第三章 IN THE BOX Ⅱ(7)
文字数 3,481文字
第5戦が始まった。
『親』の沙織が投入を終えると、サクラはすぐに2つ目の特許質問を浴びせて、玄の高得点阻止を目論んできた。
《サクラ》 赤はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
サクラの質問を見て、沙織は、おっと目を輝かせた。
本人は気付いてないかもしれないけど、これまではずっと「お入れになりましたか?」の口調だったのに今は「入れましたか?」の表記に変わった。
明らかに、先程の『親』での失点に動揺して、余裕がなくなっている証拠だ。
面白くなってきた。
《 玄 》 D
《サクラ》 黄はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 D
《サクラ》 白はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 D
全ての回答が「D」となったサクラがどう行動するか?
今、サクラはめまぐるしく考えているはず。
初めて悩み、初めて投入することへの恐怖を味わっているかもしれない。
やっと同じ土俵に引き摺り込めた。
沙織はにんまりと笑った。
サクラの投入が終わり、『子』の投入結果が発表された。
『子』玄の投入……なし。
続いてサクラの投入結果が発表される。
B→青 緑
「よしっ」
小さく呟くと、沙織は勝利を噛みしめるようにゆっくりと肯いた。
感無量とはまさにこのことだ。
自分が描いた作戦で、初めてサクラを出し抜くことができた。
サクラは沙織が思った通りの行動をとってくれた。
第4戦、沙織が『親』番の時、サクラの1つ目の質問「Bに何枚入れましたか?」に対して沙織は「3枚」と答えた。
ポイントで大きく離されている玄はリスクがなくパスできれば3Pの獲得となるBにどうしても頼らざるを得ないという印象をサクラの中に与えた。
これまでにも玄は第1戦目から第4戦目まで一貫してBに2枚または3枚の投入をしてきた。そのこともサクラは当然把握しているはずだ。
ならばこの第5戦も必ず最低2枚はBに投入してくると彼女は読んだ。
その読みに従うならば、第5戦も第4戦と同じように1つ目の質問は「Bに何枚入れましたか?」と訊けばよかったのだけど、第4戦、沙織が思い付きでAに1枚投入したために、サクラとしてはAもBもカバーする質問をしたい心境になった。
これが偶然にできた伏線だ。
この伏線により、第5戦のサクラは「赤はどこに入れましたか?」という2つめの特許の質問パターンで来ると沙織は読んだ。
そしてサクラの裏をかく無投入作戦を決行した。
賭けだった。
サクラがAをパスされるのを怖れず、これまで通りBの枚数を訊いてきたら、それで終わりだった。
だが彼女の鋼の心臓を持ってしても、Aの5Pを連続で獲られることは恐怖だった。
3つの質問を終えたサクラの心境は手に取るように分かる。
必ず2枚は入っていると確信しているBを3色訊いたにもかかわらず1色も見つけられなかったことに、彼女は自身の運の急落を感じたに違いない。
心の中で嘆き、憤りすら感じたでしょう。
勝負の流れが変わった、と顔を歪めたかもしれない。
前半の冷静沈着だった時ならいざ知らず、『親』番でポイントを奪われ、動揺し、浮き足立っている彼女には、ポイントがどうしても欲しい玄がまさか無投入を行ってくるなんて微塵も考えなかったに違いない。
サクラにできることは、質問ができなかった残りの2色のうちの2色とも、あるいは少なくとも1色は絶対にBに投入してあると信じ、それをいかにして最小失点に抑えるかを計算するだけ。
1枚ブロック、1枚外れの場合の-2Pは怖くない。怖いのは玄に2枚パスされた時の6P。
だからサクラは恐怖を感じつつも、信念を持ってBに2枚を投入した。
その結果、サクラは4Pを失い、最大26Pまで開いていたポイント差が14P差まで縮まった。
第5戦、サクラの『親』
これまでこちらに考える時間を与えないよう秒殺投入を行なってきたサクラが、一転して時間を目一杯使って投入してきた。こちらの特許質問を明らかに警戒している証拠だ。
下手にAに1枚投入すれば、第4戦の二の舞となる。それを怖れているのは間違いない。
サクラは今、全てが見透かされているんじゃないかと疑心暗鬼になっているのかもしれない。
考えれば考えるほど、邪念がよぎる。直感が働かなくなっていく。
さあ、サクラちゃん。ゆっくりと考えなさい。
サクラの思考の時間は、同時に沙織の思考時間ともなる。時間があれば、こっちは落ち着いて考えることができる。
この主催者は頭脳ゲームバトルという形式にこだわりがあり、その内容に自信と誇りを持っている。
その主催者が、回答の形式を予選の「二者択一形式」から「1単語」に変更したんだから、それなりの理由があるはずだ。
おそらくは「二者択一」のままだと、少ない『子』の人数では『親』のカードを絞り込めず、山勘や運に委ねる要素が増えてしまうため、それを主催者は嫌ったのではないか。
「回答が1単語」となる質問形式にまで範囲を広げてあげたんだから、もっと頭を使って相手プレイヤーを追い込みなさい、と主催者は言っているのではないか。
「回答が1単語」になって、何が可能になったのか?
