第四章 ゴールデン・リボン(10)
文字数 3,071文字
何でこんな簡単なことが見抜けなかったんだろう?
つくづく自分で自分が嫌になる。
私がレッド・リボンを引いて「-25P」を獲得する。そして最後にピンク・リボンを引いてプラスの55Pに到達する。そんなストーリーだった。
でも、私がピンク・リボンを引く前には、商社とよしえがいる。
商社がホワイト・リボンの「-5P」と「-10P」のどちらかを引けば、よしえには商社が引かなかった方のホワイト・リボンとピンク・リボンが残る。
よしえは8巡目にそのままホワイト・リボンを引けば3位が確定してしまう。
だから2位に浮上するために、プラスからでもピンク・リボンを引いてくるのだ。
自分もマイナスとなってしまうけど、さらに大きなマイナスを持った玄を3位に封じ込めようとするのは、2位通過の重要性を分かっているプレイヤーなら至極当然の行動原理だ。
それなのに私はまたしても自分の都合のいい計算だけを行って、プラスポイントのよしえがピンク・リボンを引くという発想がすっかり消し飛んでいた。
愚かすぎる……。
苦笑いするしかない。
それなら当初の計画通り、2位確保を目指し、ここでピンク・リボンを引くしかないか。
そう考え直し、その先をシミュレーションした。
そして現実を知り、愕然となった。
なぜならここでピンク・リボンを引けば、今度は残ったレッド・リボン「-25P」が最後の引き番で回って来るからだ。
商社が「-5P」を引けば、よしえは「-10P」が引けるようになる。
よしえの最終ポイントは10P。
商社が「-10P」を引けば、よしえは「-5P」を引けるようになる。
よしえの最終ポイントは15P。
一方玄は、7巡目の30Pから最後に「-25P」を引かされるため、最終ポイントは5Pとなってしまい、よしえを下回ってしまう。
つまり7巡目を引かずして、玄はこの5回戦の3位が確定していることになる。
何なのよ、これ!
沙織は自分に腹が立った。
3位通過だけは絶対避けると自らに課した使命であったのに、それすらも死守することができなかった。
全ては勝負を賭けた6巡目のホワイト・リボン引き、3分の2の確率が引けなかった時点で敗北が決定していたというわけね。
それなのに私は勝手に創り上げた架空のヴィクトリーロードを、ただひとり浮かれ気分で飛び跳ねていた。
まるでピエロ。
3分の2が引けなかった時点で、もっと考えるべきだった。
いや違う! と沙織は首を振った。
そうじゃないじゃない!
引けなかった時に考えても遅すぎる。そこで考えたってどうにもならない。
だから私のミスは、3分の2の確率を引けなかったことじゃない。
その勝負に挑んだこと自体が間違いだったのよ。
この回の使命を忠実に守るならば、6巡目の選択肢はピンク・リボンでしかなかった。
たとえわずかな確率でもリスクがあるなら回避すべきだった。そうすれば2位は死守できていた。
それなのに私は……。
でもあの時、まだ姿を見せないたくさんのマイナスたちが、私を応援してくれているような気がした。
そして私には見えてしまった一筋の光明が……。
それはまるで、マイナスたちが私を勝利へ導こうとして、天から道しるべを差し伸ばしてくれているように感じた。
その光の先に、苦しみから救ってくれるユートピアがあるような気がした。
だから私はその光にわずかばかりの疑念も抱かず、振り返ることなくその道を進み、ホワイト・リボンを引いた。
その光が、早く楽になりたいと願う人間の本能が作らせた蜃気楼であるということも知らずに……。
セカンドステージ本戦では、人間の無難を求めたくなる心の弱さを誘った毒リンゴを齧ってしまった。
そして今度もまた、早く楽になりたいと願う心の弱さゆえに蜃気楼に踊らされてしまった。
同じ過ちをしてしまった。
取り返しがつかないミス。
この代償は大き過ぎる。
沙織はそう思い込んでしまった。
昔から沙織はどんな結果にもそれが生まれた原因が必ずある、と考える癖があった。原因があればこそ、結果が生まれると……。
だから自分の負けた原因を追究し、「負けた原因は、早く楽になりたいと勝ちを急いだ心の弱さ」と断定してしまった。
だから気付かない。
3分の2の確率のリボン引きを選択したことは、まったく間違いではなかったということに。
なぜならあの6巡目に引いたのがホワイト・リボンではなくピンク・リボンの方だったとしても、最終的に「-25P」を回されてしまう可能性があり、2位以上が確保できたわけではないのだ。
あの時の沙織のホワイト・リボン引きは判断ミスなどではなかった。
勝利を狙うプレイヤーとして当然の選択だった。ただほんの少し運が足りなかっただけだった。
それなのに自責の念に囚われ思考が混濁している沙織には、その事実は頭の片隅にもよぎらない。
後悔だけが脳を覆い尽くしている。
沙織は唇を噛み締め、自分に対する戒めのつもりで残ったリボンをクリックした。
5回戦、勝者は商社。
これで2人目のリーチが掛かり、沙織に後はなくなった。
6回戦が始まった。
『ゴールデン・リボン』の中で、プレイヤーはある錯覚をしている。
そのことを沙織は4回戦の途中で発見した。
錯覚というよりは盲点と言った方がいいかもしれない。その盲点を突けばその回の勝率はぐっと高くなる。
5回戦で沙織はそのチャンスはあったにもかかわらず、あえて盲点を突く作戦はとらなかった。
せっかく発見した盲点だけに、最後に優勝を決めるための切り札として使いたい、と考えていたからだ。
だけどすでに2人にリーチを掛けられ、後がなくなった今、温存なんて悠長なことは言ってられない。状況が揃えば惜しみなく使う。
問題はそれを使える展開になるかどうか?
