第二章 IN THE BOX(11)

文字数 4,211文字

 サクラ予選突破の最低条件は、『子』の投入が重複し、Bの黄、緑、白のいずれかでブロック漏れがあること。
 沙織は胸の前で手を組み、ただそれだけを祈った。

 『子』の投入結果が発表された。

 A→赤1枚 緑1枚
 B→黄2枚 緑2枚 白1枚
 C→白1枚
 
 終わった……。
 『子』の投入はBの黄、緑、白の3色へ見事なまでに分散されていた。
 これでわずかな可能性も消え、サクラの予選落ちが決定した。
 せめてBの白に入った1枚が黄か緑に流れてさえいれば、まだ可能性は残された。
 だけど、それだってサクラがBに白を5枚投入していた場合の話だ。
 沙織は思わず苦笑した。
 これじゃあ、私はまるでピエロよね。
 勝手に奇跡の逆転ストーリーを想像して盛り上がって、そしてサクラの投入を見る前に結果が分かってしまう間抜け様。
 もう、笑うしかないわね。

 いつの間にかサクラの投入結果が発表されていた。

 A→赤3枚 白3枚
 C→緑1枚

 結果的にサクラはBに1枚も投入していなかった。
 もともと同じ色のカードを5枚持っていなかったみたいだ。
 「私って、ばっかみたい」
 もう、笑うしかない。

 『子』にブロックされたサクラのカードが消える。

 Aに白3枚、Cに緑1枚が残った。
 
 えっ⁉
 沙織は自分の目を疑った。
 Aに3枚残っている? そしてCにも1枚ということは合計10点となる。
 訳が分からない光景に2度瞬きをした。
 でもやっぱり白3枚、緑1枚が残っている。
 「何、これ?」
 一体何が起こったの? 

 戸惑いで頭が混乱し、動悸も激しくなる中、Aの白を質問したのは誰? とチャットに目を走らせた。
 Aの白を質問したのは……写楽だ!
 写楽がAの白を質問し、回答が「はい」になったにもかかわらず、そこに投入しなかったということだ。 

 一体何故? 

 写楽は私を恨み、私に対して「死んでしまえよ」と言ってきたプレイヤーだ。
 それが何故? サクラの仲間っていうこと?
 訳が分からない。分からないけど、分かったことが1つだけある。
 それは、これでWの予選敗退が決定したということだ。

 写楽の行動が謎のまま、『親』番が次の廃人に移った。
 彼の予選通過の目はすでに消えていたけど、チャットは久方ぶりにヒートアップした。

《泥人形》 写楽さん、すげーじゃん。俺驚いちゃったよ。まさか玄さんにあそこまで言っておきながら、わざと外しをここで決行するなんて、まったく予想外だったよ。
 でも、一番驚いているのはWさんだよね。してやったりって感じ?
 なんかこういうのってかっこよくって、俺あこがれちゃうな。
 俺も今度どこかでやってみよう。

《 W 》 写楽! てめえ何てことしやがるんだ! 俺に恨みでもあるんか! てめえみたいな気まぐれで行動するやつが、世の中の不必要人間なんだよ。人間のカス、掃き溜めで死にやがれ! もし生きてるのを見つけたら、絶対ボコボコにしてやるからな。
 玄! てめえもいい気になるなよ! お前みたいな他人のふんどしで相撲とっているような奴が生き残る筈ねえんだよ。断言してやる。お前は絶対優勝できない。足を引っ張ってでも地獄へ道連れにしてやるから覚えてろよ!

 沙織の質問の番となった。
 まだ動揺が隠しきれなかったけど、今の素直な気持ちをコメントとして書き入れた。

《 玄 》 写楽さん、何てお礼を言っていいやら分かりませんが、本当にありがとうございます。あなたのお陰で私はみなさんとの約束を守ることができました。救われた気持ちです。
 私に対してあんなに怒っていたのに、一体何が起こったのだろうと戸惑うばかりで、感謝の気持ちを伝えるうまいコメントも見つかりません。でも本当にありがとうございました。

《さっちん》サクラちゃん、超ラッキーじゃん。予選通過よかったね。
 あ~あ、あたしも同じ女としてもっと大事に扱われたかったわぁ。

《GOGOGO》 さあ、お次は本日のヒーロー写楽さんの登場や。みんな、わいのコメントなんて聞きとうないから早う質問終らせて、写楽さんに代われや、て思ってるやろ。
「その通りや!」との声が聞こえてきたんで、とっと代わるわ。
 
 沙織は身を正して写楽のコメントを待った。
 今、わざと外しの真相が明らかにされる。
 コメントはなかなか現れてこなかった。
文が長いのか? 登場を焦らしているのか? 
 4分過ぎに漸く質問がアップされた。

