第四章 ゴールデン・リボン(5)
文字数 4,463文字
お願い。マイナス来てよ!
ここでマイナスならこの回も私勝てるのよ!
沙織は久方ぶりに指を組んで神様に懇願した。
リボンはまるで沙織の心を弄ぶかのようにゆっくりと揺らめきながら動いていく。
対照的に沙織の血流は、激しい音楽に煽られて激流のようにドクドクと加速し、全身を痺れさせていった。
「絶対、この回勝ちたいのよ! だから神様お願いします。マイナスを出して下さい」
思わず心の声が漏れていた。
お願い……。
お願い……。
お願い……。
リボンの先端が箱からぽっと出た。
「-25P」。
「うぉっしゃ!」
まるでおっさんのような歓喜の叫びが部屋中に轟いた。
次にピンク・リボンでプラスに転じることを計算すると、この3回戦の事実上のトップに躍り出たことになる。
抑えられない興奮に鼻で息をしながら、画面右端のピンク・リボンに微笑みかけた。
待っててね、ピンク・リボンちゃん。すぐに引いてあげるからね。
玄の勢いに蹴落とされたのか、目下のライバルよしえは不本意の「-5P」を引いてしまい、さらに差は広がっていく。
6巡目。
ひとり置いてけぼりをくっている商社がホワイト・リボンを引き、その後は予定通り私がピンク・リボンを引く。
……そのはずだった。
だけどここで、信じられない現象を目の当たりにした。
あまりの衝撃に、天と地が引っくり返ったかのような感覚に陥った。
私が次にクリックするはずのピンク・リボンが、私がまだクリックしていないのに勝手に動き出している。
どうして?
何が起こったの…?
事態が掴めず、動転しながら、もう一度画面の引き番を確認した。
やはり今は商社の番。私の引き番ではない。
現在プラス5Pの商社がわざわざマイナスとなるピンク・リボンを引いたということだ。
どうして!
何でそんなことするのよ!
混乱と怒りと悲しみで、沙織の頭の中が嵐のように渦巻く中、時間だけが徒に過ぎていった。
気付いたら、沙織の引き番でタイムアップ寸前になっていた。
茫然とする中、リタイアだけはならないという本能で、どうにかホワイト・リボンをクリックした。
そのカチリとしたクリック音で、沙織は我を取り戻した。
まだ敗北が決まったわけじゃない。
この回を取られるだけ。
ここで取り乱したら、それこそ奴らの思う壺。
冷静さを取り戻すと、商社がとった行動の意味がぼんやりと見えきた。
商社はこの3回戦の途中から、自分がこの回の勝つ見込みがほとんどないことが分かっていた。
そこで彼は作戦を切り替えた。
玄に勝たれれば2勝目となり優勝へのリーチが掛かってしまう。ならば未勝利のよしえを勝たせた方がいい……。
商社ががとった行動はプレイヤーとしての当然の心理で、私がちゃんと考えてさえいれば十分に予見できるものだった。
それなのに私はこの3回戦の勝利を勝手に確信し、心の隙をつくってしまった。それで、2勝目阻止に動くという商社の単純な心理を見落としていた。
取り返しのつかないボーンヘッド。
だけど次の回で取り戻してみせる。
3回戦、勝者はよしえ。
これで3者が1勝ずつで並んだ。
4回戦の順番決めが始まり、そこで沙織は「あっ」と呟き、口を手で覆った。
3回戦で商社がピンク・リボンを引いたもう1つの理由がここにあった。
彼は3回戦で玄に勝たせないのと同時に、自分が2位で通過することを目論んだのだ。
このゲームはくじ順2番目が圧倒的に不利だ。
前回順位が3位だと、その次の回に必ず2番目の順番を押し付けられてしまう。
だから商社は玄が3位となるよう画策した。
同じ敗者でも2位と3位は大違い。商社はそこまで計算して行動していたということだ。
おそらくよしえの考えも同じはず。
それに対して私は、ずっとその回を勝つことだけを考え、負けが決まった後の2位狙いの重要性なんて頭の片隅にもなかった。
私はまぐれで1回戦を勝ってしまったばっかりに、ゲームに対する貪欲さが他のふたりより劣っていた。
何やってるのよ、私!
自分で自分を腹立たしく思った。
この4回戦、2番目の順番でどう戦っていくか?
