第二章 IN THE BOX(6)

文字数 4,058文字

 プレイヤー全員の協力が得られるかどうかの最低条件は、Wに『親』番が回った時点で全員に予選突破の可能性が残されていることだと沙織は考えていた。突出したプレイヤーがいれば、自分はどうせ予選突破は無理と諦めて協力しないプレイヤーが出てしまうかもしれないからだ。 
 今のところシンの5点が最高で、まだ全員に予選突破のチャンスはある、と思われている。
 そう、思わせている。

——そう錯覚させること。
 それが全員の協力を得るための重要なキーであり、一番の難所だと考えていた。

 必勝法封じの裏ワザを使ったとしてもWの手持ちカードによっては最低9点は獲られてしまうという事実を知られてはいけない。
 5点ぐらいならまだしも9点となると絶望的なプレイヤーも多い。
 するとWの1位通過はしかたないと諦めて、残りの1枠を狙いに行こうと、非協力的なプレイヤーが現れてしまう。
 ひとりでも脱落者がいれば、この裏ワザは成立しない。
 だから事実を煙に巻くため、「Wの得点を最小限に抑える」と曖昧に表現し、チャット文をできるだけ長く書くことにより、読むことに時間を浪費させて余計な計算をする暇を与えないように配慮した。

 やるべきことは全てやった。
 あとはみんながWの脅威をどこまで感じ、私の作戦をどう評価するかだ。

「クイック・リッチ・クラブで協力だって? バッカじゃないの~」
 そんな嘲笑がチャット欄にアップされるような恐怖に怯えながら、次の質問者さっちんの質問を待った。
 4分ほど経ってさっちんの質問がアップされた。

《さっちん》玄さん、超すごすぎじゃん。あたしなんて1巡目0点だからどうしようかと思ってたんだよね。だってWはまじ強すぎ。カード18枚なんて超ずるいじゃん。だからあたしあきらめてたんだけど、なんかワクワクしてきたよ。超ヤバいよ~。もちろん協力します~。
 Bに青は2枚以上入ってる?
《 W 》 はい。
 
 沙織は目頭がじんと熱くなった。
 込み上げてくる感動に涙腺が緩みそうになるのを口を真一文字に結んで必死に堪えた。
 父親の会社が倒産し私にお金がなくなると、それまで友達だと思っていた人たちはみんな消えるように去って行った。苦しい時、誰も救いの手を差し伸べてくれなかった。人なんて、もう誰も信じられないと思った。
 それなのに、まだ一度も会ったことがないふざけたギャルのようなさっちんが、私の話に耳を傾け、共感し、協力してくれると言っている。
 世の中捨てたもんじゃない。生きていればきっといいこともある。こんなに嬉しいと思ったこと、今まで一度もなかった。

 でもさっちんひとりで喜ぶのは早過ぎる。
 この計画は誰かひとり勝手な行動をしただけでも崩壊してしまう、薄氷の上を歩くようなもの。
 向こう岸まで誰もが氷を割ることなく、渡り切らなければ全員が沈んでしまう。

 ツキもある、と沙織は思った。
 自分とさっちんの2つの質問の回答がともに「はい」であったため、効率よく複数枚投入箇所が2箇所見つかったからだ。
 とりあえずあと1色複数投入箇所を見つければ、ブロックすべき箇所が分からないプレイヤーはいなくなる。

《GOGOGO》この質問コーナーでしゃべっていいんやね。わいもずっと孤独で戦ってきたから、なんやほっとするわ。玄さんの作戦には、えろう感心させられたけど、協力するには条件がいるな。
 この質問形態をわいには採用せえへんと約束して欲しいんや。といっても、答えを聞けへんので信用するしかあらへんけど、絶対にこの約束は守ってや。破ったら一生恨むで。
 Bに黄は2枚上入ってまっか?
《 W 》 いいえ。
《写 楽》 僕はずっと引きこもってゲームばかりしてるから、会話とか全然苦手で、こういう時、何を話たらいいかわかりません。でも、こうやってみんなで協力するっていうの、Wさんには悪いけど、とっても楽しくてワクワクします。
 僕ももちろん協力します。僕にも特許をとったこの質問はしないで下さいね。
 Bに緑は2枚以上入っていますか?
《 W 》 いいえ。

 プレイヤーが誰一人裏切ることなく裏ワザ作戦を遂行する。それは夢のような話ではあるけれど、実現できるのではないか、と沙織は思い始めていた。
 何故なら、今のみんなの気持ちが分かるからだ。
 みんな私と同じに違いない。
 ゲームが始まってすでに4時間近くが経つが、その間誰もが画面の中の相手とずっと孤独に戦ってきた。
 ハンターたちからの連続攻撃の恐怖、セカンドステージ進出が決まった時の安堵感、Wの強靭さに対する絶望……。
 一喜一憂を自分ひとりで体感してきた。
 こんな真夜中の得体の知れないなゲームに参加しているプレイヤーたちだ。普段の生活から友達や人とのふれあいが欠如している人も多いはず。
 そんな人たちにとって、今にわかに繋がりつつある協力という行為は、孤独とは対照的にほんのりとした温かみを感じているのではないか。
 たとえ一時的なパソコンの中だけでの繋がりであっても、少なくとも私はここ数ヵ月なかった温もりを感じている。
 温もりは集まれば集まるほどその熱を増す。目的を成し遂げることができれば、その温もりは一気に焦げつかんばかりの熱さへと化学反応を起こす。
 私がそうであるように、ここにいる誰もが心の奥底で激しい熱さを求めている。
 だから誰も裏切らない。私はそう確信している。

《シ ン》 ねえ、みなさん、なんでそんなにカード持っているんですか? ファーストステージって誰かに勝ったら終わりじゃなかったんですか? たくさんカードとった方がいいなんて、俺聞いてないよ。
 Bに白は2枚以上入っていますか?
 
