第二章 IN THE BOX(5)

文字数 4,886文字

 順番表のWという文字がパッと明るくなっただけで、圧倒的な威圧感が伝わってくる。
 Wは今、自分が編み出した必勝法を披露するその時を、今や遅しと鼻を高くして待ち侘びていることでしょう。
 そうあって欲しいと沙織は願った。
 その伸びた鼻先をへし折るために必勝法封じの裏ワザを見つけたのだから。

 沙織は悪戯を仕掛ける少年のようにワクワクしていた。
 みんなが絶対的王者だと思っているWに一泡吹かせることができる。それどころか、予選落ちさせることも不可能ではない。
 そう考えるだけで武者震いしそうになった。
 でも気持ちが昂りすぎては裏ワザは失敗する。
 平常心、平常心と自分に言い聞かせた。
 裏ワザはスピード勝負、瞬間的な集中力が生命線なのだ。
 沙織は気持ちを落ち着かせるため深呼吸し、指を軽く曲げたり伸ばしたりして身体の緊張を解した。

 『IN THE BOX』の必勝法——。
 それは、全パターン投入。

 このゲーム、プレイヤーはいくつかの錯覚に陥っていることに沙織は気が付いた。
 その1つが『親』は投入カードを当てられてはいけないと思ってしまう錯覚だ。
 当てられないようにしようと思えば、シンやサクラがとった作戦のように投入箇所を絞ることにより『子』の質問を空振りさせ、投入カードをブロックからすり抜けようとさせる。
 しかし反面、投入箇所を制限しているため看破されてしまえば、サクラのように全滅する危険も含まれている。
 
 このゲームはカードをパスさせて得点を稼ぐゲームだ。ブロックされてもマイナスにはならない。たくさんブロックされても、それ以上にパスさせることができれば高得点を得ることができる。
 そのことに気付けば必勝法が見えてくる。

 『子』の人数が8人なのに対して『親』の投入パターンは3BOX×5色で15パターンある。
 つまり『親』が全てのパターンに投入できれば、『子』が重複せずに投入したとしても15―8=7で、どうやっても7パターンはカバーしきれないのだ。
 勿論これは手持ちのカードが5色それぞれ3枚以上あった場合の話で、実際には手持ちのカードが15枚以上であっても、その中にはファイブカードやフォーカードとなる色が存在するはずだから、3枚に満たない色もあるかもしれない。
 それでも9パターン以上投入できれば最低1点は獲得できる。
 
 サクラはブロックをかわそうとして0点だった。ブロックされてもそれ以上に投入すればいいことに気付けば、数点は確実に獲得できていた。

 だけど、いくら必勝法が優秀でも2巡目は同じ作戦が使えない。カード18枚持っているWといえども1巡目で15枚使ってしまえば2巡目には3枚しか残らないからだ。すると2巡目は全てのカードをブロックされてしまう可能性が出てしまう。
 必勝法は7か所で確実にカードをパスできる反面、最大8箇所もブロックされてしまうというデメリットが伴う。
 言い換えればカードを確実にパスさせるため、生贄を差し出す必要があるのだ。
 その代償が思いのほか大きい。
 確実に得点できるのはメリットだけど、生贄カードの代償はそれ以上に大きいのだ。
 リターンが少なければとても必勝法とは呼べない。
 だけどここでプレイヤーが陥っているもう1つの錯覚に気付けば、このリターンが少ない問題は解決し、必勝法は完成形となる。

 ルール表にゲームは2巡すると書いてあるので、プレイヤーは手持ちカードを1巡目と2巡目でどう配分するかを考えがちだけど、どこにも1巡目に全てのカードを投入してはいけないとは書かれていない。
 それどころかルール表には、「プレイヤーが『親』の順番となっても、手持ちのカードがない場合は自動的に次のプレイヤーに『親』が移ります」とご丁寧に説明している。

 必勝法には生贄カードが8枚いる。
 どうせ8枚を差し出すならその代わりに残りのカード全てをパスさせてしまいたいと考えるのは至極当然の心理だ。
 Wは間違いなく生贄8枚を差し出し、残り10枚をパスさせようとしてくる。
 Aはブロックされたとしても、Bで複数枚のパスができれば高得点は必至となり、予選突破が確実となる。
 
