第一章 ファイブカード(5)
文字数 3,157文字
《 玄 》 何か欲しいカードはありますか?
《にゅるーる》欲しいカードもあることはあるんだけど、みんな全然出してくれないから僕はもうカード集めは諦めたんだ。
でもこのまま時間ばかり過ぎれば、残っている人はみんないいカードの人ばかりになっちゃうから少しでも早い内にバトルしたいんだけど、「玄」さん、思い切ってバトルしませんか?
お互いカードはまだ揃いきっていないようだし、それなら勝負は互角でしょ。
このまま時間が経てばカードが揃っていない僕たちが負けるのは必至だし、ならばここで弱いもの同士でバトルしましょうよ。
沙織は泣きたい気分だった。
ゲーム開始しておよそ1時間が経ち、“こいつは猛者だ”と直感が働くようになってきた。
何が「欲しいカードもあることはあるんだけど……」だ。
今の時点でまだ手札が揃いきっていないのなら、とりあえずはその欲しいカードがあるかないかの探りを入れてくるはず。
それをしないでいきなりバトルと言うのは、にゅるーるの手札は1枚でもカード交換をすれば手役が下がってしまう何かの色のファイブカードが完成しているっていう証拠。
——白なら集めやすい、という私の計画はすでに破綻しかけている。
白集めの最大のメリットは、人気がないから他の色よりも早くファイブカードを完成させられるというものだった。なのに、もうファイブカードを持っているらしきプレーヤーがいる。
一方私は、一番集めやすい白を狙っているにもかかわらず、まだスリーカードしかできていない。
全然みんなのペースに追いつけていない。
このままのペースでいけば白のファイブカードが完成させた時には、周りはファイブカードだらけで、最弱の白では勝つ見込みはない。
できるだけ弱そうな相手、などと物色している余裕はもう全然ない。
選んだところで本当に弱いかどうかも分からないし、ならば物量作戦に切り替えるしかない。
手当り次第に声を掛けまくり白あまりのプレイヤーを探し出し、一刻も早く白のファイブカードを完成させるしか生き残る術はない。
《にゅるーる》ねえ、どうしたの? 勇気を出してバトルしようよ。
またバトルの催促が来た。
沙織はコメントも返さず、一目散に逃げた。
無意識に次のトーク相手にラットを選んでいた。
それが功を奏した。
《ラット》 カード交換したいんですけど、赤か青持っていませんか?
沙織は自分の目を疑った。
あるわよ、あるわよ。
心の中で叫んでいた。
赤も青も私の余っている色よ。
そうよね。世の中、カードが揃いきっているプレイヤーばかりじゃないわよね。
沙織の心は急に晴れ渡り、キーを叩くリズムがステップを踏むかのように軽やかになる。
《 玄 》 青ならあるけど何色のカードをくれるの?
とりあえず赤は温存だ。
《ラット》 すみません。白しか出せないんですけど。
それよ、それ! 白でいいのよ。捨てる神あれば、拾う神あり。
I LOVE ラットちゃん。
《 玄 》 白でもいいです。交換お願いします。
手役が白のフォーカードにアップした。目標まであと1枚。
続いてごんべぇに話し掛けた。
《 玄 》 何か欲しいカードがありますか?
《ごんべぇ》そりゃあ、赤が欲しいけど、どうせ無理でしょう。
《 玄 》 赤を出してもいいけど、そちらは何を出してくれますか?
《ごんべぇ》赤? ほんと? それなら何でも出すよ。と言いたいところだけど、黄と緑しか持ってません。それでいい?
なあ~んだ。白持っていないのか。
沙織は落胆した。
《 玄 》 私の欲しい色ではありません。それでは。
カーソルを【EXIT】ボタンに合わせところで、ごんべぇが再び会話を滑り込ませてきた。
《ごんべぇ》ちょっと待って!
沙織はクリックしかけた指先を止めた。
《ごんべぇ》あんた何色狙い?
