第一章 ファイブカード(9)

文字数 4,020文字

 沙織が茫然自失の状態から我に返った時、画面はすでにバトルモードから通常モードに戻っていた。
 これまでと違うのはプレイヤーリストの玄がグレーになっていること、右上にあった白のカードが1枚少なくなっていること、そして【RETIRE】ボタンが早くクリックしてよとばかりに明るく輝いていることだった。
 あとはこの【RETIRE】ボタンをワンクリックすればゲーム終了となる。
 借金返済のため、意を決して投資したお金も海の藻屑となって消え、さらに借金は増えた。
 返せる当てはまったくない。
 明日になったら、夜逃げか自己破産でもするか。

 ゲーム終了まで残り25分を切ったけど、ゴールドのプレイヤーは相変わらず3人しかいない。
 沙織に勝ったWにしてもまだゴールドになっていない。
 それどころか再び明るくなっている。
 【セカンドステージへ】のボタンをクリック前に誰かにバトルを申し込まれたのか、それとも意図的に先に進んでいないのか……。
 どちらにしても彼にはまったく懸念はないでしょう。手元には絶対に負けない赤のファイブカードがある。連戦連勝だ。
 
 名前がグレー状態のプレイヤーは20人以上、黒くなったプレイヤーはリストの半数近くいそうだ。
 つまり強いプレイヤーが弱いプレイヤーを何人も倒しているという図式だ。
 そう、このゲームは勝てるプレイヤーは何度勝ってもいいのだ。
 そのことが負けて初めて分かった。
 
 でも、一体何故? 
 そんな必要があるの?
 すでに敗北が決定したにもかかわらず、ちょっとそのことが気になった。
 プリントアウトしておいたルール表を手元に手繰り寄せ、もう一度読んでみる。
「……カードが6枚以上になれば『セカンドステージへ』のボタンをクリックできるようになります。ゲームの制限時間内にこのボタンをクリックすればセカンドステージの進出が決まります。」
 カードが6枚以上……。
 “以上”と確かに書いてある。
 プレイヤーは誰かに1勝すればカードが1枚増えるけど、さらに勝ってさらにカードを増やしてもいい、と主催者はここで伝えている。
 
 更にその意味を後押しするかのように「『セカンドステージへ』のボタンをクリックできるようになります」と書いてある。クリックはできるが、すぐにクリックしなくてもいいということだ。
 
 ルール表がそこまで親切に伝えている以上、ファーストステージではできるだけ多くのカードを集めた方がいいに違いない。それはおそらく今後のゲームに関係してくるのでしょう。

 クイック・リッチ・クラブで賞金を手にすることができるのはたった1名のみ。
 ファーストステージをただ勝ち残るだけでは駄目なんだ。セカンドステージや、その先を見据えて戦っていく必要があった。
 ルール表が配信された時に書かれた文章に違和感を覚え、そこに隠れている裏の意味を汲み取り的確に行動に移す。
 クイック・リッチ・クラブはそういったプレイヤーだけが優勝に一歩近づけるシステムだったというわけだ。
 
 負けて当然、と沙織は思った。
 今残っているプレイヤーは私とは戦っている次元が違う。
 主催者の、こんな分かりやすいヒントさえも気付かない私は、最初から優勝賞金を吊り上げるためだけの唯のエキストラにすぎなかったというわけだ。
 
 また1人、グレー状態のプレイヤーが増えた。相変わらずWは明るくなったままだ。誰かとバトルし、またカードを増やすに違いない。
 でもそのWだって、全てが順風満帆だったわけではなかったはずだ。
 『R』が4つも付いている。
 一時は崖っ淵まで追い込まれ、誰かにあと一押しされれば敗者となるところまでいったのに、最後に自動的に突入したバトルで奇跡的に勝利したことで赤のファイブカードを完成させることができた。
 まさに強運の持ち主。
「誰よ~。弱いカードでWにバトルを挑んだのは~」
 沙織は嘆きの声を漏らした。
 そんな間抜けなプレイヤーがいなければ私は敗れることはなかったのに。
 
 ほんとに?
 本当にあと一押しだったの? 
 ふと疑問が沸いた。

 『R』4つを見れば誰もがもう拒否が使えないカモだと思う。現に私はそう思い込みバトルを仕掛けた。結果は見ての通り。カモは私だった。
 Wは先のステージでカード枚数が物を言うことに気が付いていた。そこで、どうしたら効率よくカードを入手できるかを考えた。バトルを申し込んでも拒否されればカードは増えない。4回拒否させて追い込んでも、次にバトル申し込みができる5分後までに他のプレイヤーにバトルを申し込まれてしまえば、せっかく育てた果実を横取りされてしまうようなものだ。
 効率よくバトルを行うには、相手からバトルを申し込んでもらう必要がある。
 沙織はハッと息を吞んだ。
 もしこの『R』4つがわざとだとしたら……。
 Wはカモを演じることにより、相手からバトルを申し込ませてそれを受けるだけでカードが増えていく、言わば打ち出の小槌状態を作り出した。
 
