束の間の神の恩寵が有ろとも、人間の怒りは永遠に消えぬ

文字数 1,894文字

神の御怒りは束の間に過ぎず、神の恩寵は生涯に渡り続く。
涙の夜は必ず明け、喜びの朝が来るだろう。
旧約聖書 詩篇 第三〇篇より

「いい加減にしろッ‼」
 聞き覚えのある声。
 昼間は……背筋が凍りそうな声だったが……今度は……まるで……。
 溶岩……。
 爆発……。
 核爆弾……。
 そんな感じの……危険だって事が本能的に判る……何か……。
「うるせえ……。殺す……殺す……こいつだけは殺す」
 こちらも同じだ……。
 怒りだ……。
 近付くだけで恐くなるほどの怒り。
 自分に向けられていなくても、逃げ出したくなるような怒り。
 その片方が俺に向けられてるのに……俺は、もう体もロクに動かせない。
「この前、再会した時より……更に言ってる事が馬鹿っぽくなったな」
「あ……あぁ……そうだな……。悪い事をしちゃいけない理由は……悪い事をすればするほど……頭が悪くなってくせいかもな」
「そう云う事だ。自分で言ってて吐きそうになるクサい台詞だが……言わせてもらっていいか?」
「何だ?」
「そいつと同じとこまで堕ちるな」
「いい台詞だ。感動的だな。だが悪いな……もう……俺は……悪事のやり過ぎで、かなり馬鹿になってる」
「やめろッ‼」
 えっ?
 何かが俺の体の上を通り過ぎた気がした。
 俺が顔を上げると……少し離れた場所で、永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)と……あのチビのメスガキが戦っていた。
 もっとも……メスガキの方は……「護国軍鬼」ではなく、普通のプロテクター付のコスチュームを着けていた。
「殺せ……俺もッ‼ そいつもッ‼ 頼むッ‼ お前の『正義』を遂行してくれッ‼」
「悪いが今夜は……私が尊敬していた男の流儀でやりたい気分なんでね」
「だ……誰だよ……それは?」
「そいつなら……そこのマヌケや、今のあんたにだって……人権ぐらい有る筈だ、そう言っただろう」
「なら、そいつは、そこのマヌケより酷いマヌケだ。自分が助けた筈の奴に牙を剥かれて殺されて当然の奴だ。自業自得だよ……」
「それ以上、言うな……。それ以上、言えば……宣戦布告と見做す」
「何が言いたい?『悪鬼の名を騙る苛烈なる正義の女神』さま」
「百歩譲って……お前に、そいつを殺す権利が有ると認めたとしても……」
 永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)のパンチ。
 チビのメスガキが、片手でそれを払い……えっ?
 チビのメスガキは、何か武器を隠し持っていたらしい。
 永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)の手首から……凄まじい勢いで血が吹き出す。
「お前に、そいつの心を弄ぶ権利が有ると認めたとしても……」
 だが……永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)は構わずに蹴り。
 しかし、またしても……。
 永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)の足首から血が吹き出し……。
「お前に、そいつを地獄に突き落す権利が有ると認めたとしても……」
 お……おい……変だ。
 手首の動脈を切られたのに……永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)の手首からの出血は……止まっている。
 そう言えば……あいつは……あの身体能力は……。何人もの……それも銃を持った人間さえ簡単に殺せる奴。
 その上に再生能力まで持っているのか?
 化物だ……。
 そして、その化物と互角に戦っているメスガキも……。
「今のお前に……私が尊敬していた戦士の名を口にする資格だけは認める訳にはいかんッ‼」
 これが……俺が「現実」だと思ってるモノが……もしラノベか何かだったら……主人公は、あの2人のどっちかで……もう片方がラスボスだ。
 そして……俺は……ただの……。
 モブだ……。
 たまたま……魔王と勇者の最終決戦の場に居合せた……とるに足りない……雑魚モンスターだ。
 おい……でも……何か変だろ。
 何で、主人公とラスボスが……魔王と勇者が……そんなモブや雑魚の事で最終決戦をやってんだ?
 判んねえ、判んねえ、判んねえ。
 何がどうして、こんな事になったんだよッ⁉
 2匹の化物は……その片方の血を全身に浴びながら戦い続ける。
「その男を殺すと言っていたな。ならば、私は……今のお前が、あの名前を口にするなら、殺す」
「ふざけんなよ……『殺す』って何だよ? おい、殺す気になってないのに、これか? これで……まだ本気じゃねえのか? おい、マジでふざけんな……お前……本当にただの人間か? 本当に……訓練を積んだだけの……ただの人間なのか?」
「知らなかったのか? どんな神様より恐い生物は……ただの人間様だって事を」
 再生能力を持っているらしい永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)だが……あれだけ血を流せば……流石に……。
 永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)は……力尽き……地面にへたり込んでいた。
「もういいや……疲れた……。おい、そこの阿呆。最期にいい事を教えてやるよ。俺こそが初代のクリムゾン……」
 永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)の声は銃声にかき消された。
「警告していた筈だ。その名前を口にすれば殺すと」
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登場人物紹介

