プロローグ(2)
文字数 3,322文字
何なのこのメール?
クイック・リッチ・クラブって何?
沙織は息するのも忘れて送られてきたメールを見入っていた。誰がどう見ても怪しげなメールだ。取り込み詐欺か、こっちが負けるようにできているインチキゲームに決まっている。こんなのがまともな企画なわけがない。参加したらまた金をむしり取られる。
そんなの誰にでもわかる。
でも……。
メールの最後にあるフレーズに目は釘付けになっていた。
今の自分は本当の自分ですか?
そう、確かに今の私は本当の九条沙織じゃない。
不運からちょっとレールを踏み外しただけ。何かのきっかけさえあれば、きっとあの頃の私に立ち戻れる。
確かに私は頭はいいほうだし、高校時代はパズル研究会に所属していた。ポーカーだって麻雀だって、ほとんど負けたことはない。頭脳ゲームもひょっとしたら向いているかも……。
もしこのクイック・リッチ・クラブが本当にまともな一獲千金企画だとしたら、私が立ち直るきっかけになるかもしれない。
この企画が本物か? 詐欺か?
もし詐欺だとしても参加費が安ければ、今更借金が数万円増えても痛くも痒くもない。
ならば、とりあえず企画の内容だけでも見ない手はない。
サイトを開いたからと言って、いきなりお金を取られることはない、と思いたい。
よし、開いてみるか。
沙織は高鳴る鼓動を感じながらサイトを開いた。
ファースト・ゲーム、“ファイブカード”
開催日 令和5年1月1日 午前0時
参加費は50万円!!
(ファイブカードに参加するには1枚10万円のカードを5枚購入して戴く必要があります)
「50万円! そんな大金あるわけないでしょ!!」
沙織は思わず声を荒げた。
わずかな参加費で優勝賞金1億円という雰囲気を匂わせながら、いきなり50万とは詐欺以外の何ものでもない。
すぐにページを閉じようと思った。だけどそこで思い留まった。
確かこのサイトを開く前のメールの段階で、参加人数が200人ならば、200分の1の確率で優勝賞金1億円と書かれていた。優勝賞金は参加費全額だから、1億÷200=50万円。
つまり最初のメールの段階で参加費は50万円だと言っている。ましてや低料金の企画だとはどこにも書いていない。こっちが勝手に思い込んだだけだ。ならば嘘は言っていない。
ここは違法な高レート頭脳ゲームの場ではあるけど、詐欺まがいの企画ではないかもしれない。
純粋に200分の1の確率で1億円。
ちょっと興味はそそられる。
だけど、すぐに不可解な点に気が付いた。
参加費全額が優勝賞金になってしまったら、主催者の取り分がない。
警察に見つかれば捕まってしまうかもしれない高レート賭博を開帳しておいて、利益がないなんてありえない。
やっぱり決まった人が勝つようにできているイカサマ企画だ。
絶対、罠だ!
