引き寄せられるようにCに投入したくなる。それはまるで魔法にでも掛かったかのように……。
 何故そんなことが起こるの?

 沙織は右手を口に当てながら考えた。
 Cがリスクがなくて、お得な気がしたのは確かなのよね……。
 ブロックできたら1Pも入るし……。
 そこで、ハッと気が付いた。
 もしこれが、主催者が撒いた罠だったとしたら……。

 主催者はCにどうでもいい1Pという餌を撒くことによって、『子』は自分都合で投入するとCに行きたくなるように誘導していた。
 その罠にまんまと嵌ったのが私だ。
 何なのよ、このゲーム! 奥が深すぎるじゃない!

 じゃあ、CじゃなければBに行けってことなの? Bは外れればマイナスになってしまうというのに。
 でもサクラは躊躇なくBに投入して、ブロックを成功させている。
     ↓
 何故、成功できたか?
     ↓
 私がBに投入していたから。
     ↓
 何故私はBに投入したか?
     ↓
 Bはブロックされてもマイナスとならない上に、得点もCより高いから当然じゃん。
     ↓
 つまり、サクラは私のこの思考回路を読んで、Bに投入してきたということだ。

 そうか、そういうことか……。
 『IN THE BOX Ⅱ』には『親』と『子』の間に“心理のあや”が存在している。
 だから『子』は『親』の立場に立って考える必要があり、無難という安易な選択肢を捨て相手の懐に飛び込まなければ、『親』は大手を振ってポイントを稼いでしまうようにできているのだ。 

 主催者がこのゲームに求めていたものは、無難を超える勇気……。

 私はこのゲームのルール表を最初に見た時、その複雑さ、煩わしさに眉をひそめた。
 ゲームなんだからもっと単純でいいじゃないと思った。
 でもその複雑のポイントの中には、人間の心を弄ぶ“心理的な罠”が仕掛けられていた。

 簡単に手が届くところに置いてある、甘い芳香を漂わせるいかにもおいしそうな果実。
 知恵を使わないプレイヤーは当然のごとくそれを手に取り、齧ってしまう。
 それが弱者を死へいざなう毒リンゴだとも知らずに……。

 沙織はあまりにも浅はかだった自分の考えに、思わず苦笑を漏らした。
 最初、このセカンドステージ本戦のゲームタイトル『IN THE BOX Ⅱ』を見た時、なんだ予選の『IN THE BOX』の延長か、と思ってしまった。
 でも今なら分かる。これも主催者のミスリードだということに。
 もし、予選・本戦という言い方をせず、セカンドステージ、サードステージという言い方をしていたら、ゲームタイトルは似通っていても、まったく別物かもしれないと考えて、主催者の“心理的な罠”に気付けたかもしれない。
 それなのに予選・本戦という表記のお蔭で、私は同じようなゲームだと考えされらせていた。
 実際は、そこに潜んでいる罠も、ここで求められる緻密さと大胆さも、何よりここを勝ち切るために必要とされる知恵が、まったく別次元だというのに。

 考えてみれば予選はフェアーな戦いではなかった。どう考えてもファーストステージでカードを多く獲得したプレイヤーが有利に進めるようにできていた。
 恐らくは、ちゃんとルール表に書かれてあることに違和感を覚え、「SHOP」の存在や「何度でも勝ってもいい」ということに気付いたプレイヤーたちへのご褒美ゲーム。主催者にとってはエキシビションマッチだったに違いない。
 主催者が本当にやりたかった頭脳ゲームはこっち、『IN THE BOX Ⅱ』。
 そのことにもっと早く気付くべきだった。

 さらに対戦相手のサクラ。桁外れに強い。
 思い起こせば、サクラはファーストステージをWに次ぐ高得点で通過してきたプレイヤー。強くて当然だ。
 それなのにマダムのようなおっとりとした口調と、写楽のファインプレーによって予選が突破できたラッキーガール的な雰囲気に騙されて、彼女の実力を軽んじていた。
 私は大甘だった。
 彼女はWに匹敵する、いやひょっとしたらそれ以上の難敵だ。
 精巧な頭脳に大胆な行動力……。
 生半可な戦略では彼女に傷跡一つ付けられない。打ち破るためには、彼女の思惑を凌駕するような奇策を見つけるしかない。

 果たしてそんなものが存在するのか? 
 ゲーム終了までにそこに辿り着けるのか?