いつものごとく、敵の行動・思考の分析から始めることにした。
3回戦で商社がいつからピンク・リボンを引くチャンスを狙っていたのか?
いつから2位狙いに変わったのか?
それを見極める。
眼を閉じて3回戦の記憶を呼び起こす。
確か序盤は商社とよしえがプラスポイントで競っていて、マイナスポイントの私もピンク・リボンを引くことを考慮すれば3者が並んだ状態だった。
そこから少しずつ商社が遅れをとり、4巡目が終った時点でのポイントはこうだったはずだ。
よしえのように1人プラス状態になった場合、これが2番目の順番なら『パス』2回で最終的にピンク・リボンを押しつけることができるのだけど、3番目ならその手は使えない。
従ってこの時点ですでに商社は自分の勝利が薄いと悟り、玄の1位阻止と自分の2位狙いを考え始めた可能性がある。
だったら、次の5巡目にすぐにピンク・リボンを引けばいいじゃない?
沙織はそう思った。
でも商社は引いていない。
引けば玄からプラスに転じるチャンスを奪い取り、なお且つ自分もプラスの10Pに転じて、よしえのくじ運次第ではあわよくば逆転という構図まで描けるにもかかわらずだ。
さらに言えば、ここで商社が引かず次の玄が引いてしまえば、商社の3位がほぼ確定してしまうというリスクも伴っている。
でも、商社はピンク・リボンを引かなった。
何で?
そして、私も引かなかった。
私が引かないということも、商社は分かっていた?
ここに何かある!
と沙織の直感が告げた。
ファイナリストにまでなった商社が、判断ミスでピンク・リボンを引かなかったなんてありえない。
商社は私がこの5巡目にピンク・リボンを引かないであろうことを予測していた。
私自身が知らない私の行動を、彼はこの時点で読み切っていた……?
何?
私は全てを見透かされているの?
背中にゾクリとした悪寒が走った。
商社の推測の根拠は何?
私はあの時、どうしてピンク・リボンを引かなかったんだっけ?
沙織はこめかみに指を当て記憶を手繰り寄せようとした。
……あの時私は一旦はピンク・リボン引きも考慮した。
だけど、よしえを逆転するためにはもう一度だけ大きなマイナスを獲得してからピンク・リボンを引きたいという衝動に駆られて、レッド・リボン引きの大博打に打って出た。
プラスを欲しがっていた2人が残したリボンならマイナスであるような気がしたし、ピンク・リボンを引いた後で、もしマイナスを引いてしまったら損な気がすると思ったのも事実だ。
でもこれは、私の勝手な思考。
論理や根拠があるわけじゃなく、ただの勘。
それを商社はを読んだというの?
それが本当なら……化け物じみている。
それに商社の行動にはまだ不可解な部分がある。
仮に私がピンク・リボンを引かないことを読み切り、ピンク・リボンが次巡まで残る確信があったにしても、レッド・リボンを引かなかったのは彼のミスに思えるからだ。
結果論と言えばそれまでだけど、もしここで商社がレッド・リボンを引いていれば「-25P」を得ることになり、次巡ピンク・リボンを引けばよしえに接近できたのだ。
それなのにホワイト・リボンを引いてしまったためにプラス状態からのピンク・リボンを引く羽目になり、1位になる目を自ら摘んでしまった。
ここだけ商社の勘が冴えなかった?
ファイナリストの商社が……。
いや違うじゃない!
すぐに沙織は自分の論理に大きな誤りがあることに気が付いた。
そうはならないんだ!
もし商社がレッド・リボンを引いて-35Pとなれば、次巡ピンク・リボンを引いてくることは明らかになるため、そうさせないように私が先に引いてしまうんだ。
すると1人マイナスの商社の3位が濃厚となり、私とよしえのマッチレースとなる。
彼はその状態を避けたかった。
あくまでも目標は玄を1位通過させないことと、自分が2位以上で通過すること。
つまり残っていたレッド・リボンがマイナスだった場合、それを引くメリットが商社には全くなかったということだ。
なるほどね、とそこまでは沙織もすぐに納得した。
すると次の問題が浮き上がる。
今のは、残ったレッド・リボンがマイナスであったと仮定した場合の話で、私が引くまではこのリボンが、プラスかマイナスかも分からなかったはず。
じゃあもし、このリボンがプラスだったらどうなっていたの?
