第三章 IN THE BOX Ⅱ(3)
文字数 2,906文字
沙織は一旦席を立ち、洗面所に行って頭から冷水をぶっかけた。
部屋の暖房で緩慢となっていた脳がハリセンで叩かれたかのようにシャキッとした。皮膚が捩じれるぐらいに顔をゴシゴシと擦り、弛んだ気持ちごと削ぎ落とした。
鏡に映った自分は随分やつれたようにも見える。
それでもクイック・リッチ・クラブに参加する前の、ただ督促に怯えてばかりの顔つきよりは幾分ましだ、と思った。
「さあ、これからよ!」
鏡に映る自分に宣言して、沙織はパソコンの前に戻った。
『親』番のサクラはまだ投入を終えていなかった。
この時間を利用してサクラがこれまでどういう思考回路で投入してきたか、それを解析する。
全てはそこから始まる。それができないとスタートラインにすら立てやしない。
まずは直前の戦い、第2戦から検証してみることにする。
落ち着いて記憶を整理する。
『親』番である私はAに緑、白、Bに青、黄を投入していた。
1つ目のサクラの質問「Aにカードは何枚入れましたか?」により、2枚が投入してあることが知られてしまう。続く2つ目の質問で赤はどこにも投入していないこと、3つ目の質問で青はBに入っていることの情報は与えてしまったけど、投入した4枚の内まだ3枚が見つかっていないことにホッとしていた。
この感覚が大きな誤りだった。
いま冷静に考えると、この時点ですでにもう1つ重要なヒントを与えていたことが分かる。
残りの緑、黄、白の3枚のうち2枚がAにあるという事実だ。
このヒントを材料としてサクラはブロックの投入パターンを考えたはずだ。
そのロジックをこれから紐解く。
『親』が3枚の内2枚をAに投入している場合、『子』はどうすれば一番相手のポイントを抑えることができるか?
一番の理想は『子』も2枚だけを投入して、その2枚でずばり『親』の2枚をブロックできるパターン。
この場合は『親』のみ-9Pとなるけど、それはかなり運がよければの話だ。
通常2枚投入だと1枚的中で1枚はずれという可能性が一番高い。
その場合『親』は1枚パスで5P、1枚ブロックされて-3となり合計は2P。
一方『子』は1枚外れだから-3。
(親2P 子-3P)
つまり、このパターンで投入すれば、『親』が『子』より5P上回る可能性が高いことになる。
次に、サクラがやったように『子』が3枚ともAに投入するパターンを考える。
この場合『親』は2枚ともブロックされるから-6P。
『子』は1枚はずれだから-3Pとなる。
(親-6P 子-3P)
結果、『親』、『子』ともにマイナスポイントだけど、『子』の方がマイナスが少なく、『子』が『親』を3P上回る。
ちなみに『子』がAに1枚だけの投入をした場合は、その1枚がブロックできれば、『親』は1枚パスの5Pと1枚ブロックされての-3Pの合計2Pで、『子』は0Pとなるけど、もしその1枚が外れてしまうと、『親』は2枚パスの10Pを獲得の上、『子』は-3Pと合計13Pも親にリードを許してしまうため、効果の割にリスクが高すぎて論外だ。
(親2P 子0P または 親10P 子-3P)
結果、『子』の立場からみると、自分にマイナスがつくことを怖れず3枚投入すれば、確実に『親』より3Pリードできるため、サクラがこの投入を行ったのは至極当然で、驚くべき奇策でも何でもないことが分かる。
なんだ、当り前じゃない。
論理が分かり少しほっとして、一旦画面に目を戻した。
サクラはすでに投入を終えており、沙織の1つめの質問時間の残りは3分弱になっていた。
が、まだ3分弱はある。
続いて、第1戦で私が『親』の時のサクラの心理を考えてみる。
あの時私はサクラの1つ目の特許質問「Aの中にカードを何枚入れましたか?」によって、Aには1枚も投入していないことがすぐにバレてしまった。
続く2つの質問でBに赤は入っていないこと、3つ目の質問でBに白が入っていることが知られてしまった。
でもこの3つの質問では青、黄、緑がどこにあるかはサクラにも分らなかったはず。
にもかかわらず、その分らない全てのカードを外れればマイナスとなるBに投入してきている。
対照的に私は第1戦の『子』の時、外れてもマイナスとならないCを押えに行ってしまった。どちらが正しかったかは結果を見れば明らかだけど、サクラがそう投入できた根拠を知りたい。