沙織は怪しみながらさらに企画の説明を読み進めた。
契約規定や使用するパソコン、スマホのスペックの条件などに続いて、50万円の支払方法が書かれてあった。そこで不可解な疑問が解消した。
クイック・リッチ・クラブでは一般的なクレジットカードは使わず、「CERED(セレッド)」という信販会社への支払いが義務づけられていた。アイテムを一括払いで購入すれば確かに50万円で購入できるが、分割の場合は6ヶ月返済でひと月10万円、12ヶ月返済でひと月6万円、24ヶ月だとひと月4万円となっていた。支払総額はそれぞれ60万円、72万円、96万円となる。法定金利を遥かに超える暴利だ。
優勝賞金は50万円×参加人数で計算されているから、この金利分が主催者の収益ということになる。
誰がこんな暴利な分割払いするか! と思いがちだけど、こんな怪しい企画に一括で50万円振り込む方が勇気がいる。それに恥ずかしながら今の私には50万円なんてとても払えない。月末の給料が入ったとしても4万円をつくるのがやっとだ。
恐らくこんな得体のしれない頭脳ゲームに参加して一獲千金を夢見ようという輩なら、みんな同類。分割払いで申し込むのは目に見えている。CEREDという怪しげな信販会社を利用させるのは、一般のクレジットカードですでにブラックリストに載っている人も参加できるようにという配慮から。
分割払いの最初の1回分、最低の4万円だけを当面工面できれば、この夢のような一獲千金企画に誰でも参加できる。
ご丁寧に「分割払いを選択後、途中から前倒しで一括払いへの変更も可能です」とも追記してある。優勝さえすれば全ての借金を返済できますよ、というイメージを植え付けている。
馬の前の人参だ。
借り入れではなくあくまでも商品購入代金の支払いと見せているところも、参加者の抵抗心理を和らげるうまい表記だ。
これなら亮介がすぐに参加を申し込んだのもうなずける。
なるほど、やるわね。
沙織はいつの間にか主催者に対して、批判よりも感心の気持ちの方が強くなっていた。
さらに契約規約の中にこういう記載もあった。
「分割払いの方は信販会社にて審査を行います。他の金融機関での借入額は審査の対象外ですが、住所氏名等の個人情報に偽りのある場合は参加できません。尚、個人情報の秘密保持は厳守しますが、支払いが滞った方の債権は他の金融会社に譲渡される場合がありますのでご了承下さい」
つまり滞納者の督促は暴力団系闇金に回されるということだ。
ああ、怖ろし……。
沙織はこれまでの激しい督促を思い出し、ブルッと震えた。
サイトに記載されている情報は以上だった。
試しに「クイック・リッチ・クラブ」や「CERED」をスマートフォンで検索してみたが、このサイトを見た人たちの意見があれこれ論じられているだけで、ホームページはもとより主催者の母体を知り得るような情報は何もなかった。
与えられたこれだけの情報の中で、この企画に参加するかどうかを決めなければならない。
取り込み詐欺や出来レースの可能性は十分にある。
だけどこのまま何もせずバイトを続けても先にあるのは絶望だけ。今更借金が50万増えたからって、自己破産すれば関係ない。
今の私に怖れるものは何もない。
やってやるか!
クイック・リッチ・クラブで優勝し、本当の自分の姿を取り戻してみせる。
腹を決めた沙織の行動は早かった。
住所・氏名・アドレスなど必要事項を登録していく。
注意事項にスマートフォンでも操作はできるけど画面が見にくかったりタップミスが起きる場合もありますのでタブレットかパソコンでの参加の方がお勧めとあった。それでパソコンの方のメールアドレスを登録した。タブレットはとっくに解約している。CEREDへの支払い方法は迷うことなく24回払いを選択した。4万円だってきついのに他の選択肢を選ぶ余地はない。
最後に【ファイブカードを購入する】というボタンをタップする時は、「このボタンが押されればキャンセルできません」と注意書きがあったので一瞬躊躇したけど、それも一瞬で、心変わりする前に、とすぐにボタンをタップした。
何も起こらなかった。
まさかやっぱり詐欺だったの?
血の気が失せそうになったけど、メールアドレスの登録はパソコンの方にしたことを思い出し、すぐにパソコンを起動させた。
返信メールが届いていた。
『ファイブカード』ご購入ありがとうございました。
初回分のご入金をお待ちしております。
これだけ?
あまりにも素っ気ないメッセージに呆気にとられた。
初回は指定口座に振り込まなければならないけど、今はお金がない。
バイト代が入る月末まで、やっぱり詐欺なんじゃないかと毎日不安と後悔に苛まれながらすごした後、12月1日、1回目の支払代金4万円を所定の口座に振り込んだ。
もう後戻りはできない。
優勝できなければ毎月の支払い義務がさらに4万円増えるだけ。それが滞ると、さらに怖い人たちからの督促が待っている。
その夜、バイトから帰ってパソコンを開くと、主催者から入金が確認できたことと12月31日の午前0時、つまりゲーム開始の24時間前にルール表が配信される旨のメッセージが届けられていた。
クイック・リッチ・クラブって何?
