第三章 IN THE BOX Ⅱ(9)

文字数 2,846文字

 第7戦 沙織最後の『親』。
 通常、このゲームで10P差は圧倒的大差といっていい。それも残り1戦とならば、逆転は絶望的だ。
 しかし心理的立場が逆転するとそのリードが見えなくなる。

 例えば野球で10対7の3点差のリードでも、7点負けている段階から10点取っての3点差リードなら、相手チームの落胆ぶりからも、勢いはもう勝ったも同然となるでしょう。
 でも10対0でリードしている段階から7点詰め寄られての3点差リードなら、勢いづいている相手を見ているだけで、勝っていても生きた心地がしないはず。

 同じ現象が、このゲームにでも起こっていると信じたい。
 一時は26P差ありながら急速に詰め寄られ、おまけに最後の自分の『親』番で加点は見込めないことが確実となった今、サクラにちゃんと10P差が見えているか、どうか?
 すでに逆転を許してしまったかのような暗澹たる気分になっているならば、チャンスはある。

 ここが攻め時! 一気に攻める!
 どうせ普通の投入では絶対に逆転できない10P差だから、一縷の望みを掛けて、心理的トラップを仕掛ける。

 沙織は投入を終えると、手を組んで念じた。
 お願い、2つ目の特許質問で来て!

 サクラの質問がアップされるまで、ドキドキがどんどん加速していく。
 お願い!

 サクラの質問がアップされた。

《サクラ》 赤はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
 
 沙織はふーっと長い息を吐いた。
 2つ目の特許質問で来てくれた。
 相手に立ち直るきっかけを与えないよう瞬時に返答し、無言の圧力をかける。

《 玄 》 B
《サクラ》 黄はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 B
《サクラ》 白はどこに入れましたか? どこにも入れてない場合はDとお答え下さい。
《 玄 》 B

 3つ続いたBを見て、サクラは迷宮にでも入ったような気分になっているに違いない。
 考えれば考えるほど出口が分からなくなる。

 この迷宮には、これまでの6戦で沙織が少しずつ築いてきた幻影の出口がある。
 それにサクラが惑わされるかどうか?

 サクラの投入はなかなか行われなかった。
 悩んでいる。
 
 悩んで当然よ。
 だってこの投入に全てが掛かっている。
 私だって、胃がキリキリして吐きそうよ。

 さあ、サクラちゃん。今のあなたに正解が見つけられるかしら?
 沙織は画面の向こうのサクラに挑発的に笑い掛けた。

 正しい出口に辿り着けばサクラの勝ち。
 誤った幻影の出口に辿り着けば私の勝ち。

 運命は、いかに?

 『親』沙織の投入が発表された。

 B→赤 青 黄 緑 白
 
 叡智と勇気の限りを尽くした沙織渾身の全カードBへの投入だった。

 そして、これからサクラの投入結果が発表される。
 彼女が辿り着いた先は果たして正しい出口か、それとも幻影の出口か?

 A→青 緑
 B→赤 黄 白

 暗闇の先にわずかに見える光、それが沙織が放った幻影の光とも知らずにサクラは辿り着いてしまった、誤った出口に……。

 沙織の乾坤一擲の賭けが稔った。

 これまで沙織はここぞという時には必ずAに投入してきた。
 第4戦では1枚を、第6戦では大胆にも2枚を投入した。マイナスを怖れずAに投入する勇気があることをサクラに十分見せつけた。
 さらにその第6戦では、サクラは本能的にはAが怪しいと感じておきながら、そこに投入しきれなかった自分の勇気のなさを悔いている、という背景もできあがっていた。

 踏まえて第7戦。
 玄は最低でも10Pを獲得しなければ追いつけないことをサクラは分かっている。逆転のためには必ずAに1枚か2枚は入れてくる、と彼女は読む。
 そこが落とし穴、沙織が張り巡らせた幻影だった。
 だからサクラは1つめの特許質問ではなく、2つめの特許質問をしてきた。

 Aに1枚か2枚が入っていると分かっているのに、Aの枚数を訊いても仕方がない。
 それよりも5色の内の3色の在りかさえ分かってしまえば、残り2枚で10P差を追いつかれる心配はないと考え、2つめの特許質問で来てくれた。
 もし、「Aに1枚か2枚は入っている」という幻影に惑わされず、1つめの特許質問でAの枚数を訊かれていたら、それで終わりだった。

 サクラは2つ目の特許質問をしながら、早くAが出てくれと願ったはずだ。
 Aを1つブロックさえすれば自分の勝ちが決定する。
 だけど結局Bが3つ続いた。

 そこで彼女は考える。玄の残り2枚のカードがどこに投入されているかを。
 可能性は3つ。

 ① Aに2枚
 ② AとBに1枚ずつ
 ③ Bに2枚

 幻影によりAは必ずどこかにはあると考えているサクラは、残りのカードが2枚ともBに投入されている③の可能性は低い、と推測する。
 そして、その推測を裏付ける論理的根拠を探そうとする。
 すると、③は5色ともBに投入されていることを意味するけど、Bだけでは2つブロックされただけで10Pに届かないという計算上の裏付けが見つかる。
 これでサクラは自信を持って③のパターンを切り捨てることができる。

 更に少し考えると、②のパターンも③と同じぐらいの可能性が低いという結論に達してしまう。
 なぜなら②のパターンはAに1枚、Bに4枚が投入されているということを意味するけど、これでは仮にAに投入したカードが質問されず見つからなかったとしても、Bの3枚がブロックされてしまえば獲得できるポイントがA1枚とB1枚の5+3=8Pと10Pには届かないからだ。

 だから玄が一発逆転で勝利するには、A2枚、B3枚の①のパターンしかない
 それを運悪く、Aに投入された2枚を3つの質問で見つけられなかった、とサクラは考えてしまう。

 自分はそれほどツキが落ちているのだと錯覚してしまった。

 もし本当にAに2枚が投入されていてそれが3つの質問に引っ掛からないとしたら、その確率はわずか10パーセントである。
 そんなわずかな確率に玄が賭けたことになる。
 サクラに少しでも冷静さが残っていたのなら、いくら流れに乗っているとはいえ、玄がそんな無謀な運頼みの投入はしてこないだろう、と疑ったはずだ。
 だけど、論理的に①のパターンしかないと思い込んでいるサクラには、そのわずか10パーセントの確率が、真逆の90パーセントぐらいに見えていたに違いない。

 その錯覚に賭け、沙織はBに5枚投じた。

 もし、玄にミラクルQの質問を取られてなかったら、Aで2枚パスされても同ポイントになるだけと考えて、サクラはAに無投入を行えたかもしれない。
 だけどミラクルQのために『親』でポイントが稼げないことが決定しているサクラには、同ポイントは負けに等しく感じたのだ。
 9Pまでは許せるけど、10Pは許せなかった。
 その1Pために辿り着いてしまった幻影の出口。

 沙織は最終戦でついにサクラを上回った。

 
 
 最後の『親』番のサクラは第6戦同様1枚も投入せず、セカンドステージ本戦Bブロックは幕を閉じた。



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