第四章 ゴールデン・リボン(13)
文字数 2,712文字
商社が選ぶリボンによって、沙織の勝つ確率は変わってくる。
まず、商社がもし『パス』を選んだ場合。
次の玄はレッド・リボンかホワイト・リボンのどちらかでプラスを出さなければならないけど、どちらも確率は2分の1。
そこを突破できたとしても、次のよしえにも玄が引かなかった方の色でマイナスを引いてもらわなければならない。これも確率2分の1。
つまり商社が『パス』を選んだ時、玄の勝つ確率は(2分の1)×(2分の1)=4分の1。25パーセントということになる。
次に、商社がレッド・リボンを選んだ場合。
玄が勝つためには商社が2分の1の確率でマイナスを引き、且つよしえがホワイト・リボンで2分の1の確率のマイナスを引くか、よしえが『パス』をした場合は商社が再びホワイト・リボンで2分の1の確率のマイナスを引かなければならない。
つまり『パス』を選んだ場合と同じ計算となり、玄の勝率は25パーセントとなる。
しかし商社がホワイト・リボンを選んだ場合のみ微妙にその確率が変わってくる。
一見すると、この場合も玄が勝つためには商社がまず2分の1の確率でマイナスを引き当て、よしえがレッド・リボンで2分の1の確率のマイナスを引くか、よしえが『パス』をした場合は商社がマイナスを引くことが必須条件に思えてしまう。
それならば玄の勝率は他の2パターンと同様に25パーセントとなる。
だけどこのホワイト・リボンの場合は、商社がプラスの「5P」の方を引いてしまった時にも玄が踏みとどまる道が残っている。
次の玄がレッド・リボンを選択し2分の1の確率で「30P」を引けさえすればいいのだ。その時点で玄のポイントは70Pに到達する。
残りのリボンはホワイト・リボン、レッド・リボンともにマイナスしか残らないため、次のよしえは当然『パス』を行って、よしえの最終ポイントは55Pのまま変わらない。
一方玄は、8巡目に商社が「-30P」の方を選ぶことによって必然的に最後に残った「-15P」を引くことになるけど、そのマイナスポイントを加えても最終ポイントは55Pとなりよしえと同ポイントに並ぶのだ。
ルールにより1位が2人の場合は0.5勝。
7回戦に勝負を持ち込むことができる。
つまり商社がホワイト・リボンを選んだ場合は、彼がプラスを引いてもマイナスを引いても玄が生き残れる道が残っているため商社の選択は確率には関係なく、7回戦に突入できるか否かは、それ以降のリボン選択者の確率2分の1のみに委ねられる。
成功率は他のパターンの倍の50パーセント。
その計算を商社が見落とすはずがない。
きっちりとホワイト・リボンを選択してきた。
商社の選んだリボンの先に書かれていたのは「-15P」。
これで1位が同ポイントの引き分けパターンはなくなった。
よしえの優勝決定か、玄が6回戦を制して3者リーチの状態で7回戦を迎えるかのどちらかだ。
沙織は残ったホワイト・リボンの「5P」を引き、引き番がよしえに移った。
『パス』を行使して運命を商社に託すか、己の強運を信じ自らレッド・リボン引きに挑むか?
どちらにしても確率は50パーセント。
どっち?
画面を見つめる目に思わず力が入る。
ドキドキがどんどん激しくなる。
自分で決めるの? 商社に託すの?
レッド・リボンが動き出した!
自分の手で優勝を決めてやる! よしえの気迫が画面から伝わってくる。
でも私だってここまできたからには簡単に負けるわけにはいかない。
ここで負ければファーストステージ敗退と結果は同じ、優勝者以外のプレイヤーとなる。
勝利への渇望はよしえにだって引けを取らない。
絶対勝ちたい。
ここを勝って、もう1回戦戦うんだ。
-30P出てよーーーーーーーーっ!!
