32. 闇の中の死闘

文字数 3,295文字

 創られた闇の中にあっては、ランタンの灯りも、焚き火の輝きも、本来の明るさよりも(かす)んでいた。それでも、少しは魔物を(ひる)ませることができた。しかし、これほどのご馳走を目の前にしていては、住処(すみか)に戻ろうという気にはなれないのだろう。ただ執拗(しつよう)にチャンスを狙っている。

 焚き火のそばでは、ようやくまとまりだした村の男たちが松明(たいまつ)を作り、避難場所の防御を強化しようとしていた。それをまとめているのは、クレイグである。彼は松明を持って、魔物の動きに注意を払いながら、なおも懸命に指示を飛ばしていた。

「固まれ!」
 よく通るクレイグの声が響き渡った。
松明(たいまつ)を持つ者は所々に散るんだ!」

 クレイグのように武器を手に取ることができた勇敢(ゆうかん)な男たちは、円の外側に立って戦う覚悟を決めたようだった。

 一方、カイルは、焦燥(しょうそう)にかられながらも、一度にいろんなことを考えていた。

 守るものが多すぎて結界が張れない。けれど、それよりもまず、錯乱した闇の精霊がいては、戦える新たな精霊の邪魔になる。せめて光があれば。
 カイルは暗い東の空を見上げ、山の尾根があるあたりを見た。どうしようもなく心臓がドキドキしていた。涙がこみ上げてきて、泣きそうになった。
 夜明けはまだ来ない。それとも、闇の精霊が辺りに充満しているせいで、朝が分からなくなっているのだろうか。

 カイルは気が遠くなりそうだった。村人たちを残すべきではなかった。もっと強く説得すべきだった。

 けれど、べそをかいてたって、何にもならない。後悔しても何の解決にもならなければ、ましてやうろたえている時では。そんなことは許されない。今は祖父はおらず、ほかに代わりの務まる者も。今ここでは、自分だけがその次元に立つことができるのだから。

 カイルは必死で気を確かに持ち直した。

 闇を引き下がらせなければ。戦える精霊たちがやって来られるように。朝を迎えられるように。

 しかし、狂った精霊の正気を取り戻して収拾をつけるというのは難しく、しかもカイルには経験がなかった。ただ、砂漠の戦いで似たような目には()っている。あの時、呼べるはずのない強力な砂の精霊たちの気を引くのは、命懸けだった。
 死力を尽くすことになる。
 すると、気付くことができた。そばから聞こえてきたのは、(おび)えた子供の泣き声・・・。

 レッドは、リューイが投げつけた自分の剣を、化け物の顔から急いで引き抜いた。次いでそいつに止めをさし、上から下りてきたまた別の魔物をひと突きにして、乱暴に()り払う。そういうものが出ると予想して、念のために剣を二本備えて来たレッドは、腰にあるもう一本をも素早く構え、そのあと三体を立て続けに斬り捨てていた。

 そこへすぐにリューイが駆けてきて、レッドが庇っていた少年を抱き上げた。
「この子は俺が。」
「頼む。」

 そのあと続けざまに腕を振るって二体を斬ったあと、レッドはリューイを援護しながら焚き火の方へ向かった。

 だがその途中、ふと泣き声を聞きつけたリューイが、レッドが魔物に乱打を浴びせている時にいきなり離れて、子供を片腕に抱いたままそこへ飛んで行ってしまった。レッドには戦いながらもそれが分かったが、今度は援護してやることができなかった。レッドは(すき)を見ては振り返り、ただ闇の中へと消えてしまった相棒の名を叫び続けた。

 赤い目が二つ迫ってくる・・・だが、カイルは子供をぎゅっと抱きしめるので精一杯だった。とっさに駆けつけたものの、この支配が()かなくなった闇の中で、こんな状態ではまだ何もできなかった。

 すると突然、誰かが目の前に現れた。それがリューイだと分かった時には、赤い目玉だけでなくその体のつくりまで見て取れ、リューイがそいつと取っ組み合おうと身構えているのも分かった。

