第47話

文字数 1,163文字

 私は相変わらず、無気力な毎日を過ごしていた。だだ三食を作っては食べ、家事と仕事だけを淡々とこなすだけの日々だった。そうして意味のない毎日を繰り返していると、まだまだやりたいことがあっただろう母が生きていて、夢も希望も何もない私が死ねばよかったのにと思わずにはいられなかった。
 「らーちゃんにお帽子を編んであげる」と言って毛糸を選んでいた母。食の好みがはっきりしていて、「あれが食べたい」とリクエストしてくれる母。「ずっと旅行にも行ってないね」と呟いていた母。
 そう、母は搬送される何日か前、不意に「旅行」というワードを口にした。私が久しぶりの外食に連れて行った前後だったので、それに紐づけてそんなことを言ったのかもしれない。少し前まで「もうどこにも行けない」などと弱気になっていた母が呟いたその言葉が嬉しくて、私は車椅子でも利用できるホテルを調べていたところだった。遠出は無理だが、タクシーで都内のホテルに連れて行き、一泊するくらいならできるのではないかと考えていた。近いうちに母が寝たきりになってしまうだろうことは感じていたので、今のうちにできることをしてあげたいと思っていた矢先だった。
 あの朝、私がもっと早く母を起こしていたら、叶えてあげられたのに。
 そう思うと、心臓を掻きむしりたくなるような衝動に襲われた。そして泣けば泣くほど、母がここにいないのは全部お前自身のせいではないかと、己を責める自分の存在が大きくなっていった。
 ずっと、悪い夢の中にいるような気分だった。この虚しいだけの日々は全部が偽りで、本当の母と私は、以前のようにこの家で暮らしているのではないか。そんなことばかりを毎日考えた。もう母に会えないなんて、信じられるはずがなかった。
 火葬場の炉から出てきた骨を見たとき、私は燃え残った人工股関節を見て「ああ、これはお母さんだ」と素直に思った。あの瞬間は涙も出ず、収骨の間も激しい悲しみに襲われることはなかった。だから私は、母が骨になったことをすんなりと受け入れたのだと思っていた。だが、それは違った。あのとき私が飄々としていられたのは、何一つ実感が湧いていなかったからに過ぎなかった。
 骨壷を収めた箱は仏壇の脇に置いているので、私はそれを毎日目にはしていた。だが、四十九日に斎場まで往復したとき以外、それに触れたことはなかった。遺骨ダイヤモンドや、遺骨を核にして作る真珠などについて調べたこともあったが、実際に母の遺骨を目の当たりにする勇気はなく、注文できなかった。もう一度骨壷の中身を見たら、物質的な母の名残はもうそれしかないのだという事実を受け入れざるを得なくなるだろう。私には、それに耐えられる自信がなかった。
 母の死から四ヶ月以上が過ぎても、私はその事実を受け入れられずにいた。
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