第四章 ゴールデン・リボン(15)

文字数 3,121文字

 4巡目。
 初巡に僥倖(ぎょうこう)ともいえる「50P」を引き当てたよしえが、ここにきてまさかの3連続となるマイナスポイント、「-5P」を引いた。
 よしえからすれば、せっかく玄がピンク・リボンを引いて商社を遠ざけてくれたのに、今度は自分の悪運のせいでその玄を背後に呼び込んでしまうという、まさに悪夢を見ているような心境でしょう。

 マイナスが大きい商社は、現在残っているプラスの中で最も大きい「30P」を引くしか生きる道はない。リスクは承知でレッド・リボンを引いた。
 しかしその先に見えたのは「-20P」。
 これで商社の優勝の目は完全に(つい)えた、かに見えた。

 沙織はここで確率計算をした。
 よしえに追いつくためにはプラスを引くしかないけど、それを引き当てる確率だ。

 まずはレッド・リボン。
 残りは3本で、その内プラスは2本だから引く確率は3分の2。およそ67パーセント。
 その中の「30P」を引くことができれば逆転だ。

 一方ホワイト・リボンの残りは7本。
 この内プラスは4本でマイナスは2本、1本が0Pという状況。
 プラスを引く確率は7分の4でおよそ57パーセントだけど、マイナスだけは引きたくないと考えて0P以上の確率で計算すると7分の5のおよそ71パーセントとなる。

 レッド・リボンとホワイトリボンのどちらが有利かは判断が難しいところだけど、追う方の立場としてはマイナスを引かない確率よりもプラスを引く確率を重んじたい。
 だから沙織の気持ちの半分以上はレッド・リボンに向いていた。
 
 でも……。
 ホワイト・リボンでマイナスが3回続いている。
 そろそろプラスが出る頃じゃないの?

 直感が囁いてきた。

 ギャンブルの世界ではルーレットでも丁半博打でも目の偏りというものがある。黒ばかりが続いたり偶数ばかりが続いたりすることがあるのだ。
 例えばルーレットで5回連続黒の目が出ると、ギャンブラーの心理として次の目を6回連続の黒と予想するよりも、確率的に次こそは赤だと予想する方が多い。
 なぜなら6回連続黒が出る確率(0、00を考慮しないとして)は1/2の6乗=1/64で2パーセントにも満たない。それが8回連続、10回連続となればその「次こそは」の気持ちはさらに高くなる。
 だけど実際は、次の一投に関しては赤の目も黒の目も出る確率は5分5分なのである。

 確率5分5分のルーレットでもそういう心理が働くのに、ましてや今行なっているゲームは『ゴールデン・リボン』。引いたリボンはもう戻らないのだ。
 マイナスが続けば続くほどマイナスの本数は減り、次にプラスを引く確率は高くなる。

 沙織はその心理に誘導され、次こそは絶対プラスだと信じホワイト・リボンを選んだ。

 だけど確率では計り知れないことが起こるのがギャンブル。
 ギャンブルに絶対はない。

 リボンの先に待っていたのは、沙織の夢を打ち砕くホワイト・リボン最大のマイナス「-15P」。

 そのホワイト・リボンが、ケラケラと嘲笑っているかのように見えた。

 『ゴールデン・リボン』は確率を超えた向こうにゴールがある。
 そこに辿り着けるのは論理も確率をも凌駕した強運の持ち主、ただ1人のみ。


  
 その確率越えにトップを走っているよしえも挑戦してきた。
 玄がマイナスを引き、残りのマイナスリボンがあと1本だけと絶対的に有利なホワイト・リボンではなく、あえてレッド・リボン引きに挑んできた。
 そこによしえのどういう心理が働いたのかは分からない。
 ここまで立て続けにマイナスを引かされたホワイト・リボンに嫌気が差したのか、それとも最初にプラスのリボンを引いたレッド・リボンに相性のよさを感じたのか……。
 だけど何となく、今のよしえの気持ちが分かるような気がした。

