第二章 IN THE BOX(2)
文字数 3,698文字
打倒Wへの闘志が燃え上がると、それまで目の前に立ちはだかっていた漆黒の巨人がしゅるしゅると音を立てて人間の大きさにまで萎んだ。
いくら強くたってWを操っているのは人間。
神ではない。
同じ人間ならばどこかにチャンスはある。
Wを倒すため、まずはWの立場にたって考えてみよう、と沙織は思った。カード枚数のアドバンテージがある場合、どういう戦略を取ってくるか?
ゲーム開始まで15分を切った時、沙織はWが取ってくるであろう戦略を発見した。
発見して、絶望した。
何故なら、このゲームにはカード多数保有者だけが使える必勝法が存在したからだ。
間違いなくWはその戦略をとってくる。
そしてカード枚数が足りない私は、その必勝法が使えない。
「なんでよっ!!」
デスクに拳を叩きつけた。
泣きたいとは、まさにこのことだ。
せっかくWの思考を推測し、必勝法の存在に辿り着いたというのに、それが自分には使えないだなんて……。
悔しい……。
「なんでよ! なんでよ! なんでよ!」
これじゃあ、戦う前から敗戦が決まったようなものじゃない。
やっぱり、どうやっても王には敵わないっていうの……。
もう全てを投げ出してしまいたくなった。
負けが決まっているゲームを始めるのは、みじめで辛い。
ここで諦めてしまえばどんなに楽だろう、と思った。
でもそれでは、今の苦しさから逃れるだけの一時しのぎをしたにすぎない。
常に楽な方の選択肢を選んできたこれまでの生き方と何ら変わりがない。
私はこれまでの人生、自分からは何もしてこなかった。苦難になりそうなことは親に相談して、解決策を用意してもらっていた。
でも親も破産した今、これからは自分が立ち向かっていかなければならない。たとえそれがどんなに強靭な相手であろうとも……。
沙織は懸命に考えた。セカンドステージ予選を勝ち残る方法を……。
受験勉強の時だってこんなに集中したことはなかった。
考えても答えは出ないかもしれない。
でも諦めたくない。
自分の限界を超えて探す……、
Wの必勝法を超える必勝法破りを……。
ゲーム開始1秒前、ついに沙織は【IN THE BOX バトルへ】のボタンをクリックした。
いよいよセカンドステージ予選が始まる。
カウントダウンが0を表示すると画面が切り替わり、ファーストステージとは趣が異なり、淡い水色の背景が現れた。
画面左上に順番が表示されている。
①【さっちん(6)】→②【GOGOGO(9)】→③【写楽(13)】→④【シン(6)】→⑤【サクラ(15)】→⑥【廃人(8)】→⑦【泥人形(6)】→⑧【W(18)】→⑨【玄(12)】
親は最後がいいと考えて【IN THE BOX バトルへ】のボタンクリックを、失格すれすれのゲーム開始1秒前まで遅らせた。
その希望が叶い、最後の順番を勝ち取れていることにまずはほっとした。
そしてWが自分の1つ前の順番であるのを見て、Wもまた最後の順番を狙っていたのだと推測した。
その目論みをまずは阻止した。
全てをWの思い通りにはさせない。
名前の横には数字が表示されている。玄は(12)。
すぐに手持ちのカード枚数だと分かった。
となると手持ちカード枚数最大はWの18枚。やはり最強の脅威はWだ。
カード枚数6枚のプレイヤーはバトルで1勝してすぐに【セカンドステージへ】のボタンをクリックしたプレイヤー。ルール表から主催者の意図を読み取れず、今頃、「ファーストステージで獲得したカード枚数がセカンドステージで関係してくるなんて聞いてないよ」なんて不平を漏らしているプレイヤーだ。
この3人が勝ち残ることはまずない。
残りの6人が本戦への椅子2つを奪い合う戦いとなる。
最初の『親』さっちん。
手持ちカードが6枚と少ないため一か八かの作戦に出ないと勝ち目はない。
よってCはないと推測できる。
もし裏をかいてCに投入してきたとしても、この枚数なら得点は高が知れている。Cはパスされても問題はない。
さっちんの1回目の投入が終った。
画面右側のチャット欄にGOGOGOの名前が表示された。質問をしなさいという意味だ。
さて、プレイヤーたちはどんな質問を用意しているのか?
《GOGGO》Aに青は入ってまっか?
いきなり関西弁の口調で質問してきた。軽い感じでちょっと気持ちが緩みそうになるけど、こういうプレイヤーこそ油断は禁物だ。
《さっちん》いいえ。
《写 楽》 Aに緑は入ってますか?
