第一章 ファイブカード(6)

文字数 3,658文字

《 玄 》 白は入手できましたか?
《ごんべぇ》何度も何度もお願いしてやっと入手できましたよ。
 
 やった!
 沙織は思わず感極まって思わず拍手したくなった。ごんべぇを信じてよかった。やっぱり私の選択は間違っていなかった。
 あとはちゃんと条件を守っているかどうか。

《 玄 》 誰から入手しましたか?
《ごんべぇ》それがですね、相手が白を渡す条件として「入手経路は明かさないこと」と言ってきたんですよ。最初は玄さんの条件と食い違ってしまうので「その交渉は飲めない」と言っていたんですが、時間もなくなってきて、とりあえずは白を入手することが最優先だと考えて、どちらにも入手経路は明かさないという条件でカード交換をしてきました。
 相手の名前を聞かずにカード交換してもらえませんか?
 
 なるほどそう来たか……。
 沙織はごんべぇのコメントを訝しげに眺めると、ふっと笑った。
 ここまで残っているプレイヤーなら誰でも考えることは同じ。できるだけ情報は漏らしたくない。そしてできるだけ相手の情報は知っておきたい。
 ごんべぇは相手に粘られて取引条件として私の名前のを口に出している可能性がある。
 ならば私もここは引き下がれない。
 いらない白を手持ちにさせられている以上、ごんべぇよりも私の方が立場が上のはず。

《 玄 》 条件と違いますね。条件が違えば取引はできません。それに私のことは本当に向こうに話していないと証明もできませんし……。
《ごんべぇ》もちろん話していませんよ。信じて下さい。
《 玄 》  信じるにはもう1つの方の条件も満たしてもらわないと困ります。誰からもらったのか教えてください。
 
 沙織はじっと待った。
 相手の名前を知ることは、そんなに重要なことではないかもしれない。でもそんな些細なこだわりが、クイック・リッチ・クラブのゲームには必要な気がした。

 とうとうごんべぇが折れた。

《ごんべぇ》わかりました。相手の名前を言います。最初からの約束ですもんね。僕は玄さんを信じていますが、僕がしゃべったってことは相手にはもちろん、他のプレイヤーにも絶対言わないで下さいね。
《 玄 》 もちろんです。約束します。
《ごんべぇ》相手は「ハブ名人」さんです。これでカード交換してくれますね。
 
 ハブ名人はごんべぇと一緒に明るくなった3人の内のひとりだ。
 とりあえずは嘘は言っていないようだ。
 沙織は相手から情報を引き出せたことでなんだか自信がついた。気持ちよくカード交換する。
 画面右上に白のカードが5枚並んだ。
 壮観な眺めだ。
 紆余曲折あったけど何とかここまで辿り着くことができた。
 感動が胸にジンと込み上げてくる。
 それで油断したわけではなかったが、僅かな間隙をついてパソコンがピポンと電子音を鳴らした。
 見ると、以前カード交換をしたことがあるカナリアからのバトル申し込みが表示されていた。
 これまでバトルと見れば、どうやって逃げ切ろうかだけを考えてきた。だが今は、こちらもファーブカードがある。拒否だけの選択肢ではない。
 勝てそうな相手なら、即返り討ちよ。
 でももし勝てない相手なら、最後の1回の拒否権を使って逃げるだけ。

 カナリアのカードは何か?
 一度カード交換した相手なので情報はある。
 沙織はあの時の会話の記憶を手繰り寄せた。
 確か、彼女は赤が欲しいと話し掛けてきた。女性的な優しい口調だった。赤のカードを出したくなかった私は、代わりに黄2枚を出すのでとりあえず赤と黄のフルハウスを作ってはどうかと提案した。彼女はその提案に乗り、カード交換に応じた。
 だからあの時のカナリアに出来た手役は、最初に赤のスリーカードを持っていた場合の赤、赤、赤、黄、黄のフルハウスが最高で、黄が手元に1枚あった場合の赤、赤、黄、黄、黄のフルハウスが2番手、それより下だと赤と黄のツーペアって可能性はあるけど、バトルを挑んでくる以上、赤3枚のフルハウスの方を想定しておく方が無難。
 問題は自分の手札をある程度知られているはずの私に、バトルを挑んできた理由だ。
 考えられることは、私が他のプレイヤーとカード交渉をしているうちにカナリアに赤が手に入り、役が上がったということだ。
 それが1枚か2枚かで事情が大きく異なってくる。
 1枚ならフォーカード止まりで私の勝ち。2枚ならファイブカードが完成し、カナリアの勝ちとなる。
 ここまでは論理的に考えられているので間違いはないはず。
 でもここからは推測の領域。

