第46話

文字数 1,776文字

 四月の終わり、正式な契約のために父と私はもう一度納骨堂に出向いた。男性スタッフから事細かな説明を受け、必要な書類を記入し、ついに母の眠る場所が決定した。壇内に敷く装飾布を選ぶように言われたので母が好みそうなものをじっくりと吟味していると、父はその間に一周忌の予約をしていた。相変わらず気が早いなと思ったが、母が亡くなってからの四ヶ月近くがこれだけあっという間に過ぎたのだから、一周忌だってすぐにやって来るのだろう。
 少しでも早く母に会いに行きたいと願う私にとっては、月日が経つのが早いことは好都合だった。
 手毬などの柄が入ったベージュ系の装飾布、それから壇内に飾る造花も選び、最後に実際の納骨壇をもう一度見せてもらってから、私たちは納骨堂をあとにした。仮予約のときには「一周忌に納骨を考えている」と言っていた父だったが、この日は「一周忌か三周忌に納骨したい」と言っており、私は焦らなくていいだろうと思いながら父の言葉を黙って聞いていた。
 正式に決まった、母の眠る場所。そこは、いずれ母と私たちが再会する場所でもある。
 いつか必ず母に会える、相変わらずそれだけが私の拠り所だったが、母の骨壷が入ったシルバーの箱を見て、「お母さんに会えるのは、私もあの姿になってからなんだな」と思うと、胸が苦しくて仕方がなかった。
 一度でいいから、生身の母にもう一度会いたい。
 絶対に叶うことはないとわかっていても、そう願わずにはいられなかった。

 五月に入ると「母の日特集」が毎日のようにテレビで流れ、それを目にするたびに傷口を抉られるような痛みを覚えた。私だって去年までは、当たり前にその特集を見ていた一人なのだ。頭ではそうわかっていても、これからも毎年、この季節が来るたびにこんな思いをしなくてはならないのかと考えると心が折れそうだった。この頃から私の心はまた、「なんであの朝、もっと早くお母さんの異常に気づけなかったのだろう」という後悔で埋め尽くされるようになっていた。
 あの朝、ぐっすり眠っているのだと思い込んだ私は、何度も呑気に母の顔を眺めていた。実際にはあのとき、母は生死の境を彷徨っていたのだ。
 動くことのできない体で、母は私に助けを求めていたかもしれない。
 「らーちゃん、お母さん起きたいのに起きられないの。助けて」
 心の中で必死にそう訴えていたかもしれない。
 そう思うと、息ができないほどに胸が詰まった。あの朝の母の寝顔が頭から離れず、あの朝に戻りたいという決して叶わぬ願いを口にしては涙に暮れた。
 背負ってしまった罪は、母がいなくなってできた隙間をとっくに埋め尽くし、私の全身を侵蝕していった。
 たとえ母が許してくれたとしても、私はあの朝の自分を一生許さないだろう。
 母の日の前日には注文していたブーケが届き、二つの花瓶に分けて供物台の両サイドに飾った。カラフルなカーネーションと淡いピンクのバラなどで、母の遺影の周りはまた華やかになった。私はいつものように写真を撮って「お母さん」フォルダに保存したが、胸の奥に渦巻く後悔と呵責、そして虚しさはその色を濃くするばかりだった。
 母の日当日は午前中に母宛の手紙を書き、午後からケーキとワインを買いに行ったついでにその手紙をポストに投函した。宛先は、故人への手紙をお焚き上げしてくれるというお寺。四十九日の前に母が「手紙を書いてほしい」と言う夢を見てから、すぐに専用の封筒一式を取り寄せていたのだが、私はずっと手紙を書けずにいた。何を書いていいのかわからなかったのだ。
 筆を走らせてみたところで結局、納骨堂が決まったことくらいしか報告することはなかったが、「お母さんを助けられなかった後悔は全部背負って生きていくから」という覚悟を最後に記した。母に伝えたいことは、そのくらいしかなかった。
 夕食には出前の寿司を三人前取り、一人前を取り分けて母の供物台に乗せた。私は二人前を分けるつもりでいたが、父が母の分もちゃんと用意したいようだったので、シャリ小さめを選んで三人前を頼んだ。白ワインとお吸い物と小鉢も並べて手を合わせ、食後には紅茶を淹れてケーキも並べた。伯母にはその写真を撮って「母の日をお祝いしたよ」と報告したが、込み上げる涙と虚しさを鎮めることはできなかった。
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