第四章 ゴールデン・リボン(16)

文字数 1,844文字

 沙織はゆったりとした音楽に同調するかのように気持ちを静めてから、覚悟して目を開いた。
 
 そこに見えたのは、「-10P」。
 商社の悪運もついに尽きた。

 残すはよしえとの一騎打ち。
 引き番は沙織。
 残り全てがプラスリボンなのでマイナスを引いてしまう心配はないけど、まだ2本残っている「15P」を引くことができれば優勝へぐっと近づく。

「神様、お願いします」
 画面の前で2度柏手を打ち、一礼してから⑦をクリックした。
 目を瞑り、「15P、15P、15P……」とまじないのように呟く。

 この2日間何度も神様にお願いをし、祈り、結果が出るたびに一喜一憂してきた。
 祈りがどれほどの効果をもたらしたかは分からない。
 でも祈らずにはいられなかった。

「お願いします。どうか15Pを出してください」

 リボンの先はもうとっくに箱から出ている。
 だけど、目を開けるのが怖かった。
 
 2日間の死闘が、このたった1本のリボンで決まってしまうかもしれないと思うと、おいそれと目を開けることができなかった。
 ここで「15P」を引けば、よしえに勝てる!
 神様の裁断はとっくに降りている。
 あとはそれを勇気を持って確認するだけ。

 沙織はゆっくりと目を開いた。
 リボンはすでに動きを止め、その先が覗いていた。

「15P」。

 はっきりとそう記されていた。
 じんわりと目頭が熱くなった。
 ずっと仏頂面だった神様がやっと微笑んでくれたような気がした。

「やった」
 消え入るようにか細い声が漏れた。
 右手は気付かぬうちに爪の先が掌に喰い込んでいて、その痛みが目の前の出来事が夢ではなく現実であることを教えてくれていた。

「やった、やった、やった!」
 あえて声に出して、はしゃいだ。
 そうしないとゲームのまだ途中なのに、涙が溢れ出てしまいそうだったからだ。
 勝負はまだ終っていない。
 最後まで気を抜いてはいけない。
 分かっていても身体の底から沸き起こってくる痺れるような喜びを抑えきれなかった。
 だから声を出すことでそれを発散し、涙を堪えた。

 ゆっくりと深呼吸して、気持ちと動悸を整えた。
 あともう一息。
 再度ネジを締め直す。
 
 ここで、この後の展開パターンをシミュレーションした。よしえに再度逆転される可能性について……。
 計算を始めてすぐに、思わず「えっ」と声が漏れた。

 この6巡目、ただ「15P」を獲ることばかりを考えていて、それが7巡目以降にどう影響を及ぼすかは計算していなかった。
 だけど今、分かってしまった。
 6巡目に玄が「15P」を獲った時点でゲームは終了しているということに。



 仮に7巡目によしえが「15P」を獲ったとしても現在が0Pだから最終ポイントは15P。
 一方玄は、次の商社が「5P」か「10P」のうちの選ばなかった方がポイントとなるため最終ポイント20P以上が確定する。

 私……勝ったの?
 
 あまりにもあっさりとした幕引きに、沙織はすぐに勝利の実感が沸いてこなかった。
 
……信じられない。
 
 でもこんな小学生のような計算、間違えようもない。

 やった。私は勝ったんだ……。

 じわりと、浸食するかように喜びの感情が身体に沁み入ってきた。
 そう感じた次の瞬間には、全身の血が逆流するかのような激しい興奮が身体の中を駆け巡った。
 これまでずっと締めつけていた筋肉、血管、神経が一気に弛緩し、身体の末端にまで痺れるような高揚感がなだれ込んだ。

「やったっ!! 私は勝ったんだっ!」
「賞金1億1250万円は私の物だ!」

 デスクの上に突っ伏すと涙が溢れ出てきた。
 地獄のようだったこの数か月間を思い出し、みじめさと淋しさに(こら)えた自分によく頑張ったね、と褒めてやりたかった。

 『ファイブカード』で戦ったのが遠い昔のように感じた。
 たった2日間の戦いが、数年間も続いた戦争の後のように重く慢性的な疲労感を感じさせた。
 でも、その疲労感さえも心地よかった。
 20年間の人生の中で、初めて全てを自分で考え、行動し、諦めずに足掻き続けたその結果が、優勝という最高の形でフィナーレを迎えることに繋がった。
 
 私の人生はこれから始まる。
 
 顔を上げるとよしえはすでにリボンを引き終えていた。
 その先には「10P」と書かれていた。

 残りはのホワイト・リボンは①か⑩。
 その先に書かれているのは「5P」か「15P」。
 商社がどちらを引いても、残ったリボンを私が引いてゲームが終了となる。
 商社は時間をかけず、すぐに最終選択を決定した。

 『パス』。
 
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