 赤の入手は1枚であったと想定してみる。
 フォーカードを完成させたカナリアはその後の交渉でなかなか赤が手に入らずファイブカードを作るのは至難の業だと悟る。だから他のプレイヤーもファイブカード作りは苦戦しているだろうと勝手に推測する。
 それならばフォーカードの中では最強の赤を揃えた自分は勝てるのではないか。そんな結論に達する。
 あとは相手探しだ。そこで彼女は思い出した。カード集めがうまくいっていないプレイヤー玄を。
 あの時カナリアには、玄は欲しかった緑を(本当は欲しくもなんともないカードだけど)入手できなかったように映っている。ならば今でも緑のファイブカードには到達していないだろうと推測してきた。できていてもフォーカードだと。
 あの時私は、欲しいカードを最初から青と言わなかった勘の悪さを嘆いたけど、ここに来てカナリアの勘違いという幸運を招いたのかもしれない。
 勝てる! このバトル勝てる!
 湧き上がってくる高揚感を抑止しながらも、自分の論理に欠陥がないことを再検証する。
 
 もしあれから赤の入手が2枚だった場合の仮定だ。
 2枚入手しファイブカードが完成させたのなら、とっくにセカンドステージへの進出を決めているはずじゃないか。
 まだここに残っているということは赤の入手は1枚止まりで、それでも勝てそうな相手を物色していたから。
 よってカナリアの手札は赤のフォーカード。
 どのみち私も誰かとはバトルしなければならない。
 ならば、勝つ確率が高い相手に躊躇する理由はない。
 ここでカナリアに勝ち、晴れてセカンドステージ進出を決める!
 沙織はカーソルを【YES】にあわせ、クリックしようと指先に力を入れた。
 その刹那、背中にゾクッと寒いものを感じた。

 罠?

 自信をもって踏み出したその先に、手ぐすねを引いて待ち構えている蟻地獄……。
 そんなおぞましい絵図が沙織の脳裏に浮かんだ。
 私は何かを見落としている?
 頬をつたって汗が垂れ落ちた。
 見えない恐怖に、いつの間にか呼吸をするのも忘れていた。
 落ち着いて、と自分に言い聞かせ、ゆっくり呼吸するように意識した。

 バトルの返答のリミットが30秒を切った。
 録画しているスマホであの時のチャットの会話を再確認すれば何か見つかるかもしれないけど、とてもそんな時間はない。
 自分の記憶を呼び戻すしかない。
 あの時、カナリアは私のアドバイスに喜んでいた。論理的に考えて、その時彼女に出来た手役は赤、赤、赤、黄、黄のフルハウスが最高で間違いないはず。それに比べ、こちらは希望の緑が手に入らなかったように見える。だから向こうはバトルを申し込んできた。
 この推理のどこが間違っているの? 
 私の気のし過ぎ?

——青でもいいんですね。よかった。ありがとうございます。あと白もやっぱりいるんですね。あたしは黄色2枚もらえるならそれで十分ですから、めでたく交渉成立ですね❤
 かわいらしい女の子の声が耳元に囁かれた。

——白もやっぱりいるんですね。

 そう、確かに彼女はそう言った。 “やっぱり”と……。
 カナリアはこちらの白狙いをとっくに見抜いていた、ということだ。
 私はカナリアが醸し出すおっとりとした雰囲気から勝手に頭脳ゲームに疎い素人だと思い込み、ゲームのコツを教えてあげるインストラクターのような気分になっていた。
 だけど実際は余すところなく情報を収集し、先の展開を予想して罠を張り巡らせるゲリラ戦のプロ。
 ネットは相手が見えない。だから男か女かも、素人か玄人かも分からない。
 そんな初歩的なミスに私は引っ掛かっていた。

——あたしはやっぱり赤が欲しいです。

 これも嘘だとしたら……。狙いの色は別にあり、それをカムフラージュするために人気の赤狙いに見せかけた。
 そこまで辿り着くと自ずと見えてきた。カナリアの本当の狙いが……。
 カナリアは元々黄色狙いだった。そこに私が黄色2枚をみすみすプレゼントし、彼女のファイブカードを完成させた。
 そして私が白狙いなのも知っている。
 カナリアは自分の黄のファイブカードが負けるはずがないと確信して勝負を挑んできた。
 このバトル、受ければ100パーセント負ける。
 私はカナリアの手の平の上で踊らされていた。
 沙織は最後の拒否権利を行使し【NO】のボタンをクリックした。
 ここは一旦落ち着き、置かれている現状を整理する必要がある。
 迷うことなくなく、続けて【REST】のボタンをクリックした。
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