《写 楽》 ねえ、みんなびっくりした? びっくりしたでしょ。でもこれ、突然思いついたんじゃないんです。全ては計算、演技なんですよ。えへへへへ。
 僕、さっきの質問の時、玄さんにすげー怒ってたでしょ、あれも演技です。
 玄さん、「死んでしまえ」とか言ってごめんなさい。でも、あれぐらいやらないとWを騙せないと思って……。
 確かに僕のAの白をブロックされた時はショックで、その瞬間は玄さんを恨みましたけど、すでにチェック済みのBの青が投入されているのを確認して、あぁ、これに投入したのは玄さんだな、と分かりました。
 となると、あえてAの白をブロックしてくる人は1人しかいない、Wだと。
 でもその時はWにやられた感が強くて、Wの隙のなさに脱帽していたんですけど、Wがシンさんへの質問の中で、玄さんはみんなを騙してほくそ笑んでいるとか書いているのを見て、無性に腹が立ったんだよね。
 だって自分でAの白をブロックしておきながら玄さんを嘘つき扱いし、みんなに怒りの矛先を玄さん向けようとしたわけでしょ。
 すぐに僕は自分の質問の時に真実をみんなに伝えようと思ったんだけど、やっぱりそれだけじゃあ気は収まらない。僕はあいつのせいで予選落ちさせられたわけだし、なんとかこいつにギャフンと言わせてやれないかと考えて、よし、それなら今度は僕が騙してやる、という考えに至ったわけです。
 でもWは用心深いからちっとやそっとでは騙されてくれない。だからまずはWに乗せられているふりをして玄さんを非難し、Wを油断させておいてからチャンスを待とうと思ったんだ。
 玄さんにはひどいことを言ったけど、相手を騙すにはまず味方からと言うから許してくださいね。
 チャンスは手持ち枚数の多いサクラさんの時しかないと思ってました。
 そして自分の質問の答えが「はい」になることをひたすら祈りました。それで本当に答えが「はい」となった時は心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしました。
 サクラさんが10点を獲ったのを見た時はまさに天にも昇る気持ちで、人生で最良の瞬間でした。
 僕ずっと引きこもりで、生きていてもちっとも楽しいことなかったけど、今日は生きていて本当に良かったと思っています。楽しくてうれしくて仕方ありません。明日からもまた引きこもり生活が再開すると思うけど、なんだか頑張れるような気がします。
 もしどこかで写楽というアカウントを見つけたら、あの時の参加者かもと思って話しかけてください。
 そして最後にここの主催者の方、クイック・リッチ・クラブを創ってくださいまして本当にありがとうございました。是非第二回大会も開催してください。絶対参加します。
 
《サクラ》 写楽さん、本当にありがとうございます。
 わたくしは自分の投入したところがすぐに質問で判明してしまい、もう駄目だと諦めていましたから、最初何が起こったのかまったく分かりませんでした。でも順番表の中のわたくしの得点が10点になっているのを見て、写楽さんがわざと外してくれたのだとようやく気が付きました。
 せっかくチャンスを頂いたのですから、本戦でも全力で頑張ります。そしてもし優勝できましたら、賞金の半分を差し上げます。
 優勝できなくてもメル友になって下さいませんか? 連絡ください。メールアドレスは××××です。絶対連絡してください。

 サクラのコメントを見て、沙織は思わず微笑んだ。
 ずっと張りつめていた緊張が解け、Wを除く全てのプレイヤーが和んだ瞬間であっただろうと思う。
 サクラは本戦で戦う相手ではあるけれど、なんだか敵とは思えない、ほんのりとした温かみを感じる。人間味を感じると言った方がいいかもしれない。
 サクラだけじゃない。ここに集まっている全てのプレイヤーからそれを感じる。
 他人を出し抜こうとする人、騙されまいとする人、金を欲してやまない人、ただ粋がっているだけの人……。世間体で言えば、ここに集まっている人たちはろくでもない人たちばかりかもしれないけど、でもみんな人間剥き出しで全力で生きているのだ。
 私のこれまで周りにいた人たちは体裁ばかりを気にし、本気で私に接してくれた人は誰もいなかった。それが普通だと思っていた。
 でもこのクイック・リッチ・クラブに集う人たちは、天然記念物並みに珍しい全力投球の人間ばかり。
 できるならこれからの人生、私も全力、剝き出しで生きていきたいと思う。

 沙織は自分がこれから目指すべき方向が少しだけ見えた気がした。
 でもそれを考えるのはもう少し後だ。今はセカンドステージ本戦を勝ち抜くことだけを考える。

 最後の『親』となった泥人形も、廃人と同様Aを押さえられて予選通過の夢は消えた。
 ただその中で、ゲームの進行にはまったく関係のないこんなやり取りがあった。

《GOGOGO》 なんや、写楽さんとサクラちゃんええ雰囲気やんか。この場で、そんな愛の告白みたいなことしてええとは知らんかったわ。それが許されるっちゅうなら、実はわいもさっきからさっちんさんのことが気になっとったんや。さっちんさん、もし良かったらわいとメル友になってくれへん。大阪遊びに来ることがあったら、びっちり観光案内して御馳走したるさかい連絡してや。待っとるで。連絡先は××××にお願いや。

 へえ、みんな青春してるわね。
 沙織はチャットの様子を微笑ましく眺めていた。
 私も恋でもしてみようかしら。でも自己破産女じゃあ洒落にならないか……。
 
 続いてシンのコメントが表示された。

《シ ン》 あの~、俺ファーストステージのカード交渉の時に聞いたんだけど、さっちんさんって、男の人らしいんですけど、GOGOGOさんって、そういう趣味あったんですね。

 げっ⁉ そんなオチでっか!
 GOGOGOの絶叫が聞こえてくるようだった。
 
 やっぱり人はまだまだ信じられない。当分恋もやめとこう。
 沙織は苦笑交じりに溜め息をもらした。
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