48.  尾行

文字数 2,195文字

 カイルは軽快に草原を進んでいた。その胸は自信と期待と、きっとそうなるという意気込みで高鳴っていたので、歩調は増して早くなった。ずいぶん距離を置いて後を追っている者たちは、ただでさえそれをするには困難な体調にあるものを、おかげでふらつく足を無理に速めなければならなくなