第四章 ゴールデン・リボン(3)

文字数 3,316文字

 2回戦が始まる前に順番決めが行なわれた。
 沙織は1回戦が1位であったため、優先的に順番を選択することができる。
 考えた末に2番目を選択した。
 
 1回戦は偶然最後のリボンにいいポイントが残っていたけど、やはり最後に自分の選択権がないというのは不利な気がするため3番目は避けたかった。
 特にホワイト・リボン、レッド・リボンがともに残っているような場合は自分のポイント事情を考えて自分で選びたい。
 1番目か2番目かで迷ったけど、相手の出方の見える方がいいと考えて2番目とした。

 最初の引き番は商社。
 選んだリボンの先に書かれている「-25P」を見て、商社は1回戦最後の選択ミスのせいで完全にツキに見放されたわね、と沙織は思った。

 続く沙織の引き番。
 1回戦と同様、前半はレッド・リボン作戦でいく。
 商社とは対照的にいきなり「30P」を獲得した。
 自分で引き当てた初のプラスポイントがゴールデン・リボンに次ぐ高ポイントであったことに、「よしっ」と思わず指をパチンと鳴らして喜んだ。
 
 3番目のよしえは「-20P」だった。

 2回戦は1回戦とは打って変わり沙織の1人プラス状態でゲームは始まった。
 もしかしたら、この勢いのまま逃げ切れたりして……なんてね。
 沙織の心も自然と浮き立った。

 2巡目は1巡目にマイナスポイントだった2人がプラスポイントを獲得し、1巡目にプラスポイントだった沙織がマイナスポイントを引いて、ゲームは混戦、団子レースの様相を呈してきた。
 やっぱり、そんなに甘くないか。
 
 だけど3巡目、突然ゲームが動いた。
 商社が「15P」を引き当てたのを見届けた後、何気なく沙織が選択したその先に金色に光り輝くリボンが見えた。
 虚を突かれて一瞬茫然としたけど、自分のポイントが60Pになっているのを見てゴールデン・リボンを引き当てたんだと実感した。
 遅ればせながら、血液が逆流するような興奮を覚えた。
「よーーーーーーーしっ‼」
 沙織は吼えるように叫んでいた。

 でもこれは、実は奇跡でもなんでもなかった。
 商社が引き終えた時点でレッド・リボンの残りはわずか3本しかなく、ゴールデン・リボンの確率はたった3分の1だった。
 この高確率に気付いていれば、沙織はもっと緊張し、欲をかき、他のリボンを選んでいたかもしれない。
 だけど1回戦を勝利にした気の緩みか、考えがそこに及ばず、結果、無欲の選択がゴールデン・リボンを引き当てた。

 これはツキがあるなんてものじゃない。
 神様が私の中に降りてきている。

 沙織は混戦状態を抜け出した。

 続くよしえ。
 玄の勢いに怖気づいたのか、流れを変えようとしたのか、初めて『パス』を選択した。


   
 沙織の圧倒的リードで、後半4巡目に突入した。
 ここからは当初の作戦通りポイント差の少ないホワイト・リボンを選んでいけば、たとえマイナスを引き続けたとしても逆転されることはない。
 2連勝は目前、そうしたらあと1勝で……。
 本当に1億円が手に入っちゃうかも。
 堪えきれない浮遊感が自然と沙織の顔を綻ばせた。
「だめだめ」もっと気を引き締めないと。
 言葉とは裏腹に、沙織はゲームを楽観視していた。

 4巡目。
 商社も少し考えた後、『パス』を選択した。
 今の流れなら、どこを引いてもマイナスを引いてしまいそうな恐怖感に駆られているのかも。
 マイナスならマイナスで引き続けることができれば、1回戦の私のように最後にピンク・リボンで一気に逆転という構図も描けるのだけど、商社もよしえも今はプラスとマイナスをバランスよく引き続けてしまうという中途半端な状態。
 これがツキの差というものね。
 それで流れを変えようと『パス』という選択をしたのでしょうけど、こういった状態に一旦陥ると、『パス』を1回したぐらいでは抜け出せない。
 所詮、悪足掻きというものよ。