《ごんべぇ》もし、あんたが白を狙っているなら
《ごんべぇ》その色があまっているプレーヤーを知っているよ。
《ごんべぇ》さっき、そいつが「白なら出せるんだけど」なんて言ってきたから、「そんなのいるか!」って退出してきたところなんだ。
《ごんべぇ》あんたが青狙いだったら諦めるけど。
ごんべぇは玄に退出されないように、短く会話を繋いできた。
沙織はここで少し考えた。
彼を信用してこちらの手の内を晒していいものかどうか?
考えた挙句、どのみち最後の1枚なら他の誰と交換したって自分が白狙いである情報は漏れてしまう。
ならばごんべぇに託してみるのも手か……、と心を決めた。
ただし条件は付けさせてもらう。
《 玄 》 白なら欲しいです。もちろん赤と白の物々交換です。情報だけでの交換はしません。1分以内に、白を入手してこれますか?
《ごんべぇ》さっきあんな啖呵きった後だから怒ってるかもしれないけど、頑張って入手してくるよ。でも1分はちょっと厳しいかな。
《 玄 》 じゃあ2分まで待ちます。それ以上は無理。それと条件として、相手に白を誰に渡すか言わないこと。反対に、誰から白をもらったかは教えてくれること。
《ごんべぇ》ずいぶん、自分勝手な条件だね。でもそれが条件なら仕方ない。約束は守るよ。
《 玄 》 では今からちょうど2分後に私からトークを申し込みますので、それまでに白を手に入れてください。
沙織はデスク上にある置時計で秒針を確認し【EXIT】ボタンをクリックした。
【REST】機能はまだ使いたくないので、時間つぶしに他のプレイヤーとのトークを始めた。
時間つぶしのトーク相手にオロチを選んだ。
《 玄 》 何か欲しい色がありますか?
文字を打ちながらもプレイヤーリストから目は離さなかった。
ごんべぇの明かりは退出とともに一旦消え、またすぐに点いた。ほぼ同時に明かりが点いたのが傀儡、ハブ名人、ドラゴンヘッドの3人。この3人のうちの誰かがごんべぇの交渉相手のはずだ。
《オロチ》 赤です。持っていたら是非お願いします。
《 玄 》 赤を出したら何色を出してくれますか?
時計の秒針を確認する。あと90秒。退出のタイミングを間違えるわけにはいかない。
《オロチ》 白しかないんですけど、どうですか?
えっ⁉ 予想外の返答に沙織は思わず動揺した。
《オロチ》 やっぱり白はいらないですよね。白がいらないなら他の人と交渉するので退出します。
《オロチ》 どうしますか? 交換しないなら時間がもったいないので私は退出しますけど。
オロチから催促のコメントが来た。
えっ、どうしよう……。悩んじゃうなぁ……。
ごんべぇを信じるべきか?
ごんべぇを裏切りオロチとカード交換すべきか?
沙織は頭を抱えた。
もう一度時計を見る。約束の2分まであと30秒ある。
時間稼ぎのためにもう一度会話を継ぐ。
《 玄 》 白以外は出せないんだよね。
《オロチ》 白しかないっていってるだろう!
オロチも我慢の限界のようだ。
プレイヤーリストのごんべぇはまだ明るく光っている。交渉が難航しているのか、それとも交渉は成立しているが2分経つのを見計らっているだけなのか?
このゲームに勝ち残るのに義理や人情なんかはまったく必要ないことは十分に分かっている。
そんなのはただの足枷となるだけだ。
だから自分がとるべき選択肢はオロチ以外にはありえない。
そんなことは分かりきっている。
でも……。
《 玄 》 白ならやっぱりいりません。
沙織は見えていた正解の選択肢を自ら捨てて、あえてごんべぇとの交渉にこだわった。
《オロチ》 だったら最初からそう言えよ! 時間の無駄だろうが!
オロチの罵声が耳に轟いた。
ジャスト2分でごんべぇの明かりが消えた。
その瞬間に話し掛けた。
私が選んだ選択肢は吉と出るのか? 凶と出るのか?
