22. 奇妙な足跡
文字数 2,461文字
最後の一小節を歌い上げて、エミリオはふと隣を見た。ちょうど、ギルも顔を向けたところだった。互いの目が合い、二人は笑みを交わし合う。
ギルは、相棒の気が少しは紛れたようであるのを見て取ると、肩を軽く叩いて促し、ランタンを拾い上げて、寝床へ戻ろうと夜の草原に背中を向けた・・・いや、向けようとしたところで、不意に視線を戻したギルは、怪訝 そうに目を凝らし始めた。
「おい、見ろよ。」と、ギルは言った。
ギルは腕を伸ばし、指をその方向へ突きつけてみせた。
「あの灯り、ほら。」
どうしたのかと、エミリオもそちらへ首を向けてみる。
すると、遠くに小さな灯りを見つけることができた。それは川沿いに移動している。
「こんなに遅く、どこへ・・・。」
そう呟いたあと、エミリオはハッとしてギルの目を見た。
「農場か。」と、二人の声が重なった。
ギルは、しばらくその灯りを目で追った。
「何か起こしそうな感じだな。」
川沿いの草原を、三人は黙々と進んでいた。民家はすっかり見えなくなるほど遠ざかった。目に映るのは、もう何もない殺風景 な景色。だが、今夜は月もはっきりと見られ、星屑 は地上との切れ目まで続いている。
そうして野道よりは上を見ながら進んでいると、後ろから気配がして、彼らはそろって足を止めた。振り返ってみると、駆け寄ってくる長身の男が二人。
エミリオとギルだ。
その二人の方は、夜も遅い時間に出かける三人の姿がはっきりするまでは、ランタンの灯りを消していた。
それは、レッドとリューイ、そしてカイルだった。
「やっぱりお前たちか。こんな夜更 けに出かけるとは。」
ギルがそう言うと、レッドもこう返した。
「そっちこそ、どこ行ってたんだ。」
「俺たちはちょっと散歩して、歌ってただけさ。」
「は?」
「それより、何を始めるつもりだ。」
「行ってみなけりゃ分からんが・・・来るか?」
「ああ、例の農場だろう。俺たちも明日そうするつもりだった。」
五人は一緒に歩きだした。
川面には痩 せ始めた月が映り、いつの間にか流されてきた千切 れ雲が、時折そんな月を隠したり現したりしている。深夜の風は冷たく、防寒着を肌に引き寄せながら緩 い丘を越えると、やがて、痛ましい姿のままこの夜を迎えた第三農場が見えてきた。
カイルは次第に厳しい面持ちになっていったが、あとについて案内されているせいもあって、誰もそのことには気付かなかった。ただ、そのカイルは、自分が顔をしかめ出した頃に、そばを歩いているエミリオを気にかけていた。カイルはそっと見上げて様子をうかがい、うっすらと分かるその表情にあるものを認めて、また前を向いた。
現場にたどり着くと、月と星明かりに照らされた無残な畑が視界に飛び込んでくる。
それを目の前にして、彼らはしばらく佇んだ。
エミリオがゆっくりと息を吸い込んで、辛 そうな深呼吸をした。
「感じるんだね。」
誰かが気遣うよりも早く、カイルが、ほかの者には分からないことを言った。
「どういうことだい・・・。」と、エミリオ。
「呪いだよ。」
即答したカイルは、畑に目を戻した。
「霊能力の強い人は、呪いを体で感じてしまうんだ。そのせいで気分が悪くなったり、寒気 や眩暈 がしたり。僕も感じてるけど、慣れないうちは辛いと思う。」
レッドとリューイは、暗がりの中で目を見合った。あの時、昼間にこの異常な光景を目にし、その時の村人たちの会話を聞いて瞬間的によぎった、この少年ならどうにかできるかもしれないという直感は、正しかったようだ。
とてもそうは見えないのでつい忘れがちになってしまうが、ようやくギルも思い出した。そうだった、この坊やは・・・。
ギルは、傍 らにいるカイルを見下ろした。
「で、どうにかしてやれそうなのか。」
「ちょっと調べさせて。」
カイルはランタンを持って、一人で畑へと入って行った。そして、大きな黒い影の前で止まった。それは、自分の身長(170センチ程度)くらいの高さで、台の部分は立方体、その上にアーチ型の碑 が乗っているような形に見えた。その後ろからは、涼しげな水音が聞こえてくる。
少し経 ってから、ほかの者たちもそばへ寄った。
「石碑 ・・・。」
何か彫られてあるのが分かったカイルは、そう確信すると、まず、表面を照らそうとしてランタンを掲 げた。だがその前に足元が一瞬明るくなり、奇妙で大きな足形が目に映った。三本の長い指と爪、それに大きいものと、小さな肉球のような跡。それで急に屈 みこむと、カイルはそこの土に顔を近づけた。
「これが・・・その犯人の足跡 ?」
「ああ。だろうな。」と、レッドが答えた。
実際にそれを確認したカイルは、驚いて少し戸惑った。
