第四章 ゴールデン・リボン(11)

文字数 3,344文字

 みんな主催者のミスリードに乗せられている。
 
 それが沙織の辿り着いた結論だった。
 
 この主催者はプレイヤーに参加金を出させ、頭脳ゲームバトルでその金の奪い合いをさせながら、主催者自身も楽しんでいる。
 プレイヤーを弄んでいると言ってもいい。
 その1つがルール表だ。
 ルール表にヒントを隠してそれを見抜けられるかどうかを試してみたり、今回の「パスは2回まで」のようにあいまいな表現をしてプレイヤーが勘違いするような罠をしかけたりしている。

 その主催者がこのファイナルステージにもう1つ罠を仕掛けたんじゃないか、と疑ったことが盲点を発見するきっかけとなった。
 最初は何も感じなかったことがゲームを進めるうちに違和感を覚えるようになった。

 それは『ゴールデン・リボン』というゲームタイトルだ。
 何故『ゴールデン・リボン』というのか? 
 
 確かにゴールデン・リボンを引けば「50P」とこのゲームで最大のポイントを獲得できるため、他のリボンとは一線を画するリボンではある。だけど、これを引けば絶対というリボンではない。
 次の高得点「30P」とそれほど大差はないし、何よりも違和感を覚えるのは「50P」を獲ってもゲームに勝つ確率はそれほど上がらないという事実だ。
 ピンク・リボンを引かされれば逆に大きなマイナスとなってしまう。
 それならばゴールデン・リボンは他よりも少しポイントが高いだけのリボンで、ゲームの内容を象徴する『タイトル』になっているのはおかしい、と思った。

 もしもこの程度の有利さでゲームのタイトルになるならファーストステージのタイトルは『レッドカード』でいいし、セカンドステージは『BOX A』となるはずだ。
 これまでのここの主催者のセンスなら、ファイナルゲームのタイトルは『21(トゥエンティワン)・リボン』とでもなっているのが普通でしょう。

 それなのに敢えて『ゴールデン・リボン』としたのは、何らかの意図が働いているのではないか? 
 疑いを持ったのはまさにそこだった。

 主催者はプレイヤーの意識をゴールデン・リボンに向けさせようとしている。
 本来自然と目がいってしまうものに目がいかないよう、ミスリードしてゴールデン・リボンを注目させている。

 本来自然と目がいってしまうもの……。
 それは私がこれまでさんざん苦しめられてきたものであり、うまくいっているようでもいつも最後に天と地が引っ繰り返るような大逆転をさせられたもの。
 
……異彩を放つリボン。

 ピンク・リボン。

 これならゲームのタイトルになっていてもおかしくはない。
 だけど主催者はこのピンク・リボンをもっと地味に扱いたかった。
 ダミーの『ゴールデン・リボン』というタイトルを掲げ、プレイヤーの意識がピンク・リボンから少しでも遠のくようにした。
 ゲームの前半ではまんまとそれに乗せられ、ゴールデン・リボンの出現に一喜一憂してしまった。
 ゴールデン・リボンにさしたる重要性はない。
 それはこれまでのゲーム結果がよく示している。

 このゲームは、
 ピンク・リボンを誰が1番効果的に使いこなせるか?
 
 ただそれだけを測るためのゲーム。
 
 そのピンク・リボンを、主催者は何故地味に扱いたかったのか?
——それはピンク・リボンを早く引いて欲しくなかったから。

 その事実に辿り着くと、自然と見えてきた。このゲームでプレイヤーが陥っている錯覚があることに。

 数字のマジック。

 感覚の盲点というべきか。
 
 例えば3人が-10Pで並んでいたとする。
 するとこう考えてしまう。
 次にマイナスポイントを引いて、その後にピンク・リボンを引けばトップに立てる、と。
 しかしそう考えた時点で、実はそのプレイヤーは心理的な錯覚に陥っている。

 まず大前提として、次にマイナスが引ける保証はない。
 さらに言えば、運よくAさんがマイナスを引けたとしても、それを見たBさんがAさんに使われるぐらいなら自分が引いてしまおうと先にピンク・リボンを引けば、Aさんが先程引いたマイナスは一転して大きなデメリットになってしまう。
 