仮に商社がプラスのレッド・リボンを引けば彼のプラスはさらに大きくなり、通常は次巡にピンク・リボンは引かなくなる。
すると代わりに私がピンク・リボンを引けるようになってしまい、3者が共にプラスの状態になるけど、その時商社のポイントがおそらく一番低い。
商社がこの状態を嫌うなら、大きなプラスの状態からあえてピンク・リボンを引く手も考えらるけど、玄と商社がともに大きなマイナスとなるため3位はどちらに転ぶか分からない。
つまりレッド・リボンがプラスだった場合も、商社にはそれを引くメリットがないということだ。
商社の立場で考えるなら、大きなプラスを引いても大きなマイナスを引いてもメリットがないため、この時の商社にレッド・リボン引きはないことが判明した。
商社の行動は全て計算ずくだったんだ。
怖ろしい……。まるでWのよう……。
沙織はごくりと唾を吞み込んだ。
1つ疑問が浮かんだ。
今回私が引いたのが「-25P」だったから、商社は計画通りに先にピンク・リボンを奪って、玄を大きなマイナスのまま3位に確定させることができたけど、その玄が引くレッド・リボンがプラスだった場合、商社はどうするつもりだったのか?
プラスを引けば当然玄のマイナスは小さくなる。
すると次巡、商社は玄のプラス阻止のためにピンク・リボンを引くことになるけど、その時両者のポイントは0P付近で接近しており、玄を3位に確定とまではいかなくなる。
これならピンク・リボン引きを1巡見送った効果はなく、5巡目にホワイト・リボンではなくピンク・リボンの方を引いておいた方が得ということになる。
残ったレッド・リボンがプラスだった場合、ピンク・リボン引きを1巡見送った商社の判断は間違っていたことになる。
商社が間違える?
ここまで、完璧な計算をしている商社が?
そんな馬鹿な。
じゃあ、もし、商社が間違えていないとしたら……。
ここまで考えると、沙織の脳裏には商社の行動を説明するある憶測が思い浮かんでいた。
それは突拍子もない発想で、俄かには信じ難い憶測だった。
まさか……と思った。
でも、そうであれば玄にレッド・リボンを引かせた説明がつく。
それは……
——商社は残ったレッド・リボンがマイナスであることを、はっきりと分かっていた。
ここでマイナスならこの回も私勝てるのよ!
沙織は久方ぶりに指を組んで神様に懇願した。
リボンはまるで沙織の心を弄ぶかのようにゆっくりと揺らめきながら動いていく。
対照的に沙織の血流は、激しい音楽に煽られて激流のようにドクドクと加速し、全身を痺れさせていった。
「絶対、この回勝ちたいのよ! だから神様お願いします。マイナスを出して下さい」
思わず心の声が漏れていた。
お願い……。
お願い……。
お願い……。
リボンの先端が箱からぽっと出た。
「-25P」。
「うぉっしゃ!」
まるでおっさんのような歓喜の叫びが部屋中に轟いた。
次にピンク・リボンでプラスに転じることを計算すると、この3回戦の事実上のトップに躍り出たことになる。
抑えられない興奮に鼻で息をしながら、画面右端のピンク・リボンに微笑みかけた。
待っててね、ピンク・リボンちゃん。すぐに引いてあげるからね。
玄の勢いに蹴落とされたのか、目下のライバルよしえは不本意の「-5P」を引いてしまい、さらに差は広がっていく。
6巡目。
ひとり置いてけぼりをくっている商社がホワイト・リボンを引き、その後は予定通り私がピンク・リボンを引く。
……そのはずだった。
だけどここで、信じられない現象を目の当たりにした。
あまりの衝撃に、天と地が引っくり返ったかのような感覚に陥った。
私が次にクリックするはずのピンク・リボンが、私がまだクリックしていないのに勝手に動き出している。
どうして?
何が起こったの…?
事態が掴めず、動転しながら、もう一度画面の引き番を確認した。
やはり今は商社の番。私の引き番ではない。
現在プラス5Pの商社がわざわざマイナスとなるピンク・リボンを引いたということだ。
どうして!
何でそんなことするのよ!