それは、私が発見した投入パターンの数値化。
だけどそれはもう1つの制限「質問は70文字以内」によって不可能にされている。
ここまでは合っている。
問題はそこから先。
それが難問。
——もっと頭を使って下さいよ。
主催者からの挑発的な声が耳に聞こえてきた。。
「分かってるわよ! 黙って待ってなさい」
沙織はパソコン画面を睨みつけ、気丈に返した。
ここで1つ目の質問のタイムリミットが来た。
リードしているサクラがマイナスの危険を冒してAに投入してくるとは考えにくいけど、念には念を入れて1つ目は確認しておくのが無難。
《 玄 》 Aに入っているカードは何色ですか? 複数なら黒、1枚も入っていないなら紫とお答え下さい。
《サクラ》 紫
当然と言えば当然のA未投入。
でもこれで立場が逆転したことを沙織は確信した。
もしまだサクラに攻める気持ちがあるなら、こちらを混乱させようと複数枚投入で来たはず。
それができないということは、今のリードを守ろうという作戦に切り替えた証拠。
守りに入ったサクラはもう怖くない。
あとは、残り2戦で追いつけるかどうかだけ。
ヒントは「回答は1単語」と「質問は70文字以内」のここしかない。
単語、単語、単語……。
沙織は呪文のようにその言葉を頭の中で反芻させる。何かが出てきそうだけど、どうしても引っ張り出せない。
答えを数値化させるというアイディアはウルトラCと呼べるほど画期的なものだったけど、それを行おうとすれば70文字を超えてしまう。
もっと簡潔にできない?
単語ならどんな文字でもいいのよね……。絵文字、記号文字、アルファベット、中国語、韓国語、ローマ数字、数学、数値、数字……。
文章を数字に変換……。
数字は何桁でも1単語?
その瞬間、沙織の脳に閃光がほとばしった。
全身が震えた。
これだ!
これが主催者が求めていたものだ。
私は、漸く主催者がルール表に隠した“解”に辿り着いた。
その“解”のあまりにもの理路整然とした美しさに、まるで幻の絶景の前に立ったような感動を覚えた。
すごい……。
主催者は2つのヒントからこれを見つけてみろと言いたかったのね。
気が付くと、タイムリミットが間近に迫っていた。ここは繋いで3つ目の質問に賭ける。
その一矢でサクラを仕留めてみせる!
《 玄 》 Bに赤は入っていますか?
《サクラ》 いいえ。
2つ目の質問を打ち終えるや否や、沙織はサクラの回答も見ずに3つ目の質問を書き始めた。書いては消し、消しては書いてを繰り返し、何とか70文字以内にまとめる工夫をする。
時間との勝負。
間に合えばウルトラCを超える、一撃必殺“ミラクルQ(クエスチョン)”の完成だ。
絶対できる、と自分に言い聞かせ、全神経を集中させて文章を考える。
余分な言葉が少しでも入ると70文字を超えてしまう。
簡潔に、でも必要な条件は漏れなく書きこまなければいけない。
息を止めて文章作成をしていたせいで、沙織は軽い酸欠状態に陥っていた。
指先に痺れを感じ、軽い眩暈もする。
だけどタイムアップすれすれで質問を送信させることができた。
沙織渾身のミラクルQがチャット画面にアップされた。
『親』の沙織が投入を終えると、サクラはすぐに2つ目の特許質問を浴びせて、玄の高得点阻止を目論んできた。
《サクラ》 赤はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
サクラの質問を見て、沙織は、おっと目を輝かせた。
本人は気付いてないかもしれないけど、これまではずっと「お入れになりましたか?」の口調だったのに今は「入れましたか?」の表記に変わった。
明らかに、先程の『親』での失点に動揺して、余裕がなくなっている証拠だ。
面白くなってきた。
《 玄 》 D
《サクラ》 黄はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 D
《サクラ》 白はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 D
全ての回答が「D」となったサクラがどう行動するか?
