第二章 IN THE BOX(9)

文字数 3,631文字

 抽象的な質問というのは、「Aに赤は入ってますか?」のような具体的な質問ではなく、最初の質問者が『親』の投入箇所がどのあたりに固まっているかを調べるような質問で、その後の質問者が効率よく高得点を防ぐ質問ができるという有益な面も多いけど、反面1つだけ欠点もあった。

 それは、具体的な質問ではないため、その質問者自身は投入すべき箇所が特定できず、且つ消せる投入パターンも1つもないということだ。
 つまり最初の質問者が抽象的な質問をしてくれれば、具体的な質問をできるプレイヤーが1人減るため、Bに質問されていない色が3色残ることになる。

 抽象的な質問ですぐに思いつくのがシンの「AとBどちらの枚数が多いか?」という質問だけど、残念ながらシンは最初の質問者ではない。
 さらにシンはこの質問の特許を取っているため、最初の質問者さっちんも使えない。
 
 せっかく神の囁きが聞こえたのに、ここで手詰り?

 最初はそう思った沙織だったが、すぐに、いや違うと考え直した。
 シンの特許質問には欠点がある。実際の合計得点はAの方が高くなるのに、シンの質問では枚数の多いBの方を優先的にブロックに行ってしまうという欠点だ。
 ならば、その欠点を改良した「ブロックされなかった場合、AとBどちらの得点が高くなるか」という質問なら、質問としての精度も高くなるため特許侵害にはならないはずだ。
 この質問をトップバッターのさっちんにさせればいい。

 どうさせるか? 
 いや、そもそもこの質問の事実にどう気付いてもらうか?

 チャット内で直接伝えるのは簡単だけど、そんな目立つ行動をとれば裏を勘ぐられ、この質問をしてくれないに違いない。
 そうかといって「この事実に気付いてちょうだい!」といくら念じても、超能力者でもない私の念は永遠に伝わらない。

 だから暗示という手法を使った。
 チャンスは一度きり。
 Wが『親』の時、沙織は質問の中でさっちんの思考を誘導する魔法の言葉を掛けた。

「親がブロックを掻い潜ろうとする通常の投入方法ならば、AかBのどちらで多く得点を稼ごうとしているのかを探り当て、得点が高くなる方から順にブロックしていけば高得点は防げます」

 この文だけが書かれていれば何か別の意図があるんじゃないかと疑ってしまうかもしれないけど、Wの必勝法の説明の中にさり気なくそっと忍ばせたため違和感なく収まった。
 さっちんがただのちゃらけたプレイヤーなら気付かず素通りしてしまうかもしれないけど、彼女ならきっと気付いてくれる、そう願って魔法の言葉を掛けた。

 さっちんは玄への質問文に怒りをぶつけながらこう書いてきた。
「あたし、あんたのチャット見て、マジすげー質問閃いちゃったんだよね。自業自得だっつーの。地獄に落ちろ!」

 それを見た時、確信できた。
 彼女はちゃんと気付いてくれた。
 そして、こちらの計画通りに最初に抽象的な質問をしてくれたお蔭で、Bの質問されなかった色が3色残った。
 
 こうなるとブロックするカードが決まっていないプレイヤーはBに行きたくなる。
 『子』の立場になって考えてみれば分かるけど、高得点を獲ることが必須の『親』が残りカード全てをCに投入しているとは考えにくいのだ。
 少なくとも数枚はBに入れていると読んでしまう。
 そしてそのBの中の1色でもブロックできれば高得点は阻止できるとするならば、プレイヤーのとる行動は1つしかない。
 思惑通りに全員でBを潰しにきてくれた。

 第3関門は突破した。
 あと残すは最終関門ただ1つ。
 もう1人のプレイヤーに10点以上を獲得してもらい、Wを予選敗退させるという超難関。 
 1巡目に突出したプレイヤーを作らないよう得点を抑えただけに、これまでの中で一番ハードルが高い。

 1巡目を終えた時点で、各プレイヤーの得点と残りのカード枚数はこうなった。
 
さっちん(0点 3)、GOGOGO(2点 4)、写楽 (4点 6)、シン(5点 1)、サクラ(0点 7)、廃人(1点 4)、泥人形(1点 3)、W(9点 0)、玄(10点 0)

 この時点で10点を獲る可能性が残されているのはGOGOGO、写楽、サクラ、廃人、泥人形の5人だけだ。シンのように1巡目に高い得点を叩き出していても、残りのカード枚数が少ないと10点の可能性が消えてしまう。