盲点を突く作戦は自分のポイントがマイナスでないと使えない。
普通にゲームを行えばマイナスも半数近く入っているから5割ぐらいの確率で使える機会が巡ってくるけど、運悪くプラスの展開になった時にはプラスを押し切る作戦でも行けるように2番手スタートは避けたかった。
でも自分の心の弱さが招いた失態のせいで、またしても2番手スタートを余儀なくされた。
もはやマイナスを引いてくることを祈るしかない。
1巡目。
商社はレッド・リボン⑰を選択し「20P」を獲得した。
対して大きなプラスポイントだけは回避したい沙織はホワイト・リボン選択。
運よく「-10P」を獲得した。
3番手よしえも「10P」だったことで、玄ひとりマイナスという展開に、とりあえず沙織はほっとした。
前半はいつも理想通り進行している。それがいつの間にかおかしくなって後半逆転を許してしまう。
それがよしえと商社の勝負術なんでしょうけど、今回だけはその彼らの技術を上回らなければ、ジ・エンド。
2巡目。
商社が「-25P」、玄が「10P」を得た後、早くもよしえがゴールデン・リボンを引き当てた。
商社とよしえが入れ替わってはいるけど5回戦と似たような展開となり、プラスマイナス0の沙織には苦しいスタートとなった。
3巡目、3者がそろってマイナスポイントを引いた。
引いたポイントは商社「-20P」、玄「-25P」、よしえ「-10P」であり、一見するとこの巡目での大きな変化はなかったように見える。
しかし沙織だけは違った捉え方をしていた。
沙織の瞳が燦然と輝いた。
今こそ『ゴールデン・リボン』の盲点をつくチャンスだ!
つくづく自分で自分が嫌になる。
私がレッド・リボンを引いて「-25P」を獲得する。そして最後にピンク・リボンを引いてプラスの55Pに到達する。そんなストーリーだった。
でも、私がピンク・リボンを引く前には、商社とよしえがいる。
商社がホワイト・リボンの「-5P」と「-10P」のどちらかを引けば、よしえには商社が引かなかった方のホワイト・リボンとピンク・リボンが残る。
よしえは8巡目にそのままホワイト・リボンを引けば3位が確定してしまう。
だから2位に浮上するために、プラスからでもピンク・リボンを引いてくるのだ。
自分もマイナスとなってしまうけど、さらに大きなマイナスを持った玄を3位に封じ込めようとするのは、2位通過の重要性を分かっているプレイヤーなら至極当然の行動原理だ。
それなのに私はまたしても自分の都合のいい計算だけを行って、プラスポイントのよしえがピンク・リボンを引くという発想がすっかり消し飛んでいた。
愚かすぎる……。
苦笑いするしかない。
それなら当初の計画通り、2位確保を目指し、ここでピンク・リボンを引くしかないか。
そう考え直し、その先をシミュレーションした。
そして現実を知り、愕然となった。
なぜならここでピンク・リボンを引けば、今度は残ったレッド・リボン「-25P」が最後の引き番で回って来るからだ。
商社が「-5P」を引けば、よしえは「-10P」が引けるようになる。
よしえの最終ポイントは10P。
商社が「-10P」を引けば、よしえは「-5P」を引けるようになる。
よしえの最終ポイントは15P。
一方玄は、7巡目の30Pから最後に「-25P」を引かされるため、最終ポイントは5Pとなってしまい、よしえを下回ってしまう。
つまり7巡目を引かずして、玄はこの5回戦の3位が確定していることになる。
何なのよ、これ!
沙織は自分に腹が立った。
3位通過だけは絶対避けると自らに課した使命であったのに、それすらも死守することができなかった。
全ては勝負を賭けた6巡目のホワイト・リボン引き、3分の2の確率が引けなかった時点で敗北が決定していたというわけね。
それなのに私は勝手に創り上げた架空のヴィクトリーロードを、ただひとり浮かれ気分で飛び跳ねていた。
まるでピエロ。
3分の2が引けなかった時点で、もっと考えるべきだった。
いや違う! と沙織は首を振った。
そうじゃないじゃない!