 だからこの場合の正解は、
「3人が-10Pのこの時点で先にピンク・リボンを引いてしまう」
 という選択肢になる。

 しかし、プレイヤーはこう考えてしまう。
 ピンク・リボンを引いてせっかくプラスになっても、その後でマイナスを引いてしまえば元も子もない。いや逆に損だ。これならマイナスを引いてからピンク・リボンを引けば良かった、と。 
 これがプレイヤーが陥っている錯覚だ。

 0Pをスタートラインする100メートル競争だと考えると分かりやすい。
 -10Pは10メートル後方からのスタートを意味する。ひとりだけ後方スタートだと不利だけれど、全員が同じ10メートル後方からなら条件は同じだ。
 だけど、ここで1人だけピンク・リボンを使い10メートル後方ではなく、10メートル前方でスタートしたらと考える。後ろのプレイヤーを基準に考えると、実に20メートルも進んだ状態でスタートできることになる。
 これが有利なのは誰の目でも一目瞭然。
 その感覚をこの『ゴールデン・リボン』にも当てはめなければならないのだ。

 ピンク・リボンを引いた後にマイナスを引いてしまうデメリットの可能性はあるけど、その可能性はピンク・リボンを引く前も、引いた後も同じなのである。
 だったら10Pマイナスの状態ではなく、1人だけ10Pプラスの状態からリボン引き勝負に持ち込めば、20P有利な状態でゲームが進められるのは自然の摂理。
 当然のことながら自分だけプラスとなっても、それを反転させるピンク・リボンはすでに使った後だから、最後にピンク・リボンを押しつけられる心配もない。 

 沙織がこの事実に気付く経緯が4回戦の途中であった。
 5巡目でポイントの途中経過はこうだった。



 プラスポイントの玄は順番が2番目のため、最終的にはピンク・リボンを押しつけられて終わりだろうと、沙織はこの回を完全に諦めムードでゲームを眺めていた。
 そのお蔭で一歩引いた傍観者の気持ちで考えることができた。

 -25P同士の両者はこの後どういう行動に出るだろうか? と。

 すると、どちらの立場になって考えてみても、残りのリボンをどう計算しても、先にピンク・リボンを引いてプラスにしてからリボン引き勝負に持ち込む方が有利、と結論が出たのだ。
 それなら、「もっと早い段階、2巡目や3巡目であったとしても、その理論は同じではないか?」と考えが発展した。
 ピンク・リボンはゲームの後半で使う、駆け引き上の最終兵器というような感覚にいつの間にか囚われていたのではないか。

 もしそうなら、“ピンク・リボンの早引き”は戦略となる。
 予想もしていない序盤なら、与える衝撃も相当大きいはず。
 1巡目に「-30P」を引けば2巡目に早くもピンク・リボンを引いて、純粋に30メートル進んだ状態でリボン引きのガチンコ勝負に持ち込む。
 あっ!と他のプレイヤーが気付いた時には、すでに手遅れというわけだ。

 あとはこの戦略が使える展開になるかどうか。



 6回戦はよしえがひとり抜け出した状態で4巡目に入った。
 商社は⑯を選択して「15P」を獲得した。
 
「ここが仕掛けどころね」
 沙織は目を瞠って、決断を自分に言い聞かせた。
 ピンク・リボンの早引きをやるなら今しかない!
 
 急激に高まった緊張で、沙織の呼吸は荒くなった。
 
 ポイントからいって、これをやったからといってトップに立てるわけじゃない。
 予定していた序盤ではないため早引きとは言い切れず、プレイヤーたちを驚かせて精神的ダメージを与えるという効果も薄い。
 本当はみんなが唖然とするような、華々しい場面で使いたかった。
 
 それでも今が最良の時期だと思えた。
 ここで使わなかったらこの6回戦で勝利する可能性はなくなってしまう、と直感が告げている。

「よし、行くわよ!」
 あえて声を出して戦っている2人の敵へ宣戦布告し、自分にも喝を入れた。

 ピンク・リボンをダブルクリックする指に思わず力が入った。
 玄のポイントが-25Pからプラスの25Pに変わった。
 
 これでこの6回戦の相手は、よしえただ1人に絞られた。
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