今、サクラはめまぐるしく考えているはず。
初めて悩み、初めて投入することへの恐怖を味わっているかもしれない。
やっと同じ土俵に引き摺り込めた。
沙織はにんまりと笑った。
サクラの投入が終わり、『子』の投入結果が発表された。
『子』玄の投入……なし。
続いてサクラの投入結果が発表される。
B→青 緑
「よしっ」
小さく呟くと、沙織は勝利を噛みしめるようにゆっくりと肯いた。
感無量とはまさにこのことだ。
自分が描いた作戦で、初めてサクラを出し抜くことができた。
サクラは沙織が思った通りの行動をとってくれた。
第4戦、沙織が『親』番の時、サクラの1つ目の質問「Bに何枚入れましたか?」に対して沙織は「3枚」と答えた。
ポイントで大きく離されている玄はリスクがなくパスできれば3Pの獲得となるBにどうしても頼らざるを得ないという印象をサクラの中に与えた。
これまでにも玄は第1戦目から第4戦目まで一貫してBに2枚または3枚の投入をしてきた。そのこともサクラは当然把握しているはずだ。
ならばこの第5戦も必ず最低2枚はBに投入してくると彼女は読んだ。
その読みに従うならば、第5戦も第4戦と同じように1つ目の質問は「Bに何枚入れましたか?」と訊けばよかったのだけど、第4戦、沙織が思い付きでAに1枚投入したために、サクラとしてはAもBもカバーする質問をしたい心境になった。
これが偶然にできた伏線だ。
この伏線により、第5戦のサクラは「赤はどこに入れましたか?」という2つめの特許の質問パターンで来ると沙織は読んだ。
そしてサクラの裏をかく無投入作戦を決行した。
賭けだった。
サクラがAをパスされるのを怖れず、これまで通りBの枚数を訊いてきたら、それで終わりだった。
だが彼女の鋼の心臓を持ってしても、Aの5Pを連続で獲られることは恐怖だった。
3つの質問を終えたサクラの心境は手に取るように分かる。
必ず2枚は入っていると確信しているBを3色訊いたにもかかわらず1色も見つけられなかったことに、彼女は自身の運の急落を感じたに違いない。
心の中で嘆き、憤りすら感じたでしょう。
勝負の流れが変わった、と顔を歪めたかもしれない。
前半の冷静沈着だった時ならいざ知らず、『親』番でポイントを奪われ、動揺し、浮き足立っている彼女には、ポイントがどうしても欲しい玄がまさか無投入を行ってくるなんて微塵も考えなかったに違いない。
サクラにできることは、質問ができなかった残りの2色のうちの2色とも、あるいは少なくとも1色は絶対にBに投入してあると信じ、それをいかにして最小失点に抑えるかを計算するだけ。
1枚ブロック、1枚外れの場合の-2Pは怖くない。怖いのは玄に2枚パスされた時の6P。
だからサクラは恐怖を感じつつも、信念を持ってBに2枚を投入した。
その結果、サクラは4Pを失い、最大26Pまで開いていたポイント差が14P差まで縮まった。
第5戦、サクラの『親』
これまでこちらに考える時間を与えないよう秒殺投入を行なってきたサクラが、一転して時間を目一杯使って投入してきた。こちらの特許質問を明らかに警戒している証拠だ。
下手にAに1枚投入すれば、第4戦の二の舞となる。それを怖れているのは間違いない。
サクラは今、全てが見透かされているんじゃないかと疑心暗鬼になっているのかもしれない。
考えれば考えるほど、邪念がよぎる。直感が働かなくなっていく。
さあ、サクラちゃん。ゆっくりと考えなさい。
サクラの思考の時間は、同時に沙織の思考時間ともなる。時間があれば、こっちは落ち着いて考えることができる。
この主催者は頭脳ゲームバトルという形式にこだわりがあり、その内容に自信と誇りを持っている。
その主催者が、回答の形式を予選の「二者択一形式」から「1単語」に変更したんだから、それなりの理由があるはずだ。
おそらくは「二者択一」のままだと、少ない『子』の人数では『親』のカードを絞り込めず、山勘や運に委ねる要素が増えてしまうため、それを主催者は嫌ったのではないか。
「回答が1単語」となる質問形式にまで範囲を広げてあげたんだから、もっと頭を使って相手プレイヤーを追い込みなさい、と主催者は言っているのではないか。
「回答が1単語」になって、何が可能になったのか?
