45. 軽業師?
文字数 2,276文字
その頃、そこから数メートル離れた茂 みの陰 。そこに隠れている三人の面上に、ほっとした笑顔が広がる。
「心配して、暗闇に紛 れてわざわざ迂回 して、こそこそ覗 き見て・・・何やってんだ? 俺たち。」
腹這 いになったままのギルが、声を潜めて言った。しかも匍匐 前進までした。
シャナイアも同様、ギルの横で遠慮なく聞き耳をたてていたが、エミリオはその二人より後ろで、できるだけ体を小さくして座っていた。無論、気にはなったものの、こんなふうに内緒でこそこそとするのは気が引けたのである。
シャナイアは見つからないように体を起こして、地面に座りこんだ。
「それにしても、カイルがそんなに気にかけてる子って・・・どんな子かしら。」
「気になるな。」と、ギル。それから頭が出ないよう注意して胡坐をかくと、腕組みをして何やら考えだした。
そして、シャナイアと目を見合う。
感づいたエミリオが、「二人とも、何を考えている。」
「お前がよもやと思ってることだよ。」
「どうかと思うが。」
「その気がないわけでもあるまいに。」
今度は何も返してはこない相棒に、ギルはふっと笑った。
三人は先に会場へと戻り、エミリオは隣にいた青年に預けていた ―― レッドが立ち上がった時に素早く拾い上げた ―― ミーアを、再び膝に抱いた。ずっとそうしていたかのように。そしてギルとシャナイアも、二人がカイルを連れて戻るのを見ると、同じふりをして迎えた。
周りの男たちも、やけに威勢よく笑って少年に杯 を押し付ける。
「やあ坊や、来たか。まあ一杯付き合え。」
カイルは礼を言って受け取った。なみなみに酒が注がれた。カイルは飲めるところを見せようとしたが、実は初体験。途端にごほごほとむせてしまい、そばにいたレッドに向かって口の中のものをふき出したところを、レッドは抜群の反射神経で避 けた。
村の男たちは大口を開けて笑い、そうしながら一人が少年の背中をさすってやった。
村長がのろのろと動き出したのが見えた。大きな焚き火台の方へ向かっている。
杖 を支えにして立ち止まった長老は、落ち窪 んだ目を一行 に向けた。
「草原の晩餐会はいかがか。堪能 していただけたらば幸いじゃが。」
一行は笑顔をそろえて頷 いた。
それを見ると村長も満足そうに二度頷いて、優雅に片手を上げた。その手も視線も、一行がいる場所とはまた違う方向へ向けられている。
「では我らの客人たちへ、この土地の民族音楽を。」
すると、一行から見て舞台 ―― 焚き火台 ―― の後ろから、獣の皮を張って作った太鼓 や、木製の笛 を持った数人の男女が出てきて、さっと演奏隊形を整えたのである。
そして間もなく、リズミカルな調子の曲が始まった。その胸が躍 るような音楽は、大地をくすぐり、空気を揺さぶり起こして、静かな夜の草原に響き渡った。彼ら草原の民たちの表情は、その曲にも勝って明るく澄みきっていた。カイルはつられてリズムを取りながら聞き入り、シャナイアなどは思わずステップを踏みそうになったほどだ。
曲は、最後まで陽気なまま終わった。演奏者たちの息が見事に合って音がぴたりと止まった時、ギルがいち早く絶賛の声を上げて手を打った。それに続いて一行は盛大な拍手を送り、ここにいる全ての者が加わった。
「おい、そこの軽業師 。」
拍手がまだ鳴り響いている中で、レッドが隣にいる武闘家の青年にそう声をかけた。
その瞬間、リューイは顔をしかめてみせる。
「お返しに、何か芸の一つでも披露してやったらどうだ。」
「だから軽業師って何だよ。」
「いいじゃない、できるなら何かやってみせてあげなさいよ。私たちはこれから旅芸人ってことにするんだし。」
「あのな、俺は・・・だいたい芸ってどういう意味だ。とにかく嫌だ。」
「私も引っ張り出されたのだから。」
「そうだエミリオ、もっと言ってやれ。」と、ギル。
「軽業師 だって?」
そのうえ具合の悪いことに、一行のそんな内輪話 が酒に酔った男たちに聞かれてしまい、リューイは結局、芸人としてステージへと押し出される羽目に。
リューイがまだ何か訴 えているようだったが、周りにいる酔っ払いの煽 る声で聞こえず、リューイの口がぱくぱくと動くのしか分からない。はなから聞いてやる気もないので、そんな相棒にレッドは笑って手を振ってみせた。
そのあとで、シャナイアの手が馴 れ馴れしく肩にまとわりつくのを感じたレッドは、嫌な予感がして眉間 に皺を寄せる。
「リューイが終わったら、次はあなたが裸になって踊りながら口から火でも ―― 」
「俺はできないから、やらないっ。」
あの時・・・イオの村でどう旅芸人と偽 るかを考えた時・・・のあれは冗談だと思っていたが、この調子では本当にそのうちさせられかねないぞ・・・そう思い、レッドは、この女にだけは弱みを握られたり、借りを作るまいと気を引き締めた。だいたい〝火でも〟ってほかには何を考えてんだ。やっぱり剣か? 槍 か?