沙織は息するのも忘れて送られてきたメールを見入っていた。誰がどう見ても怪しげなメールだ。取り込み詐欺か、こっちが負けるようにできているインチキゲームに決まっている。こんなのがまともな企画なわけがない。参加したらまた金をむしり取られる。
そんなの誰にでもわかる。
でも……。
メールの最後にあるフレーズに目は釘付けになっていた。
今の自分は本当の自分ですか?
そう、確かに今の私は本当の九条沙織じゃない。
不運からちょっとレールを踏み外しただけ。何かのきっかけさえあれば、きっとあの頃の私に立ち戻れる。
確かに私は頭はいいほうだし、高校時代はパズル研究会に所属していた。ポーカーだって麻雀だって、ほとんど負けたことはない。頭脳ゲームもひょっとしたら向いているかも……。
もしこのクイック・リッチ・クラブが本当にまともな一獲千金企画だとしたら、私が立ち直るきっかけになるかもしれない。
この企画が本物か? 詐欺か?
もし詐欺だとしても参加費が安ければ、今更借金が数万円増えても痛くも痒くもない。
ならば、とりあえず企画の内容だけでも見ない手はない。
サイトを開いたからと言って、いきなりお金を取られることはない、と思いたい。
よし、開いてみるか。
沙織は高鳴る鼓動を感じながらサイトを開いた。
ファースト・ゲーム、“ファイブカード”
開催日 令和5年1月1日 午前0時
参加費は50万円!!
(ファイブカードに参加するには1枚10万円のカードを5枚購入して戴く必要があります)
「50万円! そんな大金あるわけないでしょ!!」
沙織は思わず声を荒げた。
わずかな参加費で優勝賞金1億円という雰囲気を匂わせながら、いきなり50万とは詐欺以外の何ものでもない。
すぐにページを閉じようと思った。だけどそこで思い留まった。
確かこのサイトを開く前のメールの段階で、参加人数が200人ならば、200分の1の確率で優勝賞金1億円と書かれていた。優勝賞金は参加費全額だから、1億÷200=50万円。
つまり最初のメールの段階で参加費は50万円だと言っている。ましてや低料金の企画だとはどこにも書いていない。こっちが勝手に思い込んだだけだ。ならば嘘は言っていない。
ここは違法な高レート頭脳ゲームの場ではあるけど、詐欺まがいの企画ではないかもしれない。
純粋に200分の1の確率で1億円。
ちょっと興味はそそられる。
だけど、すぐに不可解な点に気が付いた。
参加費全額が優勝賞金になってしまったら、主催者の取り分がない。
警察に見つかれば捕まってしまうかもしれない高レート賭博を開帳しておいて、利益がないなんてありえない。
やっぱり決まった人が勝つようにできているイカサマ企画だ。
絶対、罠だ!