混乱と怒りと悲しみで、沙織の頭の中が嵐のように渦巻く中、時間だけが徒に過ぎていった。
気付いたら、沙織の引き番でタイムアップ寸前になっていた。
茫然とする中、リタイアだけはならないという本能で、どうにかホワイト・リボンをクリックした。
そのカチリとしたクリック音で、沙織は我を取り戻した。
まだ敗北が決まったわけじゃない。
この回を取られるだけ。
ここで取り乱したら、それこそ奴らの思う壺。
冷静さを取り戻すと、商社がとった行動の意味がぼんやりと見えきた。
商社はこの3回戦の途中から、自分がこの回の勝つ見込みがほとんどないことが分かっていた。
そこで彼は作戦を切り替えた。
玄に勝たれれば2勝目となり優勝へのリーチが掛かってしまう。ならば未勝利のよしえを勝たせた方がいい……。
商社ががとった行動はプレイヤーとしての当然の心理で、私がちゃんと考えてさえいれば十分に予見できるものだった。
それなのに私はこの3回戦の勝利を勝手に確信し、心の隙をつくってしまった。それで、2勝目阻止に動くという商社の単純な心理を見落としていた。
取り返しのつかないボーンヘッド。
だけど次の回で取り戻してみせる。
3回戦、勝者はよしえ。
これで3者が1勝ずつで並んだ。
4回戦の順番決めが始まり、そこで沙織は「あっ」と呟き、口を手で覆った。
3回戦で商社がピンク・リボンを引いたもう1つの理由がここにあった。
彼は3回戦で玄に勝たせないのと同時に、自分が2位で通過することを目論んだのだ。
このゲームはくじ順2番目が圧倒的に不利だ。
前回順位が3位だと、その次の回に必ず2番目の順番を押し付けられてしまう。
だから商社は玄が3位となるよう画策した。
同じ敗者でも2位と3位は大違い。商社はそこまで計算して行動していたということだ。
おそらくよしえの考えも同じはず。
それに対して私は、ずっとその回を勝つことだけを考え、負けが決まった後の2位狙いの重要性なんて頭の片隅にもなかった。
私はまぐれで1回戦を勝ってしまったばっかりに、ゲームに対する貪欲さが他のふたりより劣っていた。
何やってるのよ、私!
自分で自分を腹立たしく思った。
この4回戦、2番目の順番でどう戦っていくか?
いつものごとく、敵の行動・思考の分析から始めることにした。
3回戦で商社がいつからピンク・リボンを引くチャンスを狙っていたのか?
いつから2位狙いに変わったのか?
それを見極める。
眼を閉じて3回戦の記憶を呼び起こす。
確か序盤は商社とよしえがプラスポイントで競っていて、マイナスポイントの私もピンク・リボンを引くことを考慮すれば3者が並んだ状態だった。
そこから少しずつ商社が遅れをとり、4巡目が終った時点でのポイントはこうだったはずだ。
よしえのように1人プラス状態になった場合、これが2番目の順番なら『パス』2回で最終的にピンク・リボンを押しつけることができるのだけど、3番目ならその手は使えない。
従ってこの時点ですでに商社は自分の勝利が薄いと悟り、玄の1位阻止と自分の2位狙いを考え始めた可能性がある。
だったら、次の5巡目にすぐにピンク・リボンを引けばいいじゃない?
沙織はそう思った。
でも商社は引いていない。
引けば玄からプラスに転じるチャンスを奪い取り、なお且つ自分もプラスの10Pに転じて、よしえのくじ運次第ではあわよくば逆転という構図まで描けるにもかかわらずだ。
さらに言えば、ここで商社が引かず次の玄が引いてしまえば、商社の3位がほぼ確定してしまうというリスクも伴っている。
でも、商社はピンク・リボンを引かなった。
何で?
そして、私も引かなかった。
私が引かないということも、商社は分かっていた?
ここに何かある!
と沙織の直感が告げた。
ファイナリストにまでなった商社が、判断ミスでピンク・リボンを引かなかったなんてありえない。
商社は私がこの5巡目にピンク・リボンを引かないであろうことを予測していた。
私自身が知らない私の行動を、彼はこの時点で読み切っていた……?
何?
私は全てを見透かされているの?
背中にゾクリとした悪寒が走った。
商社の推測の根拠は何?
私はあの時、どうしてピンク・リボンを引かなかったんだっけ?
