第三章 IN THE BOX Ⅱ(2)

文字数 3,230文字

 続いてサクラの『親』番。
 考えていた質問を先に特許申請され多少の動揺はしたけど、5分間のシンキングタイムで代案を考えついた。
 急ごしらえにしては上出来だと沙織は思った。

《 玄 》 Aにカードは2枚以上入っていますか?
《サクラ》 いいえ。
 
 『子』でのポイントは、いかに効率よく『親』が投入したカードを見つけるかに尽きる。
 仮にAに1枚が投入されている場合、「赤はAに入っていますか?」、「青はAに入っていますか?」、「黄はAに入っていますか?」と同じように3回質問して、その1枚を見つけようとするのは効率が悪い。
 3つの質問で、投入されたその1色を見つけることができればいいけど、見つけられなかった場合、残りの2色がAに入っているかどうかは分からないため当然Aにはブロックに行けず、さらにBに関する情報も何も得られていないため、結果的としてA、Bともに投入できる色が1つもないという最悪の事態に陥ってしまう。

 そこで沙織は、Aに行くかどうかの判断基準を2枚以上かどうかで見極めようと考えた。
 1枚だけならばパスされても仕方ないと腹を括って、より多く投入されているであろうBをブロックしに行く。
 だけど2枚以上になると話は別で、積極的にAをブロックしに行く。

 サクラのようにズバリAの枚数を訊くことができれば一番いいんだけど、それは特許を取られているため、この2枚以上がその代替案だ。

 サクラの「いいえ」を見て、沙織はよしよしとうなずいた。
 これでAにカードが入っていたとしても1枚以下。
 おそらくは自分と同じで、リスクのあるAには投入せず、リスクのないBで稼ごうという作戦だと推測できる。

《 玄 》 Bに赤は入っていますか?
《サクラ》 はい。
《 玄 》 Bに青は入っていますか?
《サクラ》 はい。
 
 ラッキー!!
 効率よく2つの質問で2つの色の投入先を見つけ出すことができた。
 まだツキがあるんじゃない?
 沙織の顔は思わず綻んだ。

 確実にサクラのポイントを削るため、外れればマイナスとなってしまう投入は避けることにした。
 質問で居場所の分かったBの赤と青以外は外れてもマイナスとならないCに投入した。これでどのくらいブロックできるか……。
 サクラの投入結果が発表された。

 A→黄
 B→赤 青 緑 白

 見た瞬間、沙織は顔から血の気が引いていくのを感じた。
 Aにカードが入っている。そしてCには1枚もない……。
 サクラはAで1枚、Bで2枚をパスさせ11Pを加算した。



 マイナスを恐れるこちらの弱気を見透かしたような大胆な投入だった。
 沙織は初戦でサクラに大差をつけられた。



 沙織放心状態のまま第2戦が始まった。
 なんとかポイントを挽回せねば、という思いから沙織はAに2枚を投入する積極策に出た。

《サクラ》 Aにカードは何枚入れましたか?
《 玄 》 2枚。

 早速、先程取った特許の質問を飛ばしてきた。
 そして間髪入れず、次の質問も飛んできた。

《サクラ》 ㊕赤はどこにお入れになりましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
 
 来たっ! 2つ目の特許申請! 
 息もつかせぬサクラの連続攻撃に沙織は頭がクラクラしてきた。
 それでも気持ちを奮い立たせて、質問の意図と効果を懸命に考える。

 一見したところ、赤の場所を訊いているだけで、特許が必要そうな特別な質問とは思えない。
 だけど半分停止しかかっている私の脳なんて当てにはできない。
 サクラがわざわざ特許申請したんだ。何かあるに決まっている。
 この質問は一体どんな効果があるの? 
 焦りと苛立ちのせいで、頭の中はどんどん空白になっていく。
 それでも沙織は懸命に考えた。
 もしも次の質問も同じパターンで来たらどうなる?
 そう考えたところで、漸くサクラの狙いがおぼろげながら見えてきた。