一方のリューイは、仕方なく観念したものの、何をどうすればよいのか分からず、注目を浴びたまま、ただ突っ立っている。
沈黙に覆われた。
「心配して、暗闇に
シャナイアも同様、ギルの横で遠慮なく聞き耳をたてていたが、エミリオはその二人より後ろで、できるだけ体を小さくして座っていた。無論、気にはなったものの、こんなふうに内緒でこそこそとするのは気が引けたのである。
シャナイアは見つからないように体を起こして、地面に座りこんだ。
「それにしても、カイルがそんなに気にかけてる子って・・・どんな子かしら。」
「気になるな。」と、ギル。それから頭が出ないよう注意して胡坐をかくと、腕組みをして何やら考えだした。
そして、シャナイアと目を見合う。
感づいたエミリオが、「二人とも、何を考えている。」
「お前がよもやと思ってることだよ。」
「どうかと思うが。」
「その気がないわけでもあるまいに。」
今度は何も返してはこない相棒に、ギルはふっと笑った。
三人は先に会場へと戻り、エミリオは隣にいた青年に預けていた ―― レッドが立ち上がった時に素早く拾い上げた ―― ミーアを、再び膝に抱いた。ずっとそうしていたかのように。そしてギルとシャナイアも、二人がカイルを連れて戻るのを見ると、同じふりをして迎えた。
周りの男たちも、やけに威勢よく笑って少年に
「やあ坊や、来たか。まあ一杯付き合え。」
カイルは礼を言って受け取った。なみなみに酒が注がれた。カイルは飲めるところを見せようとしたが、実は初体験。途端にごほごほとむせてしまい、そばにいたレッドに向かって口の中のものをふき出したところを、レッドは抜群の反射神経で
村の男たちは大口を開けて笑い、そうしながら一人が少年の背中をさすってやった。
村長がのろのろと動き出したのが見えた。大きな焚き火台の方へ向かっている。
「草原の晩餐会はいかがか。
一行は笑顔をそろえて
それを見ると村長も満足そうに二度頷いて、優雅に片手を上げた。その手も視線も、一行がいる場所とはまた違う方向へ向けられている。
「では我らの客人たちへ、この土地の民族音楽を。」
すると、一行から見て舞台 ―― 焚き火台 ―― の後ろから、獣の皮を張って作った
そして間もなく、リズミカルな調子の曲が始まった。その胸が
曲は、最後まで陽気なまま終わった。演奏者たちの息が見事に合って音がぴたりと止まった時、ギルがいち早く絶賛の声を上げて手を打った。それに続いて一行は盛大な拍手を送り、ここにいる全ての者が加わった。
「おい、そこの
拍手がまだ鳴り響いている中で、レッドが隣にいる武闘家の青年にそう声をかけた。
その瞬間、リューイは顔をしかめてみせる。
「お返しに、何か芸の一つでも披露してやったらどうだ。」
「だから軽業師って何だよ。」
「いいじゃない、できるなら何かやってみせてあげなさいよ。私たちはこれから旅芸人ってことにするんだし。」
「あのな、俺は・・・だいたい芸ってどういう意味だ。とにかく嫌だ。」
「私も引っ張り出されたのだから。」
「そうだエミリオ、もっと言ってやれ。」と、ギル。
「
そのうえ具合の悪いことに、一行のそんな
リューイがまだ何か
そのあとで、シャナイアの手が
「リューイが終わったら、次はあなたが裸になって踊りながら口から火でも ―― 」
「俺はできないから、やらないっ。」
あの時・・・イオの村でどう旅芸人と
一方のリューイは、仕方なく観念したものの、何をどうすればよいのか分からず、注目を浴びたまま、ただ突っ立っている。
沈黙に覆われた。