精霊で形成されたいわゆる魔物は、姿形こそあり見えはするものの、人間でいう肉体を持つことはない。その神秘の力で焼き殺したり、溺死 させたり、絞殺 や刺殺 といった人間による犯行のようなものでさえ、精霊には可能である。しかし、カイルが知っている限り、それらは霊と同じように歩行せずスーッとやってくる。このような奇妙な足跡を残せるものなど、見たことがなかった。
背筋を伸ばしたカイルは、あらためて石碑の表面が見えるように明かりを向けた。何かと思ったものは、石碑の真ん中辺りに数行にわたって刻まれてある。短い文章。それは、とりあえず今ここにいる中では、カイルにしか読むことができない。
カイルは左から右へと視線を走らせていき、記 されているその内容を理解した。
「被害はこの畑だけなんだよね。」
「ああ・・・らしいが。」と、今度はギルが答えた。
ギルは、相棒の気が少しは紛れたようであるのを見て取ると、肩を軽く叩いて促し、ランタンを拾い上げて、寝床へ戻ろうと夜の草原に背中を向けた・・・いや、向けようとしたところで、不意に視線を戻したギルは、
「おい、見ろよ。」と、ギルは言った。
ギルは腕を伸ばし、指をその方向へ突きつけてみせた。
「あの灯り、ほら。」
どうしたのかと、エミリオもそちらへ首を向けてみる。
すると、遠くに小さな灯りを見つけることができた。それは川沿いに移動している。
「こんなに遅く、どこへ・・・。」
そう呟いたあと、エミリオはハッとしてギルの目を見た。
「農場か。」と、二人の声が重なった。
ギルは、しばらくその灯りを目で追った。
「何か起こしそうな感じだな。」
川沿いの草原を、三人は黙々と進んでいた。民家はすっかり見えなくなるほど遠ざかった。目に映るのは、もう何もない
そうして野道よりは上を見ながら進んでいると、後ろから気配がして、彼らはそろって足を止めた。振り返ってみると、駆け寄ってくる長身の男が二人。
エミリオとギルだ。
その二人の方は、夜も遅い時間に出かける三人の姿がはっきりするまでは、ランタンの灯りを消していた。
それは、レッドとリューイ、そしてカイルだった。
「やっぱりお前たちか。こんな
ギルがそう言うと、レッドもこう返した。
「そっちこそ、どこ行ってたんだ。」
「俺たちはちょっと散歩して、歌ってただけさ。」
「は?」
「それより、何を始めるつもりだ。」
「行ってみなけりゃ分からんが・・・来るか?」
「ああ、例の農場だろう。俺たちも明日そうするつもりだった。」
五人は一緒に歩きだした。
川面には
カイルは次第に厳しい面持ちになっていったが、あとについて案内されているせいもあって、誰もそのことには気付かなかった。ただ、そのカイルは、自分が顔をしかめ出した頃に、そばを歩いているエミリオを気にかけていた。カイルはそっと見上げて様子をうかがい、うっすらと分かるその表情にあるものを認めて、また前を向いた。
現場にたどり着くと、月と星明かりに照らされた無残な畑が視界に飛び込んでくる。
それを目の前にして、彼らはしばらく佇んだ。
エミリオがゆっくりと息を吸い込んで、
「感じるんだね。」
誰かが気遣うよりも早く、カイルが、ほかの者には分からないことを言った。
「どういうことだい・・・。」と、エミリオ。
「呪いだよ。」
即答したカイルは、畑に目を戻した。
「霊能力の強い人は、呪いを体で感じてしまうんだ。そのせいで気分が悪くなったり、
レッドとリューイは、暗がりの中で目を見合った。あの時、昼間にこの異常な光景を目にし、その時の村人たちの会話を聞いて瞬間的によぎった、この少年ならどうにかできるかもしれないという直感は、正しかったようだ。
とてもそうは見えないのでつい忘れがちになってしまうが、ようやくギルも思い出した。そうだった、この坊やは・・・。
ギルは、
「で、どうにかしてやれそうなのか。」
「ちょっと調べさせて。」
カイルはランタンを持って、一人で畑へと入って行った。そして、大きな黒い影の前で止まった。それは、自分の身長(170センチ程度)くらいの高さで、台の部分は立方体、その上にアーチ型の
少し
「
何か彫られてあるのが分かったカイルは、そう確信すると、まず、表面を照らそうとしてランタンを
「これが・・・その犯人の
「ああ。だろうな。」と、レッドが答えた。
実際にそれを確認したカイルは、驚いて少し戸惑った。
精霊で形成されたいわゆる魔物は、姿形こそあり見えはするものの、人間でいう肉体を持つことはない。その神秘の力で焼き殺したり、
背筋を伸ばしたカイルは、あらためて石碑の表面が見えるように明かりを向けた。何かと思ったものは、石碑の真ん中辺りに数行にわたって刻まれてある。短い文章。それは、とりあえず今ここにいる中では、カイルにしか読むことができない。
カイルは左から右へと視線を走らせていき、
「被害はこの畑だけなんだよね。」
「ああ・・・らしいが。」と、今度はギルが答えた。