引けなかった時に考えても遅すぎる。そこで考えたってどうにもならない。
だから私のミスは、3分の2の確率を引けなかったことじゃない。
その勝負に挑んだこと自体が間違いだったのよ。
この回の使命を忠実に守るならば、6巡目の選択肢はピンク・リボンでしかなかった。
たとえわずかな確率でもリスクがあるなら回避すべきだった。そうすれば2位は死守できていた。
それなのに私は……。
でもあの時、まだ姿を見せないたくさんのマイナスたちが、私を応援してくれているような気がした。
そして私には見えてしまった一筋の光明が……。
それはまるで、マイナスたちが私を勝利へ導こうとして、天から道しるべを差し伸ばしてくれているように感じた。
その光の先に、苦しみから救ってくれるユートピアがあるような気がした。
だから私はその光にわずかばかりの疑念も抱かず、振り返ることなくその道を進み、ホワイト・リボンを引いた。
その光が、早く楽になりたいと願う人間の本能が作らせた蜃気楼であるということも知らずに……。
セカンドステージ本戦では、人間の無難を求めたくなる心の弱さを誘った毒リンゴを齧ってしまった。
そして今度もまた、早く楽になりたいと願う心の弱さゆえに蜃気楼に踊らされてしまった。
同じ過ちをしてしまった。
取り返しがつかないミス。
この代償は大き過ぎる。
沙織はそう思い込んでしまった。
昔から沙織はどんな結果にもそれが生まれた原因が必ずある、と考える癖があった。原因があればこそ、結果が生まれると……。
だから自分の負けた原因を追究し、「負けた原因は、早く楽になりたいと勝ちを急いだ心の弱さ」と断定してしまった。
だから気付かない。
3分の2の確率のリボン引きを選択したことは、まったく間違いではなかったということに。
なぜならあの6巡目に引いたのがホワイト・リボンではなくピンク・リボンの方だったとしても、最終的に「-25P」を回されてしまう可能性があり、2位以上が確保できたわけではないのだ。
あの時の沙織のホワイト・リボン引きは判断ミスなどではなかった。
勝利を狙うプレイヤーとして当然の選択だった。ただほんの少し運が足りなかっただけだった。
それなのに自責の念に囚われ思考が混濁している沙織には、その事実は頭の片隅にもよぎらない。
後悔だけが脳を覆い尽くしている。
沙織は唇を噛み締め、自分に対する戒めのつもりで残ったリボンをクリックした。
5回戦、勝者は商社。
これで2人目のリーチが掛かり、沙織に後はなくなった。
6回戦が始まった。
『ゴールデン・リボン』の中で、プレイヤーはある錯覚をしている。
そのことを沙織は4回戦の途中で発見した。
錯覚というよりは盲点と言った方がいいかもしれない。その盲点を突けばその回の勝率はぐっと高くなる。
5回戦で沙織はそのチャンスはあったにもかかわらず、あえて盲点を突く作戦はとらなかった。
せっかく発見した盲点だけに、最後に優勝を決めるための切り札として使いたい、と考えていたからだ。
だけどすでに2人にリーチを掛けられ、後がなくなった今、温存なんて悠長なことは言ってられない。状況が揃えば惜しみなく使う。
問題はそれを使える展開になるかどうか?
盲点を突く作戦は自分のポイントがマイナスでないと使えない。
普通にゲームを行えばマイナスも半数近く入っているから5割ぐらいの確率で使える機会が巡ってくるけど、運悪くプラスの展開になった時にはプラスを押し切る作戦でも行けるように2番手スタートは避けたかった。
でも自分の心の弱さが招いた失態のせいで、またしても2番手スタートを余儀なくされた。
もはやマイナスを引いてくることを祈るしかない。
1巡目。
商社はレッド・リボン⑰を選択し「20P」を獲得した。
対して大きなプラスポイントだけは回避したい沙織はホワイト・リボン選択。
運よく「-10P」を獲得した。
3番手よしえも「10P」だったことで、玄ひとりマイナスという展開に、とりあえず沙織はほっとした。
前半はいつも理想通り進行している。それがいつの間にかおかしくなって後半逆転を許してしまう。
それがよしえと商社の勝負術なんでしょうけど、今回だけはその彼らの技術を上回らなければ、ジ・エンド。
2巡目。
商社が「-25P」、玄が「10P」を得た後、早くもよしえがゴールデン・リボンを引き当てた。
商社とよしえが入れ替わってはいるけど5回戦と似たような展開となり、プラスマイナス0の沙織には苦しいスタートとなった。
3巡目、3者がそろってマイナスポイントを引いた。
引いたポイントは商社「-20P」、玄「-25P」、よしえ「-10P」であり、一見するとこの巡目での大きな変化はなかったように見える。
しかし沙織だけは違った捉え方をしていた。
沙織の瞳が燦然と輝いた。
今こそ『ゴールデン・リボン』の盲点をつくチャンスだ!