緒方一郎
行方不明になった「ヒーロー」であるクリムゾン・サンシャインのコスチュームを偶然手に入れた平凡な若者。
かつて自分を何度も助けてくれたクリムゾン・サンシャインの代りに戦いに身を投じ、クリムゾン・サンシャインの行方を追うが……。
※あくまで本人主観であり、作品中の「真実」とは異なる可能性が有ります。

緒方正一
福岡県久留米市(あくまで現実ではなく作品の舞台になってる平行世界の)の市長。
かつては、富士山の噴火によって大量発生した「関東難民」を排斥していたが、久留米市を「福岡県3番目の政令指定都市」にする為、現在では「関東難民」積極受け入れ派になっている。
ある意味で「息子をネトウヨに育てた癖に、自分だけネトウヨを『卒業』した」と云うイロイロアレアレな人物。
※くどいようですが、作品の舞台になってる「平行世界の地球の福岡県久留米市」と云う設定の架空の場所の話における架空の人物であり、本作品の執筆開始以降(2021年4月以降)、この人を連想させるような福岡県久留米市もしくは他の地方自治体の市長・首長が誕生したとしても、偶然の一致に過ぎません。

関根優斗
「関東難民」だが、かつて「関東難民」排斥派だった緒方正一の娘婿になり、正一の実の息子を差し置いて、後継者と見做されるようになった男。

ニルリティ
福岡県久留米市・小郡市、佐賀県鳥栖市・三養基郡を中心に活動する「御当地ヒーロー」チームの若きリーダー。
強敵と戦う際には強化服「護国軍鬼4号鬼」を着装するが、生身でもかなりの腕前の持ち主。
なお「ヒーローとしての名前」である「ニルリティ」は、インド神話の悪鬼の一族「羅刹」の別名と云うヒーローらしからぬもの。

ソルジャー・ブルー
福岡県久留米市・小郡市、佐賀県鳥栖市・三養基郡を中心に活動する「御当地ヒーロー」チームの一員。
異常に高い身体能力を持ち、軍隊式らしき戦闘術を使う。
強敵と戦う際には強化服「護国軍鬼5号鬼」を着装する。
しゃべり方に若干の「外人訛り」が有り、女性としては高めの身長(170cm以上)。

ヴァルナ
福岡県久留米市・小郡市、佐賀県鳥栖市・三養基郡を中心に活動する「御当地ヒーロー」チームの一員。
通常の「魔法」「超能力」とは異なるらしい「水を操る力」の持ち主。
「単純に途方も無い力を持っているのみならず『出来る事の範囲』が異様に広い」規格外の能力の持ち主だが、裏を返せば「ほんの少しのミスで地形を変えかねない」ほどの存在である為、「強力過ぎて逆に使える状況が限られる」ヒーロー。

ファイアリー・エンジェル
福岡県久留米市・小郡市、佐賀県鳥栖市・三養基郡を中心に活動する「御当地ヒーロー」チームの一員。
通常の「魔法」「超能力」とは異なるらしい「炎や熱を操る力」の持ち主。
ただし、ヴァルナほどでは無いが「強力過ぎて逆に使える状況が限られる」らしく、前線に出る事は稀。
「機械仕掛けの天使/聖騎士」をイメージしたプロテクターを身に付けているが、そのプロテクターには、偶然にも、後述する「永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)」のプロテクターに刻まれている旧約聖書の一節の本来の文章「神の御怒りは束の間に過ぎず、神の恩寵は生涯に渡り続く。涙の夜は必ず明け、喜びの朝が来るだろう」が英語で刻まれている。

クリムゾン・サンシャイン
御当地ヒーローチームに所属しない一匹狼のヒーロー。
白いプロテクターと旭日旗をイメージした覆面を着装している。
超身体能力と高速治癒能力を誇るが、似た能力を持つ「ソルジャー・ブルー」に比べると、高速治癒能力では上回るが、身体能力や技量では劣る。
「御当地ヒーローの暴虐から一郎達を護ってくれていた」(※:あくまで一郎視点)が、ある日、突然、行方不明になる。

永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)
クリムゾン・サンシャインの行方を探す一郎の前に立ちはだかる謎の悪漢(ヴィラン)。
黒いプロテクターと黒い覆面を着装し、そのプロテクターには、旧約聖書の詩篇の一節を逆転させた「神の慈悲など有っても束の間に過ぎず、人間の怒りは永遠に消えない。涙の夜は終る事なく、喜びの朝など来る筈は無い」と云う言葉がドイツ語で刻まれている。
「真紅の夕日が沈んだ後に来る、明ける事なき夜」を自称し、一郎の友人達を次々と手にかけ、一郎を孤立させてゆく。

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