 2巡目の『親』がスタートした。
 残りカード3枚のさっちんは全てをAに投入して9点を獲るしか生き残る道はなく、当然の如く順番にAを潰されて、あえなくジ・エンド。予選敗退が決定した。
 先程沙織に対してかなりの怒りをぶちまけてきたさっちんに、この質問の場で謝罪や弁明のコメントを述べることも考えたけど、結局その考えは行動に移さなかった。
 どんな綺麗事を並べようとも、結果として玄以外のプレイヤーの誰も10点以上獲ることができず、Wを予選で敗退させられなかったらその言葉はただの詭弁になってしまう。 
 真意は結果で示すしか方法はない。

 邪念を捨ててゲームに集中しよう。
 誰なら10点を獲らせることができるのか。今はそれだけを考える。

 Wもまた、さっちんの質問の中では沈黙を貫いていた。
 何かを企んでいるのか? 策がないのか? まだ自分の予選通過を信じて疑わないのか? 不気味なことこの上ない。

 続いてGOGOGOの『親』。
 残りカード4枚であと8点を獲らなくてはならない上、1巡目の質問で残りのカードのうち少なくとも1枚は赤であることが確認されているため、かなり厳しい。

《写 楽》 Aに赤は入ってますか?
《GOGOGO》いいえ。
《シ ン》 Bに赤は入っていますか?
《GOGOGO》いいえ。
《サクラ》 Cに赤はお入れになりましたか?
《GOGOGO》はい。
 
 赤が潰された。
 これで残りのカードが3枚以下となり、続くプレイヤーたちが淡々とAを確認しに行ってGOGOGOの敗退も決定した。

 いつの間にか質問は単純な質疑応答になっていた。
 残り枚数が少ないため単純な質問でも簡単に予選落ちにできるというのもあるけど、それよりも午前4時を過ぎプレイヤーたちに体力と集中力の限界がきているのも事実だった。
 余計なことはもう何もする気が起きない。
 沙織もまた、緩慢となりそうな精神を引き締めるだけで手一杯だった。

 写楽の『親』番となった。
 現在、得点が4点で残り枚数が6枚あることを考えると10点に一番近いプレイヤーであると思われる。
 ここが勝負どころだ。
 このプレイヤーを必ず10点に到達させなけらばならない。 

 沙織は写楽の手札を推測した。
 ファーストステージでカードを13枚も手に入れていること、1巡目の時赤を3枚出していることから、元々赤のファイブカードがあったと推測できる。
 となると手元の6枚の中に少なくとも赤は2枚残っている。先程のGOGOGOと同様、真っ先にこの赤は潰される。
 赤が2枚だけであったとして、残り4枚であと6点を作り出せるかどうか? 
 写楽の投入術に期待するしかない。

《シ ン》 Aに赤は入っていますか?
《写 楽》 いいえ。
 
 シンは「AとBどちらの枚数が多いか?」という自分の特許質問を使ってこなかった。
 さっちんの「AとBどちらが得点を稼ぐか?」という質問の方が効果的だと分かったため、自分の質問の有意性に疑問を持ったのかもしれないけど、ここでは写楽の手持ち枚数が少ないだけに、枚数の多い方を潰しておくのもかなり有効だったはずだ。
 シンはすでに自身の本戦進出の目が消え、気力を失っているのかもしれないけど、私としては助かった。

《サクラ》 Bに赤はお入れになりましたか?
《写 楽》 はい。
《廃 人》 Cに赤は入っていますか?
《写 楽》 いいえ。
 
 予想通り赤が最初に消された。残り4枚で6点。
 写楽は『子』の包囲網から逃げ切れるか? 
 なんとか逃げ切って欲しい……。

《泥人形》 Aに青は入ってるか?
《写 楽》 はい。
《 W 》 Aに黄は入れたか?
《写 楽》 いいえ。
《 玄 》 Aに白は入っていますか?
《写 楽》 はい。
《さっちん》Bに青は入ってる?
《写 楽》 いいえ。
《GOGOGO》Bに黄色は入ってまっか?
《写 楽》 いいえ。

 全員の質問が終った。
 赤以外ではAの青とAの白の2箇所が判明してしまった。
 ここに投入されたのが1枚ずつだとしても、残りは2枚しかない。
 本戦への出場のためには少なくともWと同じ9点に到達しないといけないが、そのためにはあと5点いる。
 つまり1枚はAに投入されてなければならないということだ。
 質問されていないAは緑だけ。
 ここに『子』の投入が集中するのは火を見るより明らか。
 よって写楽の予選通過は絶望的。
 
 と誰もが思っている。
 しかし写楽には、まだみんなが気付いていない予選突破のルートが残されていた。
 それも2位タイの可能性でなく、Wを予選敗退させる1位タイの可能性が……。
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