沙織はこめかみに指を当て記憶を手繰り寄せようとした。
……あの時私は一旦はピンク・リボン引きも考慮した。
だけど、よしえを逆転するためにはもう一度だけ大きなマイナスを獲得してからピンク・リボンを引きたいという衝動に駆られて、レッド・リボン引きの大博打に打って出た。
プラスを欲しがっていた2人が残したリボンならマイナスであるような気がしたし、ピンク・リボンを引いた後で、もしマイナスを引いてしまったら損な気がすると思ったのも事実だ。
でもこれは、私の勝手な思考。
論理や根拠があるわけじゃなく、ただの勘。
それを商社はを読んだというの?
それが本当なら……化け物じみている。
それに商社の行動にはまだ不可解な部分がある。
仮に私がピンク・リボンを引かないことを読み切り、ピンク・リボンが次巡まで残る確信があったにしても、レッド・リボンを引かなかったのは彼のミスに思えるからだ。
結果論と言えばそれまでだけど、もしここで商社がレッド・リボンを引いていれば「-25P」を得ることになり、次巡ピンク・リボンを引けばよしえに接近できたのだ。
それなのにホワイト・リボンを引いてしまったためにプラス状態からのピンク・リボンを引く羽目になり、1位になる目を自ら摘んでしまった。
ここだけ商社の勘が冴えなかった?
ファイナリストの商社が……。
いや違うじゃない!
すぐに沙織は自分の論理に大きな誤りがあることに気が付いた。
そうはならないんだ!
もし商社がレッド・リボンを引いて-35Pとなれば、次巡ピンク・リボンを引いてくることは明らかになるため、そうさせないように私が先に引いてしまうんだ。
すると1人マイナスの商社の3位が濃厚となり、私とよしえのマッチレースとなる。
彼はその状態を避けたかった。
あくまでも目標は玄を1位通過させないことと、自分が2位以上で通過すること。
つまり残っていたレッド・リボンがマイナスだった場合、それを引くメリットが商社には全くなかったということだ。
なるほどね、とそこまでは沙織もすぐに納得した。
すると次の問題が浮き上がる。
今のは、残ったレッド・リボンがマイナスであったと仮定した場合の話で、私が引くまではこのリボンが、プラスかマイナスかも分からなかったはず。
じゃあもし、このリボンがプラスだったらどうなっていたの?
仮に商社がプラスのレッド・リボンを引けば彼のプラスはさらに大きくなり、通常は次巡にピンク・リボンは引かなくなる。
すると代わりに私がピンク・リボンを引けるようになってしまい、3者が共にプラスの状態になるけど、その時商社のポイントがおそらく一番低い。
商社がこの状態を嫌うなら、大きなプラスの状態からあえてピンク・リボンを引く手も考えらるけど、玄と商社がともに大きなマイナスとなるため3位はどちらに転ぶか分からない。
つまりレッド・リボンがプラスだった場合も、商社にはそれを引くメリットがないということだ。
商社の立場で考えるなら、大きなプラスを引いても大きなマイナスを引いてもメリットがないため、この時の商社にレッド・リボン引きはないことが判明した。
商社の行動は全て計算ずくだったんだ。
怖ろしい……。まるでWのよう……。
沙織はごくりと唾を吞み込んだ。
1つ疑問が浮かんだ。
今回私が引いたのが「-25P」だったから、商社は計画通りに先にピンク・リボンを奪って、玄を大きなマイナスのまま3位に確定させることができたけど、その玄が引くレッド・リボンがプラスだった場合、商社はどうするつもりだったのか?
プラスを引けば当然玄のマイナスは小さくなる。
すると次巡、商社は玄のプラス阻止のためにピンク・リボンを引くことになるけど、その時両者のポイントは0P付近で接近しており、玄を3位に確定とまではいかなくなる。
これならピンク・リボン引きを1巡見送った効果はなく、5巡目にホワイト・リボンではなくピンク・リボンの方を引いておいた方が得ということになる。
残ったレッド・リボンがプラスだった場合、ピンク・リボン引きを1巡見送った商社の判断は間違っていたことになる。
商社が間違える?
ここまで、完璧な計算をしている商社が?
そんな馬鹿な。
じゃあ、もし、商社が間違えていないとしたら……。
ここまで考えると、沙織の脳裏には商社の行動を説明するある憶測が思い浮かんでいた。
それは突拍子もない発想で、俄かには信じ難い憶測だった。
まさか……と思った。
でも、そうであれば玄にレッド・リボンを引かせた説明がつく。
それは……
——商社は残ったレッド・リボンがマイナスであることを、はっきりと分かっていた。