「いけないっ、逃げて!」
 カイルは悲鳴のような警告を発した。
「棘が!」

 リューイが驚いてよく見ると、そいつには手が無かった。初め背負っていると思われた翼は、鳥類と同じように腕の付け根から生えていて、足はあったが、交互に出して歩くというものではなかった。飛び跳ねながら突き進んでくるのである。翼以外は狼に似ているかに思われたが、遥かに(みにく)い怪物だ。そして羽毛は・・・恐ろしいことにイバラだらけ。しかもそれは、もう三度も跳躍すれば届くというところで、さらに突起(とっき)したように見えた。抱きすくめられたら、ひとたまりもない・・・!

 とその時、突風のような勢いで獣の足音がやってきたかと思うと、一瞬、なんと魔物がその気配に気をとられてくれた。その好機を逃さず、考えるよりも早く、暴れ馬のような回し蹴りを化け物にくれてやったリューイ。

 次は、足音の正体がキースだと分かるよりも早く、「走れっ!」

 リューイは急いでキースの背中に二人の子供を乗せ、「死ぬ気でつかまっていろ。」と言い聞かせて、カイルと共に駆け出した。

「星明りが嫌なくらいなら、あいつら互いの目玉はどうなんだよ。似たようなもんだろ。」
 リューイが隣を走っているカイルにがなった。
「よ、よく分からないけど、質もあるんじゃないかなっ。星明りと魔物の眼光は、全く別物だよっ。」

 いくら蹴り飛ばされても、魔物は次から次へとめげずに立ち向かってくる。たいした武器を持っていないリューイは、棘だらけの翼の前では、真っ向から攻撃することができない。そのため素早く敵の視界から外れ、渾身(こんしん)の力で蹴り倒すというワンパターンな足技一つで、キースやカイルに遅れをとらず援護しながら付いていった。

 一方、即席の避難場所にたどり着いた三人の戦士 ―― エミリオ、ギル、そしてレッド―― は、人々が身を寄せるその最前線を守っていた。だが守備範囲があまりに広くて、全力で駆け回らなければならなかった。そのうえ一体に手間取るわけにはいかず、ほとんど一撃でしとめなければならない。それに、魔物が光に慣れてきている気がした。(あせ)りが募り、体力は凄まじい速さで消耗していく。そう思わせないほど、その誰もが、なおも力強く武器を振るい続けてはいても。

 シャナイアは、避難場所の中心にある焚き火の前まで、無事にミーアを連れて来ることができた。だがあとは、レイラに預けてすぐにその場を離れ、レッドを探しに向かった。彼は剣を二本持っているはず。

 いつ終わるとも知れない恐怖。それに目を背けて、ただじっと(おび)えている娘や子供たちとは違い、男たちは、魔物の動きと戦いを、取り()かれたように見つめていた。目の前を見たこともない赤い目をした怪物が動きまわり、苛立(いらだ)ったような(うめ)き声や、羽音がひっきりなしに聞こえてくる。怖い・・・だが、それでも釘付けになってしまう。松明(たいまつ)の灯りに照らされて戦う剣士たちの姿に。

 魔物はねじくれて動き回り、実に捕らえ難い。それにもかかわらず、エミリオは瞬時に見極め、次々と的確に斬り殺していくのである。ギルも同様、どれほど疲れていても狙いを外すことがない。大剣使いであるこの二人の剣捌(けんさば)きは、舞いのように華麗でありながら、確実にしとめる威力をもつ。そして、アイアスの紋章を刻印しているレッドは、戦場では武神オリファトロスの化身と恐れられたほど。こんな窮地(きゅうち)だというのに、村の男たちはおかげで驚いて目を奪われ、息を()んだ。

 しかしそうしていられるのは、彼らの能力が相手を上回り、常に先手をとることができているからだ。それなのに魔物が一向に絶えない、この状況。エミリオやギルは、すぐに気になっていた。殺しても殺しても、終わりなどないのだろう。きっと、呪いを浄化しない限りは。カイルは気づいているだろうか。だが今は、戦う以外にできることが無かった。


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