第四章 ゴールデン・リボン(8)

文字数 2,722文字

 少し難解な計算になるけどミラクル逆転劇のパターンは2つ。

 パターン① 
 玄がマイナスのリボン「-10P」、「-5P」のどちらかを引き、且つよしえが「5P」を引く。

 パターン② 
 玄が「5P」を引き、且つよしえが「-5P」を引く。

 パターン①は、玄はマイナスならどちらでもいいけど、仮に「-10P」を引いた場合、続くよしえが「5P」を引くと、残るリボンが「-5P」とピンク・リボンとなる。
     


 現在「-25P」の商社は、どちらのリボンを選んでも1位通過の目はない。
 ピンク・リボンを引いてプラスポイントになっても、最後の「-5P」を引いた玄のポイントは45Pになるため、玄には届かない。
 反対に「-5P」の方を引けば、玄にピンク・リボンを引かせ3位を押しつけることはできるけど、よしえよりマイナスが大きくなってしまうためよしえに1位通過を許してしまう。
 つまりこのパターン①状況になれば、商社は残りのリボンのどちらを選択しても自分は2位であり、よしえか玄のどちらを1位にするかは、商社の判断次第となる。

 もう1つのパターン②の場合。
 玄が「5P」を引き、よしえが「-5P」を引くと、商社に残るリボンは「-10P」とピンク・リボンとなる。
   

   
 ここで商社がピンク・リボンの方を引けばプラスにはなるけどポイントが玄には届かず、玄が1位で自分は2位。
 「-10P」の方を引けば、ピンク・リボンを玄に回し3位を押しつけることはできるけど、マイナスがよしえを上回ってしまうため、またもや自分は2位。
 パターン①と同様に、1位をどちらにするかは商社が決めることになる。

 言い換えれば、この2つのパターンのいずれかが実現すれば、5割の確率で私にも1位通過の目が出現するということだ。
 
 マジで!?
 沙織は急にドキドキしてきた。

 あとは、どちらを1位にするかは商社の裁量次第だけど、これまでの戦いぶりを見れば、どう考えても玄よりよしえの方が強豪。
 ならば弱い方の玄を勝たせるんじゃないか。そんな色気を感じてしまう。

 ミラクル逆転劇、その実現ためのキーはよしえ。
 私がマイナスを引いた時、彼女がプラスを引くこと。
 私がプラスを引いた時、彼女が「-5P」を引くこと。
 それが必須条件だ。

 沙織がどちらを引こうが、大事なのは後に引くよしえ、だと思えばプレッシャーも感じることなく気楽に④をクリックできた。
 リボンの先に「-10P」が見えた。

 ならば、目指すはパターン①!
 お願い、よしえ。ここで「5P」を引いて頂戴!
 沙織は懸命に懇願する。

 当然よしえもここでプラスを引けば、自分の勝利の可能性が残されていることぐらい気付いているはず。
 よしえがこの4回戦を勝利するためには「5P」が必要で、沙織が望むのも奇しくもその「5P」だ。
 次の商社のリボン引きでは真っ向からの対決となるけど、今この瞬間だけは思惑は一致した。

 沙織は数年来の親友であるかのようによしえと肩を組んだ。
 共に願いを託し、奇跡を信じて声援を送る。

 かっせ、かっせ、かっせ、かっせ……。

 甲子園アルプススタンドの応援団の声援が聞こえてきた。
 9回の裏ツーアウト満塁!
 ここで打席に向かうバッターは、プラス5P君。
 プラス5Pが出れば、逆転サヨナラだ!
 
 沙織とよしえも声を枯らしながら声援を送る。

 かっせ、かっせプラス5P!
 かっせ、かっせプラス5P!

 ブラスバンド部による「狙いうち」の演奏が大音響で流れてきた。
 その曲に合わせて、応援団が大合唱する。

 ♪「プラス、プラス、プラス5P。
   プラス、プラス、プラス5P。
   プラス、プラス、プラス5P。
   プーラス5Pを引いて頂戴!」

 よしえが選んだ⑧番のリボンがゆっくりと動き出す。
 
 さらに、応援のトーンが上がる。
 ♪「プラス、プラス、プラス5P!
   プラス、プラス、プラス5P!
   プラス、プラス、プラス5P!
   プーラス5Pを引いて頂戴! ヘイ!」

 炎天下の中、応戦者たちの汗と涙と唾が飛び交う。
 確率は2分の1。
 ここでマイナスが出てしまえば、夢は星屑のように打ち砕かれる。

 かっせ、かっせプラス5P! 
 かっせ、かっせプラス5P!

 ♪「プラス、プラス、プラス5P!
   プラス、プラス、プラス5P!
   プラス、プラス、プラス5P!
   プーラス5Pを引いて頂戴! ヘイ!」
  
 声援を送るアルプススタンドの女子高生たちの悲痛の叫びが球場全体にこだまする。

「プラス5P、出てーーーーーーーーっ!!」

 沙織も一緒になって絶叫していた。

 リボンの先がぽっと出た。
「5P」。
 
 一瞬、水を打ったように静まり返った。
 そして次の瞬間、「キャーーーーーッ!!」と割れんばかりの黄色い声援がスタンドを揺るがせた。

 沙織はよしえと手を取り合い、肩を抱き寄せて喜びを分かち合った。
 この土壇場で神が舞い降りてきてくれた。
 夢は信じれば必ず叶う。
 信じて良かったよね、よしえちゃん。

 そこでハッと気が付いて、まるで穢らわしいものであるかのように沙織はよしえを突き放した。
 昨日の友は今日の敵。
 夢の続きはこれからは真逆となる。

 最後の審判は商社に委ねられた。
 ピンク・リボンを選べば私の勝ち。
 ホワイト・リボンを選べばよしえの勝ち。
 
 絶対、ゲーム巧者のよしえを勝たせないはず。
 私のこの判断基準は間違ってはいないはず。

 それでも念には念を入れてお願いをした。
 商社さん、どうかこんな弱小のわたくしめを勝たせて下さい。
 弱い者いじめはやめましょうよ。
 どうかピンク・リボンを引いて下さい。

 手を摺り合わせ哀願しながらも、心に余裕はあった。
 どう考えても、強豪のよしえに優勝へのリーチを掛けさせるなんて、そんな怖ろしいことを商社がするはずがない。
 ほら、動いてよ。ピンク・リボン。

 数秒後、審判が下された。

 動き出したのはホワイト・リボン。

 ………。

 胸を矢で射抜かれたような衝撃に、沙織は言葉を失った。

 画面にはただ1本、ピンク・リボンが取り残されていた。
 沙織は茫然とそれを眺めていた。

「何故動かなかったの? ただの気まぐれ?」
 引き攣った笑顔でピンク・リボンに話し掛けた。

「ふざけんじゃないわよっ!」
 立ち上がり、拳を思いっきりデスクに叩きつけた。
「何で、よしえを勝たせたのよ! 納得いかないじゃない!」
 理不尽さに頭を掻き毟った。

 でも起こった事態は変わらない。
 沙織は憎々しげに残っているピンク・リボンを睨みつけながらダブルクリックして、4回戦が終了した。

 4回戦、勝者はよしえ。

 これでよしえに優勝へのリーチが掛かった。
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