《さっちん》はい。
《シ ン》 Bに緑は入っていますか?
《さっちん》はい。
思いのほかオーソドックスな質疑応答で始まったわね。それが沙織の第一印象だった。
というよりも、手持ちカード6枚のさっちん相手には質問の手の内をまだ見せたくないといったところか。
しかし単純な言葉のキャッチボールの中でも、写楽の質問でAに緑が入っているのを見つけるや否や、すぐにBの緑を確認にいったシンはさすがに抜け目がない。
さっちんの手役が緑のファイブカードまたはフォーカードじゃないかと推測したということだ。
これでさっちんは追い込まれた。
やはりセカンドステージはカード枚数が少ないと圧倒的に不利だ。
質問は淡々と進み、Wの質問の順番になった。
さあ、どんな質問をしてくるの?
ワクワクした気持ちでWの質問がチャットスペースにアップされるのを待ったけど、現れたのはどうでもいいCの赤を訊くだけの質問だった。
さっちん相手には本気は見せないってことね。
ならば私もと、Wに倣ってCを適当に質問した。
《 玄 》 Cに黄色は入っていますか?
《さっちん》いいえ。
全員の質疑応答が終ると、画面左下にA、B、Cと書かれた3つの立体的な白いBOXが出現し、その下に5色のカードが並んだ。
チャット欄に「予想カードを投入してください」とのコメントが表示される。
沙織は緑をドラックしてBに投入した。
3分ある制限時間だけど、全員が数秒で投入を終えたようだ。
投入しなかった4枚のカードが消えて、3つのBOXの下に【『子』8人の投票結果】の文字が浮かび上がった。
Aの下に【緑×3】、【黄×1】、【白×1】
Bの下に【緑×2】、【黄×1】
これが、『子』8人の投入結果だ。
さっちんの投入が確認されているAとBの緑に5枚の投入が集中し、あとは質問がなかった箇所に『子』の投入が適当に散らばったといった感じだ。
続いて3つのBOXの上に『親』さっちんの投入結果が発表された。
Aの上に【緑×1】、【黄×1】
Bの上に【緑×1】
さっちんは3枚のカードを投入したということだ。
『親』のカードは3度明滅を繰り返した後、全て消えた。
『親』の投入カードは全部ブロックされたということだ。
順番表のさっちん中の数字が変化した。【さっちん(0点 3)】
0点は獲得した得点がなかったことを示し、「3」は残りカードの枚数を示している。
その残りのカードにも緑が多く残っていることは容易に推測できるため、さっちんの予選敗退はほぼ確実となった。
続いての『親』GOGOGO。手持ちカードは9枚。ここからが勝負だ。
GOGOGOの投入が終わるとすぐに質問が始まった。
《写 楽》 ㊕あなたはBOXに入れたカードも含めて赤のカードを4枚以上持ってますか?
いきなり㊕マークが現れた。
写楽が特許申請したということだ。
沙織は目を瞠ってこの質問の意味と効果の解読に努めた。
この質問は、GOGOGOのBOXへの投入カードを探りに行くものではなく、ファーストステージを勝ち上がった手役が何であるかを探りにいったものだ。
「はい」ならGOGOGOの手役が赤のフォーカードかファイブカードであることが確定するし、「いいえ」ならGOGOGOが複数回勝っていることから青または緑のファイブカードだろうと推測できる。
なるほど、そういう攻め方もあるのね、と自分にはなかった発想に沙織は素直に感心した。
《GOGOGO》はい。
これで赤のフォーカード以上が確定した。次からは順番に赤の投入箇所を訊いていくだけでいい。
当然のごとく沙織はそう思ったけれど、次の質問者シンは別の行動をとった。
《シ ン》 Aに黄は入っていますか?
《GOGOGO》いいえ。
「黄色? 何訊いてるのよ! ちゃんと赤を訊きなさいよ」
沙織は不満を露わにした。
さっきは隙のないできる男と思ったけど、がっかりだわ。
《サクラ》 Aに緑をお入れになりましたか?
《GOGOGO》いいえ。
サクラまでもが赤以外の質問をしてきた。
みんな揃いも揃って何やってるのよ。これじゃあ、写楽の㊕質問が台無しじゃない。
《廃 人》 Aに青は入っていますか?
