第三章 IN THE BOX Ⅱ(1)

文字数 4,859文字

「セカンドステージ本戦進出おめでとうございます。
 本戦のゲーム開始時刻は明日、1月2日の午前0時です。
 
 セカンドステージ本戦で行うゲームは、
 『IN THE BOX Ⅱ』です。

 ルールを説明致します。

 Bブロック本戦進出者は2名のため、『親』と『子』は交互に行われます。
 【IN THE BOX Ⅱ バトルへ】のボタンを先にクリックした方が、先に『親』となります。

 プレイヤーには1戦ごとに赤、青、黄、緑、白の5色のカードが1枚ずつ配布されます。
 色による優位性はありません。
 『親』となったプレイヤーは5分以内に5枚のカードをA、B、Cの3つのBOXの中に投入することができます。何枚投入して頂いてもかまいません。
 BOXにはポイントがついています。Aは5P(ポイント)、Bは3P、Cは1Pです。

 『子』となったプレイヤーは『親』に対して質問を3つまですることができます。
 質問は回答が1単語となる形式で、70文字(パソコンのチャットスペース2行分)以内にまとめて行って下さい。
 1つの質問の制限時間は5分以内です。

 『親』は『子』の質問に対して1分以内に、正直且つ1単語で答えて下さい。
 答えが1単語にならないと主催者側が判断した場合は主催者側より質問の『無効』を表示致します。
 主催者側が気付かなかった場合でも、『親』が1単語にならないと判断した場合は、質問の『無効』を訴えることができ、主催者が認めれば『無効』となります。
 どちらの場合もその質問は取り消され、『子』は質問をやり直して下さい。

 プレイヤーはゲーム中、自分の質問に対して2つまで『特許申請』をすることができます。(ただし、1戦につき1つまでとします。)
 質問をする前に【特許申請】ボタンをクリックしてから質問をして下さい。
 特許申請されたものと同内容の質問は、他のプレイヤーはできません。(予選で特許取得された質問についても権利は継続しています。)

 3つの質問が終了すると、『子』は5分以内に『親』が投入したカードを予想し、カードをBOXに投入して下さい。どこに何枚入れてもかまいません。
 投入したカードが当たればブロック成功です。
 ただし投入したカードがはずれた場合は、Aは-3P、Bには-2Pがついてしまいます。反対にCのカードをブロックすれば+1Pとなります。
 『親』は『子』にブロックされず、パスしたカードがポイントとなります。
 ただし『親』がAに投入したカードがブロックされてしまいますと-3Pになります。

 ゲームは7戦行われます。
 最終的に合計ポイントの多いプレイヤーがファイナルステージ進出です。
 画面左上に『ここまでの合計P』が表示されています。
 (ただし最終ポイントが同じ場合は、もう1戦戦って頂きます。)

 以上で『IN THE BOX Ⅱ』の説明を終ります。
 
 プレイヤーはゲーム開始となる1月2日、午前0時までに下の【IN THE BOX Ⅱ バトルへ】のボタンをクリックしてください。

 【IN THE BOX Ⅱ バトルへ】 」
                            
 セカンドステージ本戦のゲーム名を見た時、沙織の胸中でずっとわだかまっていた疑問が解消した。
 その疑問とは、何故、セカンドステージ予選、セカンドステージ本戦という言い方をするのかということだ。普通ならセカンドステージ、サードステージとなるべきではないかと思っていた。
 だけど今回のゲーム名『IN THE BOX Ⅱ』を見て、ああなるほど、本戦で戦うゲームは予選の延長線上にあるから、こういう言い方をするのね、と納得した。

 と言っても油断は禁物。
 ゲーム名が似ているからと言って、気を引き締めて取り掛からないと、どこに落とし穴が待ち受けているかわからない。
 それが、クイック・リッチ・クラブだ。

 沙織はルール表をプリントアウトして何度も読み返した。
 この主催者の特徴として、大事なことをルール表にそっと仄めかしているケースもあるからだ。
 しかし今回はファーストステージの『買い物』のように明らかに怪しい、ヒントとなりそうな言葉は見つからなかった。
 となると勝負のポイントは予選とは異なるポイント制にあるのは間違いない。