 ……悪魔的手法。
 
 あと一押しだなんてとんでもない。
 私とWとの間には大河ほどの差があった。

 頭脳ゲームの天才……。

 沙織にはWがこのゲームを支配する絶対的な王に思えた。
 巨人……。いや壁だ。
 圧倒的な力の差を目の当たりにし、沙織はこれまでずっと張り詰め身体の力みがすっと消えていくのを感じた。
 負けたことに対する悔しさはもう微塵もなかった。
 寧ろ完膚なきまでに王に叩きのめされた清々しさだけが残っていた。
 ただ唯一の心残りは、Wのこれからの戦い様を見届けることができないこと。
 でもそれはセカンドステージに進出したプレイヤーのみに許される特権。自分にはその資格すらもない。
 沙織は徐にマウスを握り、カーソルを【RETIRE】に合わせた。

 ——RETIREボタンをクリックすればゲーム終了です。

 ふと耳に、聞き覚えのあるフレーズが聴こえてきた。
 いや、聞き覚えじゃない。どこかで見たフレーズだ。
 どこで? 

 —— カードが6枚以上になれば『セカンドステージへ』のボタンをクリックができるようになります。
 
 あれと同じ言い回しだ。
 ルール表で確認する。
 確かに「RETIREボタンをクリックすれば」、と書いてある。ということはRETIREボタンをクリックしなければゲームは終了しないということだ。
 
 どういうこと? 
 カードが1枚少なくなった状態でどうにかなるというわけ? 
 グレー状態のままのプレイヤーが多いのは、彼らもまたその何かを探しているということなの?
 
 沙織の脳裏に記憶が蘇る。
 スマートフォンの録画で見た、グレー状態から通常モードへ舞い戻った4人のプレイヤー。
 あの時は冗談半分に死者からの復活者なんて思ったけど、まさか本当に復活する方法があるということなの……。
 その復活者のうち写楽とGOGOGOはまだ生き残っている。
 可能性はまだある。
 動悸が激しくなった。
 沙織は目を閉じて鼻腔からゆっくり空気を吸い、それからさらにゆっくりと息を吐き出す。
 落ち着け……。残り時間はあと何分だっけ? 
 目を開けて確認する。あと約20分。
 時間はあるけど復活する方法は見当もつかない。
 
 急いでスマートフォンの録画で写楽とGOGOGOの復活シーンを確認した。だけど新たな発見はなかった。
 彼らだって録画を撮って復活方法を発見したわけではないはずだから、やはりヒントはこのパソコン画面の方にある。

 画面を端から順に見ていく。左側はプレイヤーリストが並んでいる。右側は一番上に白のカードが4枚あり、その下にはチャットスペースが広く取られていて、その下にボタンが2段になって並んでいる。
 上段は左から【TALK】、【BATTLE】、【CHANGE】、【REST】、
 下段は【EXIT】、【セカンドステージへ】、【RETIRE】のボタン。
 
 ん? 

 沙織はそのボタンの配置に違和感を覚えた。
 これだけ均整のとれた画面でありながら【REST】とその下の【RETIRE】の右端とが揃っていない。【RETIRE】が左に寄っているため、その右側に空白のスペースができている。
 まさか! と思って、恐る恐るそのスペースにカーソルを合わせ、クリックしてみた。 
 
 突然画面全体が左に少しスクロールして、【RETIRE】の右に【SHOP】というボタンが現れた。

 何よ、これっ!?
 沙織の喉をごくりと生唾が通った。
 ほんとにあるんだ……。

 これはゲームソフト「ドラゴンクエスト」に登場する、壁の向こうの隠し部屋と同じ発想だ。
 ドラクエをやったことがあるプレイヤーならこの隠しボタンの発見も容易にできるかもしれないけど、知らない人にとっては何時間探しても発見できない、主催者の遊び心。 
 
 クイック・リッチ・クラブ……、やってくれるわね! 
 沙織は小躍りするような興奮を覚えながら【SHOP】ボタンをクリックした。

 画面が切り替わった。




 カードが買えるの!!
 心臓が射抜かれたかのような衝撃を沙織は覚えた。
 写楽をはじめとする復活組はこの買い物機能を発見し、失ったカードを補充して戦場に舞い戻ったんだ。
 1番弱い色の白が1枚10万円、赤だと30万円だから、最初に買った5枚1セット50万円よりかなり割高だ。
 いわゆる闇市価格というやつだ。
 ここが主催者の本当の収入源……。
 
 最初から【SHOP】が見えていれば、「こんな高いカード買えるか!」、と怒鳴りがちなプレイヤーでも、自分が苦労して見つけた裏【SHOP】なら無理をしてでも買おうと思う。
 何故なら、買わなければ【SHOP】を見つけていなプレイヤーと同じになっていまうからだ。
 カードを買って、復活し、まだ復活の方法を見つけられないプレイヤーから憤怒と羨望の眼差しで見られたいのだ。
 そんな人間心理を巧みに利用した、悪魔的SHOPがここに存在する。
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