《GOGOGO》いいえ。
廃人も同様に赤を質問しなかった。
ここまで来ると、さすがに沙織も自分の考えを疑い始めた。
どういうこと? 赤を訊かなくてもいいってこと……。
でも赤は4枚以上あるのよ……。
暫く考えて、沙織はハッとした。
そうか。
手で口を塞いで自分の浅はかさを恥じた。
いくら強くたってWを操っているのは人間。
神ではない。
同じ人間ならばどこかにチャンスはある。
Wを倒すため、まずはWの立場にたって考えてみよう、と沙織は思った。カード枚数のアドバンテージがある場合、どういう戦略を取ってくるか?
ゲーム開始まで15分を切った時、沙織はWが取ってくるであろう戦略を発見した。
発見して、絶望した。
何故なら、このゲームにはカード多数保有者だけが使える必勝法が存在したからだ。
間違いなくWはその戦略をとってくる。
そしてカード枚数が足りない私は、その必勝法が使えない。
「なんでよっ!!」
デスクに拳を叩きつけた。
泣きたいとは、まさにこのことだ。
せっかくWの思考を推測し、必勝法の存在に辿り着いたというのに、それが自分には使えないだなんて……。
悔しい……。
「なんでよ! なんでよ! なんでよ!」
これじゃあ、戦う前から敗戦が決まったようなものじゃない。
やっぱり、どうやっても王には敵わないっていうの……。
もう全てを投げ出してしまいたくなった。
負けが決まっているゲームを始めるのは、みじめで辛い。
ここで諦めてしまえばどんなに楽だろう、と思った。
でもそれでは、今の苦しさから逃れるだけの一時しのぎをしたにすぎない。
常に楽な方の選択肢を選んできたこれまでの生き方と何ら変わりがない。
私はこれまでの人生、自分からは何もしてこなかった。苦難になりそうなことは親に相談して、解決策を用意してもらっていた。
でも親も破産した今、これからは自分が立ち向かっていかなければならない。たとえそれがどんなに強靭な相手であろうとも……。
沙織は懸命に考えた。セカンドステージ予選を勝ち残る方法を……。
受験勉強の時だってこんなに集中したことはなかった。
考えても答えは出ないかもしれない。
でも諦めたくない。
自分の限界を超えて探す……、
Wの必勝法を超える必勝法破りを……。
ゲーム開始1秒前、ついに沙織は【IN THE BOX バトルへ】のボタンをクリックした。
いよいよセカンドステージ予選が始まる。
カウントダウンが0を表示すると画面が切り替わり、ファーストステージとは趣が異なり、淡い水色の背景が現れた。
画面左上に順番が表示されている。
①【さっちん(6)】→②【GOGOGO(9)】→③【写楽(13)】→④【シン(6)】→⑤【サクラ(15)】→⑥【廃人(8)】→⑦【泥人形(6)】→⑧【W(18)】→⑨【玄(12)】
親は最後がいいと考えて【IN THE BOX バトルへ】のボタンクリックを、失格すれすれのゲーム開始1秒前まで遅らせた。
その希望が叶い、最後の順番を勝ち取れていることにまずはほっとした。
そしてWが自分の1つ前の順番であるのを見て、Wもまた最後の順番を狙っていたのだと推測した。
その目論みをまずは阻止した。
全てをWの思い通りにはさせない。
名前の横には数字が表示されている。玄は(12)。
すぐに手持ちのカード枚数だと分かった。
となると手持ちカード枚数最大はWの18枚。やはり最強の脅威はWだ。
カード枚数6枚のプレイヤーはバトルで1勝してすぐに【セカンドステージへ】のボタンをクリックしたプレイヤー。ルール表から主催者の意図を読み取れず、今頃、「ファーストステージで獲得したカード枚数がセカンドステージで関係してくるなんて聞いてないよ」なんて不平を漏らしているプレイヤーだ。
この3人が勝ち残ることはまずない。
残りの6人が本戦への椅子2つを奪い合う戦いとなる。
最初の『親』さっちん。
手持ちカードが6枚と少ないため一か八かの作戦に出ないと勝ち目はない。
よってCはないと推測できる。
もし裏をかいてCに投入してきたとしても、この枚数なら得点は高が知れている。Cはパスされても問題はない。
さっちんの1回目の投入が終った。
画面右側のチャット欄にGOGOGOの名前が表示された。質問をしなさいという意味だ。
さて、プレイヤーたちはどんな質問を用意しているのか?
《GOGGO》Aに青は入ってまっか?
いきなり関西弁の口調で質問してきた。軽い感じでちょっと気持ちが緩みそうになるけど、こういうプレイヤーこそ油断は禁物だ。
《さっちん》いいえ。
《写 楽》 Aに緑は入ってますか?
《さっちん》はい。
《シ ン》 Bに緑は入っていますか?
