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文字数 1,813文字
この前、俺、ここで何したんだっけ? まあ、いいや。
ともかく、俺と古川のおっちゃんは、親父の選挙事務所の警備顧問である猿渡のおっちゃんを、この別荘に御案内した。
「た……たのむ……。君が握ってる県警と広域警察の幹部の弱味を私にも教えてくれ……たのむ、お願いだ。たのむ、お願いだ。たのむ、お願いだ。たのむ、お願いだ。たのむ、お願いだ。たのむ……」
「あ……あの……何言ってんすか……それと……その……すいません、この縄、ほどいてもらえませんか?」
「私の言う事を聞いてくれたら、解放する。だから早く早く早く早く早く早くくくくく……」
「だから、何がどうなってんですか? あのね、あれは『伝家の宝刀』なんですよ。抜くフリをする為に使うモノで、本当に抜いたら、
「おっちゃん、何、いい大人の男がヒス起してんの? 理性的に話そうよ。これ以上、感情的になるんなら……」
ベシッ‼
俺は、猿渡のおっちゃんの顔を竹刀で叩いた。
「痛い目、見る事になるよ……」
「十分、痛ぇよ……」
「おっちゃんさあ……現実的になろうよ。親父も優斗も、ああなっちゃった以上さあ……おっちゃんが、この先、食ってくには、俺を次の久留米市長にして……俺から給料もらうしか無いの? 判ってる?」
「ふざけんなっ‼ 誰のせいで、あんな事になったと思ってるっ⁉ あ……あんたが、自分の親父と妹と義理の弟を……」
ベシッ‼
「お……おい、まさか……その……君の妹と妹の亭主を誘拐して拷問したのは……えっと……『御当地ヒーロー』どもに潰された安徳グループの残党じゃなくて……」
昨日ぐらいから、古川のおっちゃんは、何故か色々と様子がおかしい。
何が有ったんだろう?
まさか……。
古川のおっちゃんが裏切った場合の事も考えておくべきかも知れない。
「そうっすよ。みんな、あいつらを恐れてるから、ヤクザの残党に濡れ衣を着せるしかなかったんすよ……」
「あ……あぁ……もう、今となっては……あんたが……こんな……」
猿渡のおっちゃんの声も震えている。
「そうだよ……。俺がいつも言ってただろ?『正義は必ず暴走する』『自分こそ正義だと思い込んでる奴らは、どれだけでも残酷になれる』って……。深雪と優斗を誘拐して、拷問して、深雪の腹ん中の子供を流産させて、優斗を廃人にしたのは……」
答は決っている。
古川のおっちゃんの顔に浮ぶ表情は……恐怖だけじゃなくて、何かを察したような……。
「そ……そんな……まさか……嘘だろう……」
「嘘じゃない。事実を認めるしかないよ……深雪と優斗を……あんな目に遭わせたのは……」
「言うな、言うな、言うな、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくないッッッッ‼」
多分……古川のおっちゃんも……真犯人の事を少しは信じていたんだろう。
でも、真実は常に残酷だ。
その残酷な真実を教えてやらねばならない……。
「『
「えっ?」
「へっ?」
古川・猿渡の両おっちゃんは……同時に間抜けな声をあげ……やがて、何かを考え込んでるような
「うわああああ〜っ‼」
「冗談じゃないっ‼ もう、嫌だぁ〜っ‼ 助けれくれぇ〜っ‼」
ああ、こうなるのも仕方ない……。
「正義の味方」「御当地ヒーロー」は……冷静に考えれば、単なる「犯罪者を狩る変な犯罪者」に過ぎない。
しかし、この全てが狂ってしまった時代、多くの人達が、その「犯罪者を狩る変な犯罪者」が無力化した警察に代って治安を維持してくれていると信じている。
そうだ……その幻想が結果的に治安を維持しているのも確かだろう。
しかし、いつかは夢から覚める時が来る。
正義は必ず暴走する。
自分こそ正義だと思い込んでる奴らは、どれだけでも残酷になれる。
「正義」を名乗る者達の正体が、単なる暴徒だと……いつか必ず知れ渡る日が来る。
その日は……早ければ、早い方が……治安を維持してきた幻想が崩れ去った事による副作用は少ない筈だ。
でも……古川・猿渡の両おっちゃんが、ここまで取り乱すのも判る気はする……。
この世の中を護ってくれていると思ってた奴らが……単なるサイコパス猟奇犯罪者だと知ってしまったのだから……。