 沙織はよしえと商社の今置かれている状態を分析した。と同時に、ファイナリストとしての物足りなさを感じ始めていた。
 運に左右されるゲームとはいえ、これならこれまで戦ってきたWやサクラの方が遥かに強かった。
 Bブロックは競合ひしめく激戦区だったというわけね。
 そこを勝ち上がってきた私は優勝候補の最右翼ってところかしら。
 それともこの最終ゲーム『ゴールデン・リボン』自体に問題があるのかも。
 これまではずっと息もつけないような過酷で繊細なゲームが用意されていたのに、ここにきてくじ引きとはどう考えても単純すぎる。
 それでこの2人は実力を発揮できていないのかもしれない。
 主催者のネタ切れってことかしら。
 沙織は余裕たっぷりに、ふふふと笑った。

 自分の引き番になり、予定通りにホワイト・リボンの④を選択する。
「-5P」。
 マイナスだけど、これぐらいは痛くも痒くもない。

 続くよしえ。
 まだレッド・リボンは残っていたにもかかわらず、彼女はあえてホワイト・リボンを選択してきた。流れを変えようとしたのかもしれないけど、そんな弱気ではこのゲームでは勝ちきれない。

 5巡目。
 3者共にホワイト・リボンを引き、それぞれ「-15P」、「10P」、「-10P」と沙織だけがプラスを加算。
 差は開く一方で、これなら2人にピンク・リボンを引かれても逆転はない。

 残りはあと2巡。 
 沙織は自分が今、絶対的な安全圏にいることを確信した。
 2回戦も楽勝だ。

 6巡目も5巡目と同じく3者が揃ってホワイト・リボンを選択した。
 ゲームは淡々と進行していく。
 すでに消化試合といった感じで、沙織には緊張感が薄れていた。
 ホワイト・リボンでは大きなポイント変動はない。
 3者が順番に「15P」、「5P」、「0P」と加算したところで6巡目を終えた。



 残すは最終あと1巡、と思った矢先、あれ? と沙織は目を瞠った。

 リボンの数は全部で21本、プレイヤーの数は3人だから7巡で終るはず。しかし、その7巡目に入ったというのにリボンが②⑧⑮⑲㉑と5本残っていた。
 何故? と少し考えて、ゲームの途中に商社とよしえが1回ずつ『パス』をしたのを思い出した。
 それでゲームは8巡目までずれ込むんだ、と沙織は納得した。

 7巡目、商社は⑧を選択し「-10P」。

 続いて沙織の引き番。
 すでに大勢は決しているとはいえ、それでもリスクの少ないホワイト・リボンがまだ1本残っていることにツキがあると感じながら、最後のホワイト・リボン②を選択した。
 またもやプラスポイント。
 3回戦に残しておきたいほどの強運ね、と苦笑した。
 
 残るリボンはあと3本。
 ということは順番的にいって私が最後のリボンを引くことになる。
 ……と思った瞬間、とんでもない事態が起こっていることに気が付いた。

 沙織はあまりの衝撃に、卒倒してしまいそうなほど急速に血の気が失せていった。
 余命3ヶ月と宣告されたか癌患者のように顔面は蒼白となり、目は宙を彷徨い、口元はわなわなと震えていた。

 沙織は今、現実を知った。
 残り3本の中にピンク・リボンがある。
 次のよしえとその次の商社がレッド・リボンを選択すれば、強制的に玄がピンク・リボンを引かされることになる。
 現在トップの85Pが一気に最下位の-85Pに転落する。
 あの2人が『パス』をしたのはリボンを引くことに臆したわけでも流れを変えようとしたわけでもはなく、この状況を作り出すためだったんだ。

 でもそれなら……、と沙織は崩れかけた気持ちを切り替えた。
 確か『パス』は1回戦につき2回までできるはず。それなら私も『パス』をすればいいじゃない。
 ほっとため息をつきながら、視線を画面下にある【PASS】ボタンに向けた。
 だけどそこにあるのは記憶にある明るい【PASS】ボタンではなく、暗く沈んだグレー状態の【PASS】ボタンだった。
 明らかにクリックできそうもないボタン……。

 いつからこの明かりは消えていたの? 
 何んでこんな状態になっているのよ!
 『パス』は2回までできるんでしょ!
 私はまだ『パス』を使ってない。なのに何で私が『パス』ができないのよっ!
 
 ゲームの故障? 
 それとも『パス』には何か制限があったの?
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