それは、私が発見した投入パターンの数値化。
だけどそれはもう1つの制限「質問は70文字以内」によって不可能にされている。
ここまでは合っている。
問題はそこから先。
それが難問。
——もっと頭を使って下さいよ。
主催者からの挑発的な声が耳に聞こえてきた。。
「分かってるわよ! 黙って待ってなさい」
沙織はパソコン画面を睨みつけ、気丈に返した。
ここで1つ目の質問のタイムリミットが来た。
リードしているサクラがマイナスの危険を冒してAに投入してくるとは考えにくいけど、念には念を入れて1つ目は確認しておくのが無難。
《 玄 》 Aに入っているカードは何色ですか? 複数なら黒、1枚も入っていないなら紫とお答え下さい。
《サクラ》 紫
当然と言えば当然のA未投入。
でもこれで立場が逆転したことを沙織は確信した。
もしまだサクラに攻める気持ちがあるなら、こちらを混乱させようと複数枚投入で来たはず。
それができないということは、今のリードを守ろうという作戦に切り替えた証拠。
守りに入ったサクラはもう怖くない。
あとは、残り2戦で追いつけるかどうかだけ。
ヒントは「回答は1単語」と「質問は70文字以内」のここしかない。
単語、単語、単語……。
沙織は呪文のようにその言葉を頭の中で反芻させる。何かが出てきそうだけど、どうしても引っ張り出せない。
答えを数値化させるというアイディアはウルトラCと呼べるほど画期的なものだったけど、それを行おうとすれば70文字を超えてしまう。
もっと簡潔にできない?
単語ならどんな文字でもいいのよね……。絵文字、記号文字、アルファベット、中国語、韓国語、ローマ数字、数学、数値、数字……。
文章を数字に変換……。
数字は何桁でも1単語?
その瞬間、沙織の脳に閃光がほとばしった。
全身が震えた。
これだ!
これが主催者が求めていたものだ。
私は、漸く主催者がルール表に隠した“解”に辿り着いた。
その“解”のあまりにもの理路整然とした美しさに、まるで幻の絶景の前に立ったような感動を覚えた。
すごい……。
主催者は2つのヒントからこれを見つけてみろと言いたかったのね。
気が付くと、タイムリミットが間近に迫っていた。ここは繋いで3つ目の質問に賭ける。
その一矢でサクラを仕留めてみせる!
《 玄 》 Bに赤は入っていますか?
《サクラ》 いいえ。
2つ目の質問を打ち終えるや否や、沙織はサクラの回答も見ずに3つ目の質問を書き始めた。書いては消し、消しては書いてを繰り返し、何とか70文字以内にまとめる工夫をする。
時間との勝負。
間に合えばウルトラCを超える、一撃必殺“ミラクルQ(クエスチョン)”の完成だ。
絶対できる、と自分に言い聞かせ、全神経を集中させて文章を考える。
余分な言葉が少しでも入ると70文字を超えてしまう。
簡潔に、でも必要な条件は漏れなく書きこまなければいけない。
息を止めて文章作成をしていたせいで、沙織は軽い酸欠状態に陥っていた。
指先に痺れを感じ、軽い眩暈もする。
だけどタイムアップすれすれで質問を送信させることができた。
沙織渾身のミラクルQがチャット画面にアップされた。