第四章 ゴールデン・リボン(9)

文字数 3,361文字

 5回戦。
 前回勝利したよしえが1番目を選択したため、3番目が商社、沙織は指定席の2番目でゲームは始まった。
 
 商社がよしえを勝たせた怒りはなかなか収まらなかったけど、「4回戦はもともと途中で諦めた回。おこぼれで1勝もらおうなんて虫が良すぎたわ」と無理矢理自分に言い聞かせて気持ちの整理をした。

 この5回戦、沙織は2つの使命を自らに課した。
 1つは絶対によしえに1位を取らせないこと。
 よしえが勝った時点でゲーム終了なのでこれは当然だ。
 もう1つは、もし自分が1位になれそうにない場合は、必ず2位で通過すること。
 他の2人がすでに課しているであろう使命を、沙織も遅ればせながらここで自らに課したというわけだ。
 2番目スタートではマイナスを貯めるという作戦しかなくなってしまう。
 せめて次の6回戦ぐらいはプラスでもマイナスでも柔軟に作戦が立てられるよう、1番目又は3番目スタートを勝ち取りたい。
 勿論、その6回戦があればだけれど……。

 5回戦、沙織はこれまで同様に1巡目と2巡目は大事を取ってホワイト・リボンを選択した。
 前半に大きなプラスを引いてしまえば身動きがとれなくなり、あとはピンク・リボンを押しつけられるのを待つ、針の莚状態になってしまう。
 ここまで来たらチャンスが来るのをじっと待つしかない、と開き直った。

 意外にもチャンスは前半3巡目に早くも到来した。
 2巡目に商社がゴールデン・リボンを引き、3巡目のよしえが「30P」を引いてくれたお蔭で、レッド・リボンの中の大きなプラスポイントが減ってくれた。

 神様が与えてくれたチャンス!
 沙織の目がキラリと光った。
 今ならいける! 

 気を大きくした沙織は果敢にレッド・リボンに挑んだ。
 見事「-20P」をゲット。
 これで3人のポイントはよしえ25P、商社30Pに対して、玄が1人だけマイナスの-25Pとなった。

 このゲームにはプラスのリボンは全体の半分ほどしか入っていない。
 つまり、これからよしえと商社がプラスを取り合えばポイントは伸びず、寧ろマイナスを引いてポイントを減らしてしまう可能性が十分に考えられる。
 1人だけマイナスで、いつでもピンク・リボンを引くことができる沙織には願ってもない展開だ。

 現在残っているレッド・リボンは「-30P」、「-25P」、「15P」、「10P」の4本。
 大きなプラスは残っておらず、反対にマイナスは大きな数字だけが残っているという状況で、当然のことながら商社はホワイト・リボンを選択した。
 大きなマイナス狙いの沙織はレッド・リボンを引き続け、4巡目に「10P」を引いてしまったものの、5巡目には待望の「-30P」を引き当て、沙織が優勢な状況でゲームは終盤戦に入った。



 残り2巡。
 ピンク・リボン引きを考慮すると玄が頭一つ抜けた恰好と言えるが、商社が10P差に迫っているだけに油断はできない。
 
 ここでよしえの選択は難しい。
 この回を逆転勝利するためにはプラスポイントを引くしかないけど、残っているレッド・リボンは「-25P」と「15P」であり、仮に2分の1の確率でプラスの方を引けたとしても次の玄が残った「-25P」を引くことができるため、勝利の目は消えてしまう。
 よって、よしえの選択肢にレッド・リボンはない。

 ではホワイト・リボンならどうかというと、残っているポイントは「-5P」、「-10P」、「15P」で、プラスポイントは残っているけれど、確率は3分の1しかない。
 その上、こちらの場合も運良くプラスを引き当てたとしても残りがマイナス2本になってしまうので、玄にリスクなくマイナスポイントを稼がれてしまう。

 たぶんよしえも同じ計算をし、悩んでいるはず。
 リボン選択時間が残りわずかになっているのに、まだリボンが引かれない。
 10、9、8……。カウントダウンを始めた時、漸くよしえが決断した。
 