『子』の立場に立って、『親』の投入場所が分らない青、黄、緑の3枚のカードがある場合、どうすれば1番効果的にブロックできるかを検証してみるしかない。
きっとサクラの投入方法が効果的だとの結果が出るんでしょうけど、今は何でもやってみる。
前提条件として、あの時と同じようにAにはカードが入っていないのは明らかだとする。
まずはサクラがやったように、「『子』がBを積極的にブロックに行く場合」を考えてみる。
ケース① 『親』が3枚を全部Cに投入していた場合。
Bをブロックしに行った『子』の3枚のカードは全て外れ、『親』のカードは全てパスとなる。
『親』のポイントは3P。
『子』は-6P。
(親3P 子-6P)
『子』は『親』に対して-9Pとなる。
ケース② 『親』が3枚を全部Bに投入していた場合。
Bに3枚投入した『子』のカードは全てブロックに成功する。
『親』のポイントは0P。
『子』のポイントも0P。
(親0P 子0P)
この場合『親』と『子』のポイント差はない。
ちなみに『親』が3枚をBとC分に分けて投入した場合は、ケース①とケース②の間のポイント差になる。
次は私のように「『子』がCをブロックしに行く場合」を考える。
ケース③ 『親』が3枚を全てBに投入している場合。
Cをブロックしに行った『子』の3枚のカードは全て外れとなる。
『親』は投入カード全てパスで9P獲得。
『子』は0P。
(親9P 子0P)
『子』は『親』に対して-9Pの差となる。
ケース④ 『親』が3枚全てをCに投入している場合。
Cに3枚投入した『子』のカードは全てブロックに成功する。
『親』のポイントは0P。
『子』のポイントは3P。
(親0P 子3P)
『子』が『親』に対して3Pリードとなる。
まとめてみると、
サクラのようにBを積極的にブロックに行く作戦では、最高がケース②の『親』とのポイント差0Pで、最低がケース①の-9Pであるのに対して、
私のようにCをブロックに行く作戦では、最低はサクラと同じ-9Pだけど、最高の方はケース④のプラス3Pとなる。
えっ? プラスの3P?
私の方が効果的な投入じゃん。
何でよ?
予想に反して沙織の投入方法の方が効果的投入だと分析結果が出てしまった。
沙織は頭を抱えた。
これでは自分が負けている説明がつかない。現実はサクラ圧勝の逆転現象が起こっている。
「訳わかんないじゃない、これじゃあ。何で私がこんなに負けてるのよ!」
思わず、手計算したメモ帳に文句を言った。
考えられることは、このロジックには何か盲点があるということだ。
それが、このゲーム攻略の鍵になる。
部屋の暖房で緩慢となっていた脳がハリセンで叩かれたかのようにシャキッとした。皮膚が捩じれるぐらいに顔をゴシゴシと擦り、弛んだ気持ちごと削ぎ落とした。
鏡に映った自分は随分やつれたようにも見える。
それでもクイック・リッチ・クラブに参加する前の、ただ督促に怯えてばかりの顔つきよりは幾分ましだ、と思った。
「さあ、これからよ!」
鏡に映る自分に宣言して、沙織はパソコンの前に戻った。
『親』番のサクラはまだ投入を終えていなかった。
この時間を利用してサクラがこれまでどういう思考回路で投入してきたか、それを解析する。
全てはそこから始まる。それができないとスタートラインにすら立てやしない。
まずは直前の戦い、第2戦から検証してみることにする。
落ち着いて記憶を整理する。
『親』番である私はAに緑、白、Bに青、黄を投入していた。
1つ目のサクラの質問「Aにカードは何枚入れましたか?」により、2枚が投入してあることが知られてしまう。続く2つ目の質問で赤はどこにも投入していないこと、3つ目の質問で青はBに入っていることの情報は与えてしまったけど、投入した4枚の内まだ3枚が見つかっていないことにホッとしていた。
この感覚が大きな誤りだった。
いま冷静に考えると、この時点ですでにもう1つ重要なヒントを与えていたことが分かる。
残りの緑、黄、白の3枚のうち2枚がAにあるという事実だ。
このヒントを材料としてサクラはブロックの投入パターンを考えたはずだ。
そのロジックをこれから紐解く。
『親』が3枚の内2枚をAに投入している場合、『子』はどうすれば一番相手のポイントを抑えることができるか?