《にゅるーる》欲しいカードもあることはあるんだけど、みんな全然出してくれないから僕はもうカード集めは諦めたんだ。
でもこのまま時間ばかり過ぎれば、残っている人はみんないいカードの人ばかりになっちゃうから少しでも早い内にバトルしたいんだけど、「玄」さん、思い切ってバトルしませんか?
お互いカードはまだ揃いきっていないようだし、それなら勝負は互角でしょ。
このまま時間が経てばカードが揃っていない僕たちが負けるのは必至だし、ならばここで弱いもの同士でバトルしましょうよ。
沙織は泣きたい気分だった。
ゲーム開始しておよそ1時間が経ち、“こいつは猛者だ”と直感が働くようになってきた。
何が「欲しいカードもあることはあるんだけど……」だ。
今の時点でまだ手札が揃いきっていないのなら、とりあえずはその欲しいカードがあるかないかの探りを入れてくるはず。
それをしないでいきなりバトルと言うのは、にゅるーるの手札は1枚でもカード交換をすれば手役が下がってしまう何かの色のファイブカードが完成しているっていう証拠。
——白なら集めやすい、という私の計画はすでに破綻しかけている。
白集めの最大のメリットは、人気がないから他の色よりも早くファイブカードを完成させられるというものだった。なのに、もうファイブカードを持っているらしきプレーヤーがいる。
一方私は、一番集めやすい白を狙っているにもかかわらず、まだスリーカードしかできていない。
全然みんなのペースに追いつけていない。
このままのペースでいけば白のファイブカードが完成させた時には、周りはファイブカードだらけで、最弱の白では勝つ見込みはない。
できるだけ弱そうな相手、などと物色している余裕はもう全然ない。
選んだところで本当に弱いかどうかも分からないし、ならば物量作戦に切り替えるしかない。
手当り次第に声を掛けまくり白あまりのプレイヤーを探し出し、一刻も早く白のファイブカードを完成させるしか生き残る術はない。
《にゅるーる》ねえ、どうしたの? 勇気を出してバトルしようよ。
またバトルの催促が来た。
沙織はコメントも返さず、一目散に逃げた。
無意識に次のトーク相手にラットを選んでいた。
それが功を奏した。
《ラット》 カード交換したいんですけど、赤か青持っていませんか?
沙織は自分の目を疑った。
あるわよ、あるわよ。
心の中で叫んでいた。
赤も青も私の余っている色よ。
そうよね。世の中、カードが揃いきっているプレイヤーばかりじゃないわよね。
沙織の心は急に晴れ渡り、キーを叩くリズムがステップを踏むかのように軽やかになる。
《 玄 》 青ならあるけど何色のカードをくれるの?
とりあえず赤は温存だ。
《ラット》 すみません。白しか出せないんですけど。
それよ、それ! 白でいいのよ。捨てる神あれば、拾う神あり。
I LOVE ラットちゃん。
《 玄 》 白でもいいです。交換お願いします。
手役が白のフォーカードにアップした。目標まであと1枚。
続いてごんべぇに話し掛けた。
《 玄 》 何か欲しいカードがありますか?
《ごんべぇ》そりゃあ、赤が欲しいけど、どうせ無理でしょう。
《 玄 》 赤を出してもいいけど、そちらは何を出してくれますか?
《ごんべぇ》赤? ほんと? それなら何でも出すよ。と言いたいところだけど、黄と緑しか持ってません。それでいい?
なあ~んだ。白持っていないのか。
沙織は落胆した。
《 玄 》 私の欲しい色ではありません。それでは。
カーソルを【EXIT】ボタンに合わせところで、ごんべぇが再び会話を滑り込ませてきた。
《ごんべぇ》ちょっと待って!
沙織はクリックしかけた指先を止めた。
《ごんべぇ》あんた何色狙い?