 この質問を1つすれば、1つの色の在りかを完全に知ることができる。空振りを狙った未投入さえもDという記号を使ったことによって炙り出すことができる、まさに探査機のような質問だ。
 もしこの質問を3つしたならば、5色中、実に3色の在りかを完璧に見つけることができる……。
 5分の3の確率で1つの色が丸裸だ。
 何なのよ、この質問! 
 こんなのやられちゃあ、もうAには投入できないじゃない!
 かといって、BでもCでも投入箇所は知られてしまう。
 
 私はすでに、まったく身動きがとれない四面楚歌状態に立たされている。
 
 沙織の胸中に後悔の念が蔓延る。
 本戦のルール表が配信され質問の例を考えている時、サクラと同じように「赤はどこに入っている?」という質問が一瞬頭に過ったのだ。
 だけど投入がなった場合、答えが1単語にならないと思って、すぐにこの考えを捨ててしまった。
 サクラのように未投入をひとつの記号に置き換えたり、そのまま「未投入」と書いてもらってもよかったのだ。
 もっと粘り強く考えていれば、私もこの質問に辿り着くことができた。

 チャンスはさらにもう一度あった。それも私がみすみす逃してしまっている。
 サクラはこの2つ目の特許質問を第2戦に発表している。
 特許は1戦につき1つまでという条件があるから当然と言えば当然なんだけど、ならば第1戦で、私は予定していた特許質問をサクラに先取りされたと知った時点で、ほかにもっといい質問はないかと脳味噌が枯れて尽きるまで懸命に考えていれば、この質問に辿り着いたかもしれない。
 そうしたらこの特許は私が先取りできていた。
 そのチャンスをお茶を濁すような代案で潰してしまった。

 サクラはおそらくゲームが始まる前からこの2つの特許質問を思いついていたに違いない。そしてどちらを先に出すかを悩んだ挙句、気付かれやすいと判断した1つ目の方を先に出し、より効果のある2つ目の特許の方は玄には気付かれにくいと判断して後に回した。
 2つ目の特許の方が質問としての破壊力があるというのに……。

 サクラは第1戦で玄が『子』となった時、この質問が出でしまうんじゃないかと内心ドキドキしていたずだ。胸が張り裂けそうなほど心配し、出ないことを懸命に祈っていたに違いない。
 それなのに私はそんなこととは露知らず、心のどこかにまだ序盤だという軽い気持ちがあって、簡単に思いついたしょうもない代案でその場をやり過ごしてしまった。

 すべては第1戦にかかっていた。
 私は絶望的な2つの質問を押えられた。
 
 この第2戦、少しでもサクラを混乱させようと赤を無投入としていたけど、その事実をこれから告白しなければならない。

《 玄 》 D

 サクラの上品な淑女たる笑い声が聴こえた気がした。

《サクラ》 青はどこにお入れになりましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 B

 今回思い切ってAに投入した緑と白は運よくサクラに訊かれなかった。
 正直ほっとした。
 ならば、まだぎりぎり大丈夫! 
 沙織は自分を鼓舞した。
 辛うじてツキは残っている。ツキがあるならまだ立て直しはできる!
 
 『親』である沙織の投入結果が発表された。

 A→緑 白
 B→青 黄

 続いて、『子』サクラの投入結果。

 A→黄 緑 白
 B→青

 な、何で! 何でよ!
 僅かながらのツキも残っていなかった。
 Aに投入した2枚は完全にブロックされ、Bに投じた青と共に黒ずんだ。
 何でこんなこと出来るのよ! 
 Aは1枚も見つかってなかったのに、どうしてサクラはマイナスのリスクも顧みず3枚も投入できるのよ!
 沙織は頭を抱え、混乱した。
 まさか、いかさま……。
 一瞬そんな考えが過ったけど、このゲームの主催者はそれだけはないと明言している。
 ここクイック・リッチ・クラブは違法な闇賭博ではあるけれど、ことゲームに対する公平さだけはこれまでのところ信頼できる。

 ならばサクラにはAに3枚を投入できる明確な根拠があったということだ。
 まずはそれを見つけないと、やられる一方だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み