一番の理想は『子』も2枚だけを投入して、その2枚でずばり『親』の2枚をブロックできるパターン。
この場合は『親』のみ-9Pとなるけど、それはかなり運がよければの話だ。
通常2枚投入だと1枚的中で1枚はずれという可能性が一番高い。
その場合『親』は1枚パスで5P、1枚ブロックされて-3となり合計は2P。
一方『子』は1枚外れだから-3。
(親2P 子-3P)
つまり、このパターンで投入すれば、『親』が『子』より5P上回る可能性が高いことになる。
次に、サクラがやったように『子』が3枚ともAに投入するパターンを考える。
この場合『親』は2枚ともブロックされるから-6P。
『子』は1枚はずれだから-3Pとなる。
(親-6P 子-3P)
結果、『親』、『子』ともにマイナスポイントだけど、『子』の方がマイナスが少なく、『子』が『親』を3P上回る。
ちなみに『子』がAに1枚だけの投入をした場合は、その1枚がブロックできれば、『親』は1枚パスの5Pと1枚ブロックされての-3Pの合計2Pで、『子』は0Pとなるけど、もしその1枚が外れてしまうと、『親』は2枚パスの10Pを獲得の上、『子』は-3Pと合計13Pも親にリードを許してしまうため、効果の割にリスクが高すぎて論外だ。
(親2P 子0P または 親10P 子-3P)
結果、『子』の立場からみると、自分にマイナスがつくことを怖れず3枚投入すれば、確実に『親』より3Pリードできるため、サクラがこの投入を行ったのは至極当然で、驚くべき奇策でも何でもないことが分かる。
なんだ、当り前じゃない。
論理が分かり少しほっとして、一旦画面に目を戻した。
サクラはすでに投入を終えており、沙織の1つめの質問時間の残りは3分弱になっていた。
が、まだ3分弱はある。
続いて、第1戦で私が『親』の時のサクラの心理を考えてみる。
あの時私はサクラの1つ目の特許質問「Aの中にカードを何枚入れましたか?」によって、Aには1枚も投入していないことがすぐにバレてしまった。
続く2つの質問でBに赤は入っていないこと、3つ目の質問でBに白が入っていることが知られてしまった。
でもこの3つの質問では青、黄、緑がどこにあるかはサクラにも分らなかったはず。
にもかかわらず、その分らない全てのカードを外れればマイナスとなるBに投入してきている。
対照的に私は第1戦の『子』の時、外れてもマイナスとならないCを押えに行ってしまった。どちらが正しかったかは結果を見れば明らかだけど、サクラがそう投入できた根拠を知りたい。
『子』の立場に立って、『親』の投入場所が分らない青、黄、緑の3枚のカードがある場合、どうすれば1番効果的にブロックできるかを検証してみるしかない。
きっとサクラの投入方法が効果的だとの結果が出るんでしょうけど、今は何でもやってみる。
前提条件として、あの時と同じようにAにはカードが入っていないのは明らかだとする。
まずはサクラがやったように、「『子』がBを積極的にブロックに行く場合」を考えてみる。
ケース① 『親』が3枚を全部Cに投入していた場合。
Bをブロックしに行った『子』の3枚のカードは全て外れ、『親』のカードは全てパスとなる。
『親』のポイントは3P。
『子』は-6P。
(親3P 子-6P)
『子』は『親』に対して-9Pとなる。
ケース② 『親』が3枚を全部Bに投入していた場合。
Bに3枚投入した『子』のカードは全てブロックに成功する。
『親』のポイントは0P。
『子』のポイントも0P。
(親0P 子0P)
この場合『親』と『子』のポイント差はない。
ちなみに『親』が3枚をBとC分に分けて投入した場合は、ケース①とケース②の間のポイント差になる。
次は私のように「『子』がCをブロックしに行く場合」を考える。
ケース③ 『親』が3枚を全てBに投入している場合。
Cをブロックしに行った『子』の3枚のカードは全て外れとなる。
『親』は投入カード全てパスで9P獲得。
『子』は0P。
(親9P 子0P)
『子』は『親』に対して-9Pの差となる。
ケース④ 『親』が3枚全てをCに投入している場合。
Cに3枚投入した『子』のカードは全てブロックに成功する。
『親』のポイントは0P。
『子』のポイントは3P。
(親0P 子3P)
『子』が『親』に対して3Pリードとなる。
まとめてみると、
サクラのようにBを積極的にブロックに行く作戦では、最高がケース②の『親』とのポイント差0Pで、最低がケース①の-9Pであるのに対して、
私のようにCをブロックに行く作戦では、最低はサクラと同じ-9Pだけど、最高の方はケース④のプラス3Pとなる。
えっ? プラスの3P?
私の方が効果的な投入じゃん。
何でよ?
予想に反して沙織の投入方法の方が効果的投入だと分析結果が出てしまった。
沙織は頭を抱えた。
これでは自分が負けている説明がつかない。現実はサクラ圧勝の逆転現象が起こっている。
「訳わかんないじゃない、これじゃあ。何で私がこんなに負けてるのよ!」
思わず、手計算したメモ帳に文句を言った。
考えられることは、このロジックには何か盲点があるということだ。
それが、このゲーム攻略の鍵になる。