 たとえここでホワイト・リボンを引いて小さなプラスポイントを得たとしても、次に玄にプラスのリボンを引かれれば勝負の行方は分からなくなる。「30P」を引かれでもすればたちまち追いつかれてしまう。
 ならば、自分の手で「30P」を引いて優勝を決めてしまうおう。そう考えたのではないか。

 この5巡目で全ての決着をつける! 
 彼女のそんな熱い意気込みが伝わってきた。

 にもかかわらず沙織には焦りの気持ちはまったく浮かんでなかった。
 それどころかこの最終ゲームの最終局面で、笑みがこぼれていた。
 諦めたのでも開き直ったのでもない。
 そこには根拠のない迷信めいた予感があった。

 それは、
 これまで私たちをさんざん苦しめた悪戯好きな神様が、この最も盛り上がるファイナルゲームの土壇場で、途中で勝敗を決めてしまうようなそんな興ざめな真似はしないでしょう。
 最後の最後まできっちりと縺れさせるに違いない、という予感だ。

「ここで終わらせられるもんなら、終わらせてみせてよ!」
 沙織は口角を吊り上げて、神様を挑発した。

 ゆっくりとリボンが動いていく。
 この先に「30P」と書かれていれば、全てが終る。
 沙織はここでは祈らない。
 祈らなくとも結果は分かっている。

 果たして、リボンの先には「-25P」が坐っていた。
 
 神様の悪戯は、なおも続く。
 よしえが1巡目に掴んだゴールデン・リボン貯金はこれで完全に消えた。

 商社の番。
 当然プラスだけしか残っていないレッド・リボンを選択してきた。
 ここで商社が「10P」の方を引いてくれれば、沙織はリスクなく「30P」を獲得できる。
 だけど世の中そんなに甘くはない。
 ファイナリストとしての意地を見せ、商社は気合で「30P」をゲットしてきた。
 死んだはずの商社が蘇ってきた。
 
 沙織は最後に残ったレッド・リボン「10P」を加算し、3者の距離がぐっと近づいた。



 残りは2巡。
 残ったリボンはホワイト・リボン6本だけ。
 内訳は「-10P」1本、「5P」1本、「10P」1本、「15P」2本、そして「0P」1本である。
 ここからはリボン引きガチンコ勝負が始まる。
 全てのリボンを引き終えた時点で、1ポイントでも多くのポイントを積み上げていた者が勝者となり、優勝賞金を1億1250万円を手にすることができる。

 ここまで4連続マイナスのよしえは、原点の0Pに戻ったことで運が変わってくるかどうか?
 できるなら、よしえの運にはそのまま眠っていて欲しい。

 よしえは②を選んだ。
 よもやの5連続マイナスとなる「-10P」を引いてくれれば、玄がはじめてトップに立つ。

「お願い、マイナスを引いて!」
 ゆっくりと引かれていくホワイト・リボンに、念じるように呟いた。
 お願い、マイナスであって……。
 
「0P」。
 それが6巡目のよしえの結果だった。
 ポイント変動はない。
 
 続く商社。
 現在1人マイナスのため、逆転優勝には「15P」を引くしかない。
 そして、もし本当にここで「15P」を引くようなら、その勢いからして優勝の目も十分あり得る。
 ピンク・リボンを奪い取って土俵際まで追い込み、とっくに足が俵を割ったと思っていたのに、まだしぶとく徳俵に足が残っていた。
 まさにゾンビのような生命力。

 沙織の耳に、最後方から大外一気を決め込もうとする商社の足音が、怒涛のごとく轟いてきた。

 なっ、なんなのよ!

 そのあまりにもの迫力に沙織は全身総毛だった。
 
 商社は最後のこの瞬間のために力を貯めていたっていうの!

「お願い、商社よ来ないでよ!」
 沙織は懸命に祈る。
 来ないで、来ないで、来ないで……。
 
 汗が頬を伝った。

 リボンの先が箱から出る!
 沙織は怖くて反射的に目を瞑った。

 聴こえてくる音楽が激しい戦闘モードから、ゆったり落ち着いたジャズの音色に変わった。
 商社の結果が出たということだ。
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