指を組んで、全身全霊を傾けて念じた。
奥歯が擦り切れるほど気持ちを込めた。
——負けたくない。
これまでの人生で、これほど負けたくないと思ったことはなかった。
負ければ借金を背負うだとか、勝てば1億が手に入るだとか、そんな邪念は頭からすっかり消し飛んでいた。
ただ純粋に、目の前の難敵よしえと商社に自分の全てをぶつけて勝ちたかった。
負けたくなった。
2日間の戦いをこんな中途半端なところで終わらせたくはない。
あともう1戦、最後の7回戦まで縺れさせ、三者三つ巴の状態で決着をつけたい。
今度は女神がどちらに微笑むか……。
その時がやってきた。
「-30P」。
リボンの先端がポンと出た瞬間、これまで何度か奇跡を起こしてきた時のような歓喜の叫びは上がらなかった。
ただ小さく「あっ」と呟いた口のまま、茫然と「-30P」の文字を眺めていた。
私はまだ戦っていいんだ。
死を覚悟したのに、女神様にもう少し生きてもいいのよと許されたような、そんな感謝にも近い気持ちが心の中に芽生えていた。
『ゴールデン・リボン』
たかがくじ引き。
でもここには人生の縮図がある。
人生プラスの時もあればマイナスの時もある。絶好調と思っていても、一転して奈落の底に突き落とされる時もある。助けられることもあれば、嵌められる時もある。
資産、実績、名誉、それらのものをどんなに堆く牙城のように蓄積しても、世の中にはそれを一瞬で木端微塵に吹き飛ばす原子爆弾のような「悪意」が存在する。
知らない者、見えない者にとっては、それは悲劇、または椿事と呼ぶかもしれない。
だけど被害を受けた当事者にとっては、それは納得できない、理不尽な神様の悪戯、「悪意」以外の何ものでもない。
主催者がどこまで意図しているかは分からないけど、ピンク・リボンはその「悪意」を表しているような気がしてならない。
この2日間、私は生きているという実感を得ている。
これまでの人生で、これほどもまでに感情を心から顕にしたことはなかったし、自分の中にこれほどまでに熱い血が流れていると感じたこともなかった。
今までの私は生かされていただけで、自分から生きてはいなかった。
明日からいろんなことに全力でぶつかっていこうと思う。
泣くことも、笑うことも、恥を掻くことも全力だ。
みっともなくたっていい。行けるところまで突き進んで、沈みそうになったらまた足掻いて這い上がればいい。足掻き疲れて沈んでしまったとしても、それならそれが私の人生と納得できる。
でもひょっとしたら、足掻いて這い上がったその先に、また新たな希望が見えるかもしれない。
結果は誰にも分からない。
でも足掻くことをやめてしまえば、その先はない。
6回戦、勝者は玄。
3者が共に2勝で並び、文字通りの最終戦に突入した。
まず、商社がもし『パス』を選んだ場合。
次の玄はレッド・リボンかホワイト・リボンのどちらかでプラスを出さなければならないけど、どちらも確率は2分の1。
そこを突破できたとしても、次のよしえにも玄が引かなかった方の色でマイナスを引いてもらわなければならない。これも確率2分の1。
つまり商社が『パス』を選んだ時、玄の勝つ確率は(2分の1)×(2分の1)=4分の1。25パーセントということになる。
次に、商社がレッド・リボンを選んだ場合。
玄が勝つためには商社が2分の1の確率でマイナスを引き、且つよしえがホワイト・リボンで2分の1の確率のマイナスを引くか、よしえが『パス』をした場合は商社が再びホワイト・リボンで2分の1の確率のマイナスを引かなければならない。
つまり『パス』を選んだ場合と同じ計算となり、玄の勝率は25パーセントとなる。
しかし商社がホワイト・リボンを選んだ場合のみ微妙にその確率が変わってくる。
一見すると、この場合も玄が勝つためには商社がまず2分の1の確率でマイナスを引き当て、よしえがレッド・リボンで2分の1の確率のマイナスを引くか、よしえが『パス』をした場合は商社がマイナスを引くことが必須条件に思えてしまう。
それならば玄の勝率は他の2パターンと同様に25パーセントとなる。
だけどこのホワイト・リボンの場合は、商社がプラスの「5P」の方を引いてしまった時にも玄が踏みとどまる道が残っている。
次の玄がレッド・リボンを選択し2分の1の確率で「30P」を引けさえすればいいのだ。その時点で玄のポイントは70Pに到達する。
残りのリボンはホワイト・リボン、レッド・リボンともにマイナスしか残らないため、次のよしえは当然『パス』を行って、よしえの最終ポイントは55Pのまま変わらない。
一方玄は、8巡目に商社が「-30P」の方を選ぶことによって必然的に最後に残った「-15P」を引くことになるけど、そのマイナスポイントを加えても最終ポイントは55Pとなりよしえと同ポイントに並ぶのだ。
ルールにより1位が2人の場合は0.5勝。
7回戦に勝負を持ち込むことができる。
つまり商社がホワイト・リボンを選んだ場合は、彼がプラスを引いてもマイナスを引いても玄が生き残れる道が残っているため商社の選択は確率には関係なく、7回戦に突入できるか否かは、それ以降のリボン選択者の確率2分の1のみに委ねられる。
成功率は他のパターンの倍の50パーセント。
その計算を商社が見落とすはずがない。
きっちりとホワイト・リボンを選択してきた。
商社の選んだリボンの先に書かれていたのは「-15P」。
これで1位が同ポイントの引き分けパターンはなくなった。
よしえの優勝決定か、玄が6回戦を制して3者リーチの状態で7回戦を迎えるかのどちらかだ。
沙織は残ったホワイト・リボンの「5P」を引き、引き番がよしえに移った。
『パス』を行使して運命を商社に託すか、己の強運を信じ自らレッド・リボン引きに挑むか?