《ごんべぇ》もし、あんたが白を狙っているなら
《ごんべぇ》その色があまっているプレーヤーを知っているよ。
《ごんべぇ》さっき、そいつが「白なら出せるんだけど」なんて言ってきたから、「そんなのいるか!」って退出してきたところなんだ。
《ごんべぇ》あんたが青狙いだったら諦めるけど。
ごんべぇは玄に退出されないように、短く会話を繋いできた。
沙織はここで少し考えた。
彼を信用してこちらの手の内を晒していいものかどうか?
考えた挙句、どのみち最後の1枚なら他の誰と交換したって自分が白狙いである情報は漏れてしまう。
ならばごんべぇに託してみるのも手か……、と心を決めた。
ただし条件は付けさせてもらう。
《 玄 》 白なら欲しいです。もちろん赤と白の物々交換です。情報だけでの交換はしません。1分以内に、白を入手してこれますか?
《ごんべぇ》さっきあんな啖呵きった後だから怒ってるかもしれないけど、頑張って入手してくるよ。でも1分はちょっと厳しいかな。
《 玄 》 じゃあ2分まで待ちます。それ以上は無理。それと条件として、相手に白を誰に渡すか言わないこと。反対に、誰から白をもらったかは教えてくれること。
《ごんべぇ》ずいぶん、自分勝手な条件だね。でもそれが条件なら仕方ない。約束は守るよ。
《 玄 》 では今からちょうど2分後に私からトークを申し込みますので、それまでに白を手に入れてください。
沙織はデスク上にある置時計で秒針を確認し【EXIT】ボタンをクリックした。
【REST】機能はまだ使いたくないので、時間つぶしに他のプレイヤーとのトークを始めた。
時間つぶしのトーク相手にオロチを選んだ。
《 玄 》 何か欲しい色がありますか?
文字を打ちながらもプレイヤーリストから目は離さなかった。
ごんべぇの明かりは退出とともに一旦消え、またすぐに点いた。ほぼ同時に明かりが点いたのが傀儡、ハブ名人、ドラゴンヘッドの3人。この3人のうちの誰かがごんべぇの交渉相手のはずだ。
《オロチ》 赤です。持っていたら是非お願いします。
《 玄 》 赤を出したら何色を出してくれますか?
時計の秒針を確認する。あと90秒。退出のタイミングを間違えるわけにはいかない。
《オロチ》 白しかないんですけど、どうですか?
えっ⁉ 予想外の返答に沙織は思わず動揺した。
《オロチ》 やっぱり白はいらないですよね。白がいらないなら他の人と交渉するので退出します。
《オロチ》 どうしますか? 交換しないなら時間がもったいないので私は退出しますけど。
オロチから催促のコメントが来た。
えっ、どうしよう……。悩んじゃうなぁ……。
ごんべぇを信じるべきか?
ごんべぇを裏切りオロチとカード交換すべきか?
沙織は頭を抱えた。
もう一度時計を見る。約束の2分まであと30秒ある。
時間稼ぎのためにもう一度会話を継ぐ。
《 玄 》 白以外は出せないんだよね。
《オロチ》 白しかないっていってるだろう!
オロチも我慢の限界のようだ。
プレイヤーリストのごんべぇはまだ明るく光っている。交渉が難航しているのか、それとも交渉は成立しているが2分経つのを見計らっているだけなのか?
このゲームに勝ち残るのに義理や人情なんかはまったく必要ないことは十分に分かっている。
そんなのはただの足枷となるだけだ。
だから自分がとるべき選択肢はオロチ以外にはありえない。
そんなことは分かりきっている。
でも……。
《 玄 》 白ならやっぱりいりません。
沙織は見えていた正解の選択肢を自ら捨てて、あえてごんべぇとの交渉にこだわった。
《オロチ》 だったら最初からそう言えよ! 時間の無駄だろうが!
オロチの罵声が耳に轟いた。
ジャスト2分でごんべぇの明かりが消えた。
その瞬間に話し掛けた。
私が選んだ選択肢は吉と出るのか? 凶と出るのか?