 『パス』。
 玄に手を渡した。

 結局、そうなるよね。
 よしえの『パス』は沙織の予想の大本命だった。
 
 ここが勝負どころ。
 間違いは許されない。
 沙織は慎重に展開を思案した。

 ここでピンク・リボンを引けばプラスの45Pとなり、2位以上は手中に収めたと言ってよくなる。
 だけど商社とはわずか10P差で、次に「15P」でも引かれればすぐに逆転を許してしまう。
 その後は、商社と玄のガチンコのリボン引き勝負で勝率は5割。
 こうなると、先程までたくさん残っていて心強い味方だと感じていたマイナスリボンが、一転して敵になっていることに気付く。
 しかし、これがピンク・リボンを引く前であれば、たくさんのマイナスは依然として私の味方であり、他の2人はその状況を歓迎していないとなれば、この有利な状況を利用しない手はない。

 ここで勝負しないで、いつ勝負するの!
 やるっきゃない。
 
 沙織はホワイト・リボンを引く決意をした。レッド・リボンならマイナスを引ける確率は2分の1だけど、ホワイト・リボンなら確率は3分の2。
 一応の安全策は取った決断だ。

 父の倒産以来、私はずっと神様に見放されたと思っていた。
 でもこのクイック・リッチ・クラブでここまで勝ち残れたのは、まだ神様が私を見捨てていないから、と信じたい。
 
 選んだ⑧番のホワイト・リボンがゆっくりと動き始める。
 絶対マイナス! マイナスに決まっている。

 このゲームの間にいつの間にか癖になっている、胸の前で手を組んで祈るポーズを沙織は無意識にとっていた。
 
 ここでプラスが出るはずがない。
 この確率でプラスを引くようなら、私はしょせん優勝できる器ではなかったということ。
 私は優勝して、人生やり直さなければいけないのよ。
 神様、お願い。マイナスを出して!
 私にも普通の人生を歩むチャンスを与えてくれてもいいじゃない。
 神様、どうかお願いします。

 沙織は全身全霊をささげて祈った。
 
 だけど、リボンの先に見えたのは「15P」。
 
 なんで……。
 ずっと微笑み続けてくれた女神様が、プイッとソッポを向いたような気がした。

 この流れの変わり目を商社が見逃すはずがない。
 果敢にレッド・リボンを選択し、確率50パーセントをまるで確率100パーセントだと言わんばかりに堂々とプラスリボンを引き当てた。
 商社はついに玄を逆転した。



「勝機の目はまだ残っている」
 沙織はあえて声に出して言った。
 さっきまで「この確率でプラスを引くなら、私はしょせん優勝できる器ではない」とまで思っていたのに、恥も外聞もかなぐり捨てて「勝機の目はまだ残っている」と宣言した。
 このゲームを通じて、沙織はそこまで逞しく成長していた。
 見栄やプライドなんてものは、生きる上ではまったく必要ない。
 必要なのは、悪足掻き。

 みっともなくったって、しがみついてでも生き残ってやる。

 勝機の目がまだ残っていると言ったのは、論理的な裏付けもあった。
 残っているリボンは全てマイナスポイントで、マイナスを引きたくないよしえは次もおそらく『パス』を選択する。
 すると私はレッド・リボンを引いて「-25P」を得ることができる。
 そして最後にピンク・リボンを引くことができれば55Pに到達する。
 
 対して商社には「-5P」と「-10P」の2本のホワイト・リボンしか残っていないため、どちらを引いても現在の50Pからポイントが減り、玄のポイントを下回ってしまう。 

 意外にもあっさりと見えた、
 逆転のヴィクトリーロードが!

 行けるじゃん!

 身体の底からゾクゾクとした興奮が湧き上がってきた。
 一時はこの回の勝利を諦めただけに、その喜びは一入だった。

 ここで勝てれば優勝へのリーチが掛かる。
 そして、その次も勝てば賞金一億円が自分の手に入る。
 ゴクリ、と唾が喉を通った。
 
 沙織は口に手を当てて、パソコン画面の動向を伺った。

 7巡目、予想通りよしえは『パス』を選択した。

 後は「-25P」と分かりきっている⑭を自分がクリックするだけ。
 それでこ5回戦の勝利が確定する。
 そういう計算だった。

「ひゃっ」
 思わず声が漏れた。
 沙織は気付いてしまった。
 自分が描いたストーリーがただの絵空事でしかないことに……。

 沙織は、自分の身体が急激に冷えていくのを感じた。

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