 でもやれるだけやるしかない。
 どうせもう大差がついている。当たって砕けろよ。

 サクラをとんでもない強敵だと意識すると、さっきまでの悲壮感はすっかり消え失せた。寧ろこの逆境を楽しいと感じていた。
 サクラの特許質問を超える奇策を必ず見つける。
 沙織は自らにそう課した。
 それまでは岩にしがみついてでもこれ以上ポイント差が開かないようサクラに喰らいついていく。
 そのためなら恥も外聞も捨てて何でも試してみる。
 沙織は駄目もとで質問を投げ入れた。

《 玄 》 Bには何枚のカードが入っていますか?

 すぐに主催者からのコメントが入った。

《主催者》 特許取得されている質問と同類の質問です。質問を変えて下さい。

 特許はAのBOXにだけ有効な場合を考えて質問してみたけど、やっぱり駄目だった。
 でもそれは試みたから駄目だと分かったのであって、やってみるまでは本当に駄目かは分からなかった。
 どこにヒントが落ちているか分からない。だから手当たり次第試す。

 『親』のサクラの心境を考えてみる。
 有効な2つの質問を特許で押えた上にポイントでも大きくリードしている。普通ならマイナスは避けて今のリードを守りたいと考えるはず。
 ならばAは避けBに多く投入している、と推測するのが妥当……。
 だけどサクラなら、こっちがそう考えると見越した上で裏をかき、勝負を決めるつもりでAに複数枚投入している可能性も拭いきれない。
 少なくともサクラには、それを実行するだけの勇気がある。
 
 沙織の思考は堂々巡りした。
 常識的に考えればAはないと思うけど、万が一Aを複数枚パスされれば、追いつくことは不可能となる。
 何とかAの枚数だけでも分からないかなあ? 
 単純に枚数を訊く質問はサクラに特許が取られているし、2枚以上かどうかで訊くのも悪くはないけど、できればもっと明確に知りたい。
 もっと柔らかく、柔らかく、柔軟に考えなきゃ……。 
 沙織は拳骨で頭頂部を小突きながら、Aの枚数……、Aの枚数……、と呟いた。
 その時、ハッと閃いた。
 ちょっと強引な気もするけど、だからといって他に選択肢がない以上、やってみるしかない。

《 玄 》 Aの枚数とCの枚数を足すと何枚になりますか?

 しばらく待っても主催者から特許侵害のクレームは入らなかった。
 サクラも諦めたのか、回答を寄越してきた。

《サクラ》 1枚。

 よしっ!! 沙織は力強く握り拳を振った。
 Aだけでは特許侵害になるからと強引にCを合わせて訊いてみた。勿論その裏には、サクラは第1戦と同様にCには無投入で来るんじゃないかという読みもあった。
 これでAは1枚だけと予測することができる。
 あとはBに何枚入っているか? 

 『親』の立場で考えれば、カードを手元にあまらせておくよりはBに投入して1枚でも多くパスさせポイントを稼ぎたい。という『親』の心理を考えれらる今の私なら、ブロック外れも怖れず大胆にBに投入できる。
 しかしサクラならそんな私の心理のさらに上を行き、ブロック外しの未投入を決行しているかもしれない。
 サクラはどちらで来ているのか?
 ただ言えることは、私がこのゲームに潜む『親』と『子』の“心理のあや”の存在に気付いたということを、サクラは知らないということだ。
 玄はこれまで通りマイナスを怖れ、Bへはあまりブロックしてこないと考えているはず。

 サクラはBに残り全部を投入している!
 
 一旦はそう結論を出した。
 でも、どうしてもその事実を確認したくなった。
 貴重な最後の質問だけど、そう感じてしまった以上、自分の直感を信じるしかない。

《 玄 》 Bには3枚以上カードが入っていますか?
《サクラ》 いいえ。

「いいえ」という文字に沙織は震えそうになった。
 サクラはかわしに来ていた。
 そろそろ玄が“心理のあや”に気付き、マイナスを怖れずBに投入してくるだろうと予測していたんだ。これだけリードしておきながら驕ることなく細心の警戒をし、私を好敵手として評価してくれている証拠だ。
「うわぁ~サクラちゃん。まいったね、これは……」
 悔しいけど、サクラはまだ私のずっと先を行っている。
 Bは2枚以下と分かった以上、手掛かりなしではもう踏み込めない。
 リスクのないCに投じるしか今の私にはできない。
 『親』のサクラの投入カードが発表された。

 A→緑
 B→青 黄
 
 続いて玄のカードが発表される。

 C→赤 青 黄 緑 白


 
 今度は11Pも稼がれた。今のところサクラにはつけ入る隙がまったくない。完敗だ。圧倒的な点差がついていく。
 でも不思議と焦りや動揺のようなものはなかった。
 寧ろさすがサクラだと感服し、畏敬の念すら感じることで、これまで以上に熱い闘志が漲り始めていた。



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