《さっちん》はい。
思いのほかオーソドックスな質疑応答で始まったわね。それが沙織の第一印象だった。
というよりも、手持ちカード6枚のさっちん相手には質問の手の内をまだ見せたくないといったところか。
しかし単純な言葉のキャッチボールの中でも、写楽の質問でAに緑が入っているのを見つけるや否や、すぐにBの緑を確認にいったシンはさすがに抜け目がない。
さっちんの手役が緑のファイブカードまたはフォーカードじゃないかと推測したということだ。
これでさっちんは追い込まれた。
やはりセカンドステージはカード枚数が少ないと圧倒的に不利だ。
質問は淡々と進み、Wの質問の順番になった。
さあ、どんな質問をしてくるの?
ワクワクした気持ちでWの質問がチャットスペースにアップされるのを待ったけど、現れたのはどうでもいいCの赤を訊くだけの質問だった。
さっちん相手には本気は見せないってことね。
ならば私もと、Wに倣ってCを適当に質問した。
《 玄 》 Cに黄色は入っていますか?
《さっちん》いいえ。
全員の質疑応答が終ると、画面左下にA、B、Cと書かれた3つの立体的な白いBOXが出現し、その下に5色のカードが並んだ。
チャット欄に「予想カードを投入してください」とのコメントが表示される。
沙織は緑をドラックしてBに投入した。
3分ある制限時間だけど、全員が数秒で投入を終えたようだ。
投入しなかった4枚のカードが消えて、3つのBOXの下に【『子』8人の投票結果】の文字が浮かび上がった。
Aの下に【緑×3】、【黄×1】、【白×1】
Bの下に【緑×2】、【黄×1】
これが、『子』8人の投入結果だ。
さっちんの投入が確認されているAとBの緑に5枚の投入が集中し、あとは質問がなかった箇所に『子』の投入が適当に散らばったといった感じだ。
続いて3つのBOXの上に『親』さっちんの投入結果が発表された。
Aの上に【緑×1】、【黄×1】
Bの上に【緑×1】
さっちんは3枚のカードを投入したということだ。
『親』のカードは3度明滅を繰り返した後、全て消えた。
『親』の投入カードは全部ブロックされたということだ。
順番表のさっちん中の数字が変化した。【さっちん(0点 3)】
0点は獲得した得点がなかったことを示し、「3」は残りカードの枚数を示している。
その残りのカードにも緑が多く残っていることは容易に推測できるため、さっちんの予選敗退はほぼ確実となった。
続いての『親』GOGOGO。手持ちカードは9枚。ここからが勝負だ。
GOGOGOの投入が終わるとすぐに質問が始まった。
《写 楽》 ㊕あなたはBOXに入れたカードも含めて赤のカードを4枚以上持ってますか?
いきなり㊕マークが現れた。
写楽が特許申請したということだ。
沙織は目を瞠ってこの質問の意味と効果の解読に努めた。
この質問は、GOGOGOのBOXへの投入カードを探りに行くものではなく、ファーストステージを勝ち上がった手役が何であるかを探りにいったものだ。
「はい」ならGOGOGOの手役が赤のフォーカードかファイブカードであることが確定するし、「いいえ」ならGOGOGOが複数回勝っていることから青または緑のファイブカードだろうと推測できる。
なるほど、そういう攻め方もあるのね、と自分にはなかった発想に沙織は素直に感心した。
《GOGOGO》はい。
これで赤のフォーカード以上が確定した。次からは順番に赤の投入箇所を訊いていくだけでいい。
当然のごとく沙織はそう思ったけれど、次の質問者シンは別の行動をとった。
《シ ン》 Aに黄は入っていますか?
《GOGOGO》いいえ。
「黄色? 何訊いてるのよ! ちゃんと赤を訊きなさいよ」
沙織は不満を露わにした。
さっきは隙のないできる男と思ったけど、がっかりだわ。
《サクラ》 Aに緑をお入れになりましたか?
《GOGOGO》いいえ。
サクラまでもが赤以外の質問をしてきた。
みんな揃いも揃って何やってるのよ。これじゃあ、写楽の㊕質問が台無しじゃない。
《廃 人》 Aに青は入っていますか?
《GOGOGO》いいえ。
廃人も同様に赤を質問しなかった。
ここまで来ると、さすがに沙織も自分の考えを疑い始めた。
どういうこと? 赤を訊かなくてもいいってこと……。
でも赤は4枚以上あるのよ……。
暫く考えて、沙織はハッとした。
そうか。
手で口を塞いで自分の浅はかさを恥じた。