 『親』だけの加点方式ではなく、Aをブロックされた時のマイナスやブロックが外れた場合の『子』のマイナス設定など、ポイント計算が非常に複雑になっている。
 読んでいるだけだとこんがらがってくるので、ポイントを表にまとめてみることにした。



 まとめて見てみると、マイナスというのが思いのほか多いことに気付く。
 展開によっては『親』でAをブロックされ続けたり、『子』でブロックを外しまくれば、お互いがマイナスという戦いもあるかもしれない。
 特に『子』はAでもBでも外れればマイナスがついてしまうため、ここに投入するには勇気がいる。予選よりもさらに質問による絞り込みが重要になりそうだ。

 本戦では『親』の投入方法よりも、『子』のブロック方法に力点を置いて作戦を立てよう、と沙織は考えた。
 明日の午前0時までにサクラの『親』を封じる最高の特許質問を考え、いきなり先制攻撃を浴びせてみせる。
 その前に少し眠ろう、と沙織は思った。
 生まれて初めて極限まで頭脳を酷使し、もうくたくただった。
 一度頭をリセットし、体力を回復させて、明日の過酷な戦いに備えた方がいい。

           *

 パソコン画面のカウントダウンは残り1分を切った。
 いよいよ二日目のゲームが始まる。
 すでに一度ゲームを経験しているせいか昨日よりもリラックスできているような気がする。
 言い換えれば、まだ頭が臨戦態勢に入っていないような気がして、沙織は2度ほど両頬を叩いた。
「よし、やるわよ!」
 あえて声に出すことで気持ちを鼓舞した。
 カウントダウンが0となる寸前で【IN THE BOX Ⅱ バトルへ】のボタンをクリックした。

 すぐに画面が切り替わり、昨日の予選と似たような画面が現れた。
 異なっているのは、昨日は左上に9つの名前と順番表が載っていたのに対して、今日は玄とサクラ2人だけの名前が入った『ここまでの合計P』という表が載っていることだった。

 ちょうど24時間前、ここには75人の名前が載ったプレイヤーリストがあった。それが今やたった2人。
 我ながらよくここまで来たもんね。
 沙織は他人事のように感心した。そのお気楽ムードが、画面左上の第1戦『親』の欄を見た瞬間に消し飛んだ。
 
 先に『子』となるべく、ボタンをクリックするタイミングをぎりぎりまで遅らせたはずなのに、玄が先に『親』になっている。
 サクラは更にタイミングを遅らせたということだ。
 嫌な予感がする。
 
 左下のタイムは沙織が何もせぬまま30秒が経過していた。
 まずは『親』となった私が先に投入しなければならない。
 とにかく気持ちを切り替えよう、と自分に言い聞かせた。
 自作のポイント表を見ながら『親』番での作戦を確認した。

 まず『親』の立場で考えると、Aの5Pは魅力的だけどブロックされた場合の-3Pのデメリットはそれ以上に大きい。
 質問に対する回答の範囲が二者択一から1単語に広がったことで質問の幅が増していると考えると迂闊には飛び込めない。
 しかし『子』の方の立場になっても、AやBは外れた時にマイナスとなってしまうため根拠がなければブロックには行きにくい。
 つまり『親』にも『子』にも共通して言えることは、Aには行きにくいということだ。
 サクラはおそらくAに何か入っているかを探りにくるはず。
 それを空振りさせよう。
 
 第1戦、沙織はAを未投入とし、Bに黄、緑、白の3枚、Cに赤、青の2枚を投じた。
 ブロックされてもマイナスとならないBとCにカードを分配し、相手がAを訊いている隙に確実にポイントを稼ごうという作戦だ。
 初戦としては、我ながらいい作戦ね。
 沙織はひとり悦に入っていた。
 だけど、その感覚は大甘だった。

《サクラ》 ㊕Aの中にカードを何枚お入れになりましたか?

