第30話

文字数 2,252文字

 十二月三十一日。
 大晦日も変わらず、父と私は早めに昼食を済ませて病院に向かった。道路が空いていたこともあり、病室に着いたのは十三時前だった。
 母はまた、右目だけをごく薄っすらと開けた状態で眠っていた。口の中に唾液なのか痰なのかわからない黄みがかって粘ついた液体が溜まっていたので、口内用のウェットティッシュで少しだけ拭ってあげた。下手に手を出して喉を詰まらせるようなことがあってはいけないので、可哀想だったが少ししか取ってあげられなかった。
 またリップクリームやボディークリームを塗り、耳元で声を掛けたり音楽を聴かせたりしたが、母の反応はなかった。だが、母の眉毛と鼻毛が伸びていたので私がそのカットを始めると、母は不意に両目を見開いた。はっきりと目を開けてくれたのは久しぶりだったので、私は母の耳にイヤホンが入ったままなのを忘れて「おはよう」などと必死に声を掛け、その瞳に自分の顔を映した。しばらく話しかけた後で音楽を聴かせたままなのを思い出し、母の右耳からイヤホンを外して自分の耳に当ててみると、ビートルズのチケット・トゥ・ライドが流れていた。ボリュームはあまり大きくしていなかったし激しい曲調でもないので、音で起きたわけではなさそうだと感じた。やはり、顔への刺激には敏感なのだろうかと思いながら、私は母に声を掛け続けた。ほどなくして母はまた目を閉じてしまったが、久しぶりに母の瞳を見ることができただけで私の心は十分に満たされた。母の小さな一挙一動が、私の一喜一憂に直結していることを思い知った。
 その後しばらくまたいつものように母の手をさすっていると、母の呼吸がゼーゼーと苦しそうになっていき、母はまた目を大きく見開いた。96、7パーセントだった酸素飽和度も91パーセントほどまでに下がったので慌てて看護師さんを呼び、痰を吸引してもらった。痰の吸引中はいつも苦しそうに顔を歪めるので見ているのが辛かったが、母が帰ってきたら私も吸引をやらなくてはいけないのだと思い、目を逸らさずに見守った。母の命に関わる医療行為を自分が担うことに対する恐怖感は当然あったが、母に帰ってきてもらうためには、それを乗り越えなければならない。母が帰って来てくれるのなら、私はなんでもする。吸引を受ける母を見ながら、私はあらためて覚悟を固めた。
 痰の吸引後に母が落ち着いたところで、看護師さんが母の体勢を変えに来たので、父と私はいったん部屋を出た。人気のない談話室でココアを飲みながら、大晦日にも働いてくれる医療従事者の方々がいるから母が生きていられるのだと、あらためて感謝した。
 作業を終えた看護師さんに声を掛けられ病室に戻ると、母は仰向けで眠っていた。最初から仰向けの体勢ではあったのだが、ベッドの頭が少し上げてあったのに対し、体位変換後はベッドがほぼ水平で完全な仰向け寝の状態になっていた。母の口はそれまでより大きく開いており、その中にあったネバネバは取り除いてもらえたようだった。
 その後、母は目を見開いてむせるような仕草を見せた。酸素飽和度は下がらなかったが舌を出してえずいており、苦しがっているのはあきらかだった。完全な仰向け寝の体勢だと、唾液がまっすぐ喉に入ってしまうのではないかと心配になった。父は母のおでこに優しく手を当てて、「大丈夫か?」と何度も声を掛けていた。
 父と二人で少しの間様子を見たが、母は何度も目を見開いて苦しそうにえずいたので、私は病室の目の前のナースステーションに行き、「仰向け寝にしてもらってから、苦しそうなんです」と看護師さんに伝えた。素人のくせに注文を付けるのは申し訳ないと思ったが、自分の唾液でも誤嚥性肺炎を引き起こすことはあると見かけたことがあったし、何より母が苦しそうだったので放ってはおけなかった。ほどなくして来てくれた二人の看護師さんが母を右向き寝の体勢に変えてくれると、母の呼吸は落ち着いた。父と私はその後しばらく母の様子を見守り、大丈夫そうであることを確認してから十六時頃に病室を後にした。「体勢ひとつであんなに変わるんだから、帰ってきたら気を付けなきゃね」。帰りの車内で父とそんなことを話した。
 家に帰ってから私は紅白なますを作り、煮しめとお雑煮の下準備をした。いつもなら海老やら数の子やら田作りやら煮豆やらいろいろと準備していたはずなのにと思うと、やはり泣かずにはいられなかった。私は一度だけ入院中に病院で年を越したことがあったが、それ以外では生まれて初めて、とても質素な正月を迎えようとしていた。
 夕飯は冷凍の天丼セットの海老天とほうれん草だけ入れた年越し蕎麦、残りの天ぷらを乗せたミニ天丼、そして簡単なサラダにした。我が家は毎年、大晦日には刺身を食べ、その後に蕎麦を茹でるのが定番だったが、母のいない大晦日は侘しいものだった。
 恒例の歌合戦を流し見していても、大晦日だという実感がまったくわかなかった。いや、大晦日だということはわかっているが、だからどうしたという気分だった。母の意識は戻らないだろうと言われたあの日から、季節の移り変わりも行事も世間を賑わせる様々なニュースも、すべて私には無関係に思えた。母が家に帰ってきてくれること、そしてこの家で母に快適に過ごしてもらうこと、私の頭にはそれしかなかった。
 母が頑張ってくれているおかげで、「明けましておめでとう」と言える。
 私はそれが本当に嬉しかった。
 母には感謝しかなかった。
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