 これが「カード多数保有者の必勝法」の全容だ。

 Wを1位通過させて自分は2位で通過すればいいなんて考えは沙織には毛頭なかった。
 そんなことすれば、たとえここを勝ち上れたとしても本戦でWにめっためたに叩きのめされてしまう。
 私ひとりではWに勝てない。
 この予選でみんなで協力してWを予選敗退させる。
 それしか私が勝ち残る方法はない。

 必勝法は防ぐことができないから必勝法なのである。
 カード5色が3枚以上あり、仮に1枚ずつ全てのBOXに投入されていれば、7パターン7枚は絶対に防ぐことができない。
 得点の高いAからブロックしたとしても、Bで2枚×2=4点、Cで5枚×1=5点の合計9点はどうやっても獲られてしまう。
 必勝法封じの裏ワザを使っても、こればかりはどうしようもない。
 Wは15枚どころか18枚のカードを持っている。
 よってパスされた色が複数枚だと、15、6点ぐらい稼がれるかもしれない。そうなれば予選突破は火を見るより明らかだ。
 だけどWの得点を最少の9点か多くても10点で抑えることができれば、彼の予選通過は確実ではなくなる。
 それを成し遂げるのが必勝法封じの裏ワザだ。
 Wが複数枚投入した箇所をブロックし、得点を最小限に抑えてみせる。

 AのBOXから順番に色を訊いていくような質問形式では、回答が「はい」となってもそこに何枚投入されているかは分からない。
 1枚しか投入されていないかもしれないけど、入っていることが分かっている以上、質問者はそれをブロックしにいくしかない。
 結果、質問されなかった複数枚投入箇所で高得点を稼がれてしまう。
 
 複数枚投入箇所をほぼ全て見つけて、尚且つそれを重複することなくブロックするなんて、一見不可能なことに思える。
 だけど常識を覆す、ルール違反すれすれの裏ワザを使えばそれが可能となる。
 それを沙織は発見した。

 そのシナリオをとは……
「共同戦線と分担作業」。

 まず得点が3点となるAは投入枚数に限らず5色ともブロックする。これに5人使う。
 残り3人が複数枚投入されている箇所をブロックできるかどうかが鍵で、特にBは2枚パスされると4点となるため必ず阻止しなければならない。
 それを成し遂げるためプレイヤー全員が共同戦線を張り、作業を分担してもらう。
 