 「やられた!」思わず声が出た。
 嫌な予感が的中した。
 沙織の顔が苦渋で歪んだ。
 
 サクラが特許を申請したこの質問は、まさに沙織がいきなり浴びせてやろうと考えていた質問とほぼ同質のものだった。
 最初、沙織は質問形式が二者択一から1単語で答えられる形式に変更になったけど、違いはそれほどないように感じていた。
 だけど作戦を考えているうちに、それは大きな誤りであることに気が付いた。
 単語1つなら、”数”を答えさせることができるのだ。
 たくさん入っていると分かれば、リスクのあるAにだって余裕を持ってブロックに行ける。
 質問1つで、Aをブロックに行くべきかどうかを判断できるのだ。
 だから何としてでも「投入した枚数を訊く質問」を特許で押さえたかった。
 そのために最初に『子』になるべく、クリックのタイミングを極限まで遅らせた。
 それなのにサクラは執念で更にクリックのタイミングを遅らせてきた。
 彼女もまた、どうしてもこの質問を取りたかったのだ。
 
 沙織は唇を噛みしめた。
 この質問さえ取れれば後は有利に進められる、と思ったわずかな心の油断が、サクラにつけ入る隙を与えてしまった。
 取り返しのつかない失態……。
 これで沙織のA未投入の作戦がガラス張りになった。

《 玄 》 0枚。

 Aがないと分かったサクラは大手を振ってBを攻めてくる。

《サクラ》 Bに赤はお入れになりましたか?
《 玄 》 いいえ。
《サクラ》 Bに白はお入れになりましたか?
《 玄 》 はい。
 
 テンポよく飛んでくるサクラの質問に脅威を感じた。一気に崖の淵に追い込まれたような圧迫感が、みるみる気持ちを萎縮させていく。
 まだ始まって数分しか経っていないというのに、沙織の喉はカラカラに乾いていた。
 ペットボトルのお茶をがぶ飲みし、とりあえず気持ちを落ち着かせる。
 
 少し冷静さを取り戻すと現状を分析できるようになってきた。
 取りたい特許を取られて、怒涛の質問攻撃を受けて、全てを丸裸にされてしまうような恐怖を感じたけど、終ってみれば言い当てられたのはBの白1枚だけしかない。
 BとCに投入した残り4枚は見つかっていない。
 これなら、なんとかポイントは稼げそう。
 まだ勝負はこれからよ。
 現状に明るさを発見すると、再び闘志が戻ってきた。
 だが……。

 玄の投入結果が3つのBOXそれぞれの上に発表された。
 予選と異なり本戦は『親』からの発表のようだ。

 B→黄 緑 白
 C→赤 青

 続いてBOXの下に『子』サクラの投入カードが発表された。
 
 B→青 黄 緑 白
 C→赤



 玄のCに入っている青のカードと、サクラのCに入っている赤のカードが数回明滅しゴールドに変わった。
 続いてサクラのBの青のカードが黒ずんだグレーに変わた。
 BOXとカードの上にポイント表が現れた。



 ゴールドになったカードはプラスポイント、グレーになったカードはマイナスポイントを表しているようだ。
 『親』の玄はCの青1枚だけパスだから1P。
 『子』のサクラはBの青がブロック外れで-2P、Cの赤はブロック成功で1Pを獲得し、合計は-1Pとなった。
 結果を見て、沙織は瞼を数回しばたいた。
 何故? というのが正直な感想だった。
 質問ではたった1枚しか言い当てられていないのに、ポイントが取れたのはわずかに青1枚だけ。
 狐につままれたような感じだった。

 『子』は根拠がなければAやBにはブロックに行きにくいはず。それなのにサクラは躊躇なくBに4枚も投入してきた。
 結果として私は『親』であるにもかかわらず、わずか2Pのリードしか奪えなかった。
 このゲーム、『親』ではこれぐらいのポイントしか稼げないものなの? 
 沙織はまだ判断しかねていた。
 ただ何かが違う、という妙な胸騒ぎだけは心の奥底で感じていた。
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