どちらにしても確率は50パーセント。
どっち?
画面を見つめる目に思わず力が入る。
ドキドキがどんどん激しくなる。
自分で決めるの? 商社に託すの?
レッド・リボンが動き出した!
自分の手で優勝を決めてやる! よしえの気迫が画面から伝わってくる。
でも私だってここまできたからには簡単に負けるわけにはいかない。
ここで負ければファーストステージ敗退と結果は同じ、優勝者以外のプレイヤーとなる。
勝利への渇望はよしえにだって引けを取らない。
絶対勝ちたい。
ここを勝って、もう1回戦戦うんだ。
-30P出てよーーーーーーーーっ!!
指を組んで、全身全霊を傾けて念じた。
奥歯が擦り切れるほど気持ちを込めた。
——負けたくない。
これまでの人生で、これほど負けたくないと思ったことはなかった。
負ければ借金を背負うだとか、勝てば1億が手に入るだとか、そんな邪念は頭からすっかり消し飛んでいた。
ただ純粋に、目の前の難敵よしえと商社に自分の全てをぶつけて勝ちたかった。
負けたくなった。
2日間の戦いをこんな中途半端なところで終わらせたくはない。
あともう1戦、最後の7回戦まで縺れさせ、三者三つ巴の状態で決着をつけたい。
今度は女神がどちらに微笑むか……。
その時がやってきた。
「-30P」。
リボンの先端がポンと出た瞬間、これまで何度か奇跡を起こしてきた時のような歓喜の叫びは上がらなかった。
ただ小さく「あっ」と呟いた口のまま、茫然と「-30P」の文字を眺めていた。
私はまだ戦っていいんだ。
死を覚悟したのに、女神様にもう少し生きてもいいのよと許されたような、そんな感謝にも近い気持ちが心の中に芽生えていた。
『ゴールデン・リボン』
たかがくじ引き。
でもここには人生の縮図がある。
人生プラスの時もあればマイナスの時もある。絶好調と思っていても、一転して奈落の底に突き落とされる時もある。助けられることもあれば、嵌められる時もある。
資産、実績、名誉、それらのものをどんなに堆く牙城のように蓄積しても、世の中にはそれを一瞬で木端微塵に吹き飛ばす原子爆弾のような「悪意」が存在する。
知らない者、見えない者にとっては、それは悲劇、または椿事と呼ぶかもしれない。
だけど被害を受けた当事者にとっては、それは納得できない、理不尽な神様の悪戯、「悪意」以外の何ものでもない。
主催者がどこまで意図しているかは分からないけど、ピンク・リボンはその「悪意」を表しているような気がしてならない。
この2日間、私は生きているという実感を得ている。
これまでの人生で、これほどもまでに感情を心から顕にしたことはなかったし、自分の中にこれほどまでに熱い血が流れていると感じたこともなかった。
今までの私は生かされていただけで、自分から生きてはいなかった。
明日からいろんなことに全力でぶつかっていこうと思う。
泣くことも、笑うことも、恥を掻くことも全力だ。
みっともなくたっていい。行けるところまで突き進んで、沈みそうになったらまた足掻いて這い上がればいい。足掻き疲れて沈んでしまったとしても、それならそれが私の人生と納得できる。
でもひょっとしたら、足掻いて這い上がったその先に、また新たな希望が見えるかもしれない。
結果は誰にも分からない。
でも足掻くことをやめてしまえば、その先はない。
6回戦、勝者は玄。
3者が共に2勝で並び、文字通りの最終戦に突入した。