 ずっと即答で返してきたWの答えが、ここで止まった。
 焦らしたって、不安になんかならない。
『親』は質問に対して簡潔に答えることしかできない。
 沙織は鼻で笑った。
 3分程が経過して、Wの答えが表示された。

《 W 》 終わりではない。
 
 虚を突かれた回答に、沙織の目は点になった。
 何、この回答? シンの質問に対する答えじゃないじゃない!
 しかし改めてシンの質問を読み直し、沙織は愕然とした。

 シンはチャット内で3つの問い掛けをしてしまっていた。
 1つは「Bに白が2枚以上入っているかどうか?」 これはシンが本来の質問として意図したもの。
 2つ目は「何でみんながそんなに多くのカードを持っているのか?」 これは何故という理由を聞いているため答えが二者択一とはならず質問とはみなされない。
 だけど問い掛けはもう1つあった。
「ファーストステージは誰かに勝ったら終わりじゃないのか?」 これの回答は「終わり」か「終わりじゃない」かの二者択一となる。勿論シンからすればこれはWに回答を求めたものではなく、プレイヤーたちにみんなに聞いてもらいたかった愚痴のようなものだけど、Wはこれを質問とみなし、これに答えることで回答としたのだ。
 やられたっ!
 何て冷静な人間なのよ! 
 腹立つわ~。
 どんなに追い込んでも、一瞬の隙を見せればそこを強引にこじ開け、突破を試みてくる。
 沙織は自分の頬が恐怖と苛立ちでひくひくと痙攣するのを感じた。

 貴重な質問者がひとり無駄になってしまった。これが大きな痛手となるかどうかは、次の質問者サクラにかかっている。彼女が慌てず冷静に対処してくれれば、それほどの痛手とはならないはず……。

《サクラ》 さすがWさんは憎らしいほど賢いですわね。玄さんが言うように予選で倒しておくに限ると思いますわ。
 Bに白を2枚以上お入れになりましたか?
《 W 》 はい。

 サクラは冷静にシンで回答が得られなかった白を再度問い質してくれた。Wに付け入る隙を与えないよう会話を短くしたのもいい。
 おまけに回答が「はい」であったことで複数枚投入の3箇所目が見つかり、後半の3人がブロックすべきカードが一応は見えた。
 あとは残っている質問者2人がいかに機転を利かし、より枚数が多く投入されている箇所を探れるかどうか。
 柔軟性と創造力が求められる。

《廃 人》 あたしも協力するから、玄さん2巡目の質問はお手柔らかにね。
 もちろん投入をわざとはずしてくれてもいいわよ❤
 Cに赤は5枚以上入っていますか?
《 W 》 いいえ。
 
 うまいじゃない、と沙織は感心した。
 廃人はちゃんとこの作戦の意味を理解してくれている。
 もしここで、廃人がCの3枚以上又は4枚以上で質問してしまい「はい」の回答が出てしまうと、後半の3人のブロックすべき対象カードが4箇所になってしまい迷ってしまう。 
 わざわざ新しいブロック対象カードを見つけるならBの2枚より得点が高くなるCの5枚以上を見つけにいくというのは、機転を利かせた好判断だった。
 さらにCの赤というのは、ファーストステージのWの手札を赤のファイブカードと推測するならば、是が非でも確認したいところでもある。

《泥人形》 みんなほんとに頭いいね。感心しちゃうよ。俺なんてまぐれでセカンドステージに進出しただけだから、どうせこの予選で敗退するのは目に見えているけど、仲間外れの一人ぼっちはさびしいから協力するよ。
 Cに青は5枚以上入ってるか?
《 W 》 いいえ。

 『子』全員の質問が終わった。
 誰もが輪を乱すことなく、最後まで渡り切った。
 沙織は感激した。……本当に成し遂げられるかもしれない。
 胸の奥に熱いものがぐっと込み上げてきた。みんなもきっと同じものを感じていると思いたい。
 あとは各々が自分がブロックすべきカードを間違いなく投入するだけ。
 廃人が機転を利かせてくれたお蔭で、間違えて投入してしまいそうな紛らわしい選択肢もない。
 裏切り者さえいなければ裏ワザは必ず成功する。

 沙織は自分で指示した通り赤のカードをAに投入した。
 胸の前で手を組み、「みんな指示通りカードを投入して」と祈る。
 息を止め、ドクドクと血液が脈打つのを感じながら、『子』の投入カードが発表されるその瞬間をじっと待った。
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