 あとは私の質問次第。
 質問の制限時間は5分。
 その時間で、何としてでも裏ワザを成功させて見せる。

 沙織は玄の名がチャットスペースに現れるや否や、猛烈な勢いで質問文を打ち始めた。
 5分間にすべてを打ち終わらなければ、裏ワザは完成しない。

《 玄 》 ㊕Wは間違いなく、このセカンドステージに進んだプレイヤーの中でずば抜けた存在です。このままいけば確実に予選を突破し、本戦も難なく勝ち切ってしまうでしょう。
 そこでみなさんに提案です。みんなで協力して最強プレイヤーWを倒しませんか? 1人1人では敵わない相手でも全員で協力して、最初に倒してしまうのです。
 バトルロイヤルの常套手段です。
 よく考えて下さい。ここで倒さないと、仮にあなたが予選突破したとしても必ずや本戦でWと対峙し、あなたの夢を打ち砕いてしまいますよ。だからみんなで協力しましょう。
 私はWの作戦、投入方法を予測しています。このゲーム、カード多数保有者には必勝法があるからです。必ずWはこれに気付き実行しています。
 親がブロックを掻い潜ろうとする通常の投入方法ならば、AかBのどちらで多く得点を稼ごうとしているのかを探り当て、得点が高くなる方から順にブロックしていけば高得点は防げます。
 ですが必勝法にはそれが通用しません。
 なぜなら必勝法とは「全パターン投入」だからです。
 手持ちカード5色全てをA、B、CいずれのBOXにも投入する方法です。
 『子』にあえてブロックさせる生贄カードを差し出し、その代わりに他の7箇所でカードをパスさせようという怖ろしい戦略です。これをやられてしまうと『子』は得点を防ぎようがありません。数点は確実に獲られてしまいます。
 ですがみなさんに協力していただけば、その得点を最小限に抑えることができます。
 時間がないのでやり方を書きます。
 まずブロック方法です。順番表の順番通りに私から最初の5人がAをブロックしていきます。赤→青→黄→緑→白の順です。
 次のサクラさんからはB又はCに投入されたカードのうち複数枚投入してある色をブロックしてもらいます。
 複数枚の色が見つかった順にサクラさん、廃人さん、泥人形さんがブロックしてください。
 次に質問方法ですが、まず私から最初の5人が順番にBの2枚以上のカードを聞いていきます。
 残りの3人はCを3枚以上の条件で質問してください。
 もしBに2枚以上のカードが4色以上あれば、残りの3人はBの3枚以上で再度絞り込んで下さい。
 念押ししますが、ブロックへの投入カードは自分の質問とは関係なく、あくまでも最初に私が決めた順番でお願いします。
 みなさん、どうかご協力お願いします。 
 Bに赤は2枚以上ありますか?

 沙織は時間ギリギリに何とかチャット文を送信することができた。打つ内容を何度も頭の中で反芻していたので、ぎりぎり間に合った。
 伝えるべきことは伝えたつもりだ。あとはプレイヤーたちがこれをどう受けとめて、どう判断するか。
 
 必勝法封じの裏ワザ、それは質問と投入を分断させることにより、Aに投入する5人を最初に固定しておき、その5人も含めた『子』8人全員でBとCの複数枚箇所を見つけていくという分担作業だ。
 問題は、この裏ワザの内容をチャット内で説明し、投入すべき箇所を全て指示するという行為が、ルール違反とされないかどうかだった。
 だけどルール表には質問は二者択一問題であることと記載されているだけで質問の長さの制限はない。
 これを都合よく解釈すれば、最終的に二択にさえなっていればその前にどんなことが書かれてあっても問題はない、と取れるのではないか。
 この解釈を後押しするかのような記載もある。
 ルール表に「質問はチャットの要領で」と書かれてある。チャット……つまり会話だ。
 強引かもしれないけど、質問内で会話してもいい、と言い換えることもできるのではないか。
 沙織はこのゴリ押し理論に懸け、すべてを裏ワザに託した。

 質問は全文そのまま画面上にアップされた。
 主催者はルール違反ではないと判断してくれたようだ。

《 W 》 無効

 Wが無効を訴えてきた! 
 沙織は鼓動がドクドクと急激に速まるのを感じた。
 どうなるの?

《主催者》 ルール上、無効ではありません。『親』は質問の答えのみを簡潔に書いて下さい。

 よかった。
 沙織は両手を胸に当てて安堵した。
 無効ではないと信じてはいたけど、それでもやはり難癖をつけられると気が気でなかった。
 これで最初の関門は突破できた。
 『子』とは対照的に『親』は答えのみを簡潔に書かなければならない。これもルール表に書いてある。つまり『親』は『子』とは異なり、会話ができないのだ。
 Wとしては手の打ちようがないはず。
 にもかかわらずWはすぐに回答を寄越してはこなかった。
 ここからの反撃策なんてあるはずはない。
 それなのに、Wなら何かをしてくるのではないか、という恐怖が再び沙織の鼓動を速めた。
 これまでさんざん見せつけられてきた覇王たる強さに、心身が萎縮する。 

 《 W 》 はい。

 結局、Wが寄越したのは「Bに赤は2枚以上ありますか?」に対する回答「はい」の一言だけだった。
 もう、驚かせて……。
 沙織はほっとして身体から力が抜けた。
 でも喜ぶのはまだ早い。
 次は第二の関門、「プレイヤー全員の協力が得られるかどうか」が待っている。
 顔も素性もまったく知らないプレイヤーの集まりだけに、こっちの方がハードルが高い。
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