沙織は怪しみながらさらに企画の説明を読み進めた。
契約規定や使用するパソコン、スマホのスペックの条件などに続いて、50万円の支払方法が書かれてあった。そこで不可解な疑問が解消した。
クイック・リッチ・クラブでは一般的なクレジットカードは使わず、「CERED(セレッド)」という信販会社への支払いが義務づけられていた。アイテムを一括払いで購入すれば確かに50万円で購入できるが、分割の場合は6ヶ月返済でひと月10万円、12ヶ月返済でひと月6万円、24ヶ月だとひと月4万円となっていた。支払総額はそれぞれ60万円、72万円、96万円となる。法定金利を遥かに超える暴利だ。
優勝賞金は50万円×参加人数で計算されているから、この金利分が主催者の収益ということになる。
誰がこんな暴利な分割払いするか! と思いがちだけど、こんな怪しい企画に一括で50万円振り込む方が勇気がいる。それに恥ずかしながら今の私には50万円なんてとても払えない。月末の給料が入ったとしても4万円をつくるのがやっとだ。
恐らくこんな得体のしれない頭脳ゲームに参加して一獲千金を夢見ようという輩なら、みんな同類。分割払いで申し込むのは目に見えている。CEREDという怪しげな信販会社を利用させるのは、一般のクレジットカードですでにブラックリストに載っている人も参加できるようにという配慮から。
分割払いの最初の1回分、最低の4万円だけを当面工面できれば、この夢のような一獲千金企画に誰でも参加できる。
ご丁寧に「分割払いを選択後、途中から前倒しで一括払いへの変更も可能です」とも追記してある。優勝さえすれば全ての借金を返済できますよ、というイメージを植え付けている。
馬の前の人参だ。
借り入れではなくあくまでも商品購入代金の支払いと見せているところも、参加者の抵抗心理を和らげるうまい表記だ。
これなら亮介がすぐに参加を申し込んだのもうなずける。
なるほど、やるわね。
沙織はいつの間にか主催者に対して、批判よりも感心の気持ちの方が強くなっていた。
さらに契約規約の中にこういう記載もあった。
「分割払いの方は信販会社にて審査を行います。他の金融機関での借入額は審査の対象外ですが、住所氏名等の個人情報に偽りのある場合は参加できません。尚、個人情報の秘密保持は厳守しますが、支払いが滞った方の債権は他の金融会社に譲渡される場合がありますのでご了承下さい」
つまり滞納者の督促は暴力団系闇金に回されるということだ。
ああ、怖ろし……。
沙織はこれまでの激しい督促を思い出し、ブルッと震えた。
サイトに記載されている情報は以上だった。
試しに「クイック・リッチ・クラブ」や「CERED」をスマートフォンで検索してみたが、このサイトを見た人たちの意見があれこれ論じられているだけで、ホームページはもとより主催者の母体を知り得るような情報は何もなかった。
与えられたこれだけの情報の中で、この企画に参加するかどうかを決めなければならない。
取り込み詐欺や出来レースの可能性は十分にある。
だけどこのまま何もせずバイトを続けても先にあるのは絶望だけ。今更借金が50万増えたからって、自己破産すれば関係ない。
今の私に怖れるものは何もない。
やってやるか!
クイック・リッチ・クラブで優勝し、本当の自分の姿を取り戻してみせる。
腹を決めた沙織の行動は早かった。
住所・氏名・アドレスなど必要事項を登録していく。
注意事項にスマートフォンでも操作はできるけど画面が見にくかったりタップミスが起きる場合もありますのでタブレットかパソコンでの参加の方がお勧めとあった。それでパソコンの方のメールアドレスを登録した。タブレットはとっくに解約している。CEREDへの支払い方法は迷うことなく24回払いを選択した。4万円だってきついのに他の選択肢を選ぶ余地はない。
最後に【ファイブカードを購入する】というボタンをタップする時は、「このボタンが押されればキャンセルできません」と注意書きがあったので一瞬躊躇したけど、それも一瞬で、心変わりする前に、とすぐにボタンをタップした。
何も起こらなかった。
まさかやっぱり詐欺だったの?
血の気が失せそうになったけど、メールアドレスの登録はパソコンの方にしたことを思い出し、すぐにパソコンを起動させた。
返信メールが届いていた。
『ファイブカード』ご購入ありがとうございました。
初回分のご入金をお待ちしております。
これだけ?
あまりにも素っ気ないメッセージに呆気にとられた。
初回は指定口座に振り込まなければならないけど、今はお金がない。
バイト代が入る月末まで、やっぱり詐欺なんじゃないかと毎日不安と後悔に苛まれながらすごした後、12月1日、1回目の支払代金4万円を所定の口座に振り込んだ。
もう後戻りはできない。
優勝できなければ毎月の支払い義務がさらに4万円増えるだけ。それが滞ると、さらに怖い人たちからの督促が待っている。
その夜、バイトから帰ってパソコンを開くと、主催者から入金が確認できたことと12月31日の午前0時、つまりゲーム開始の24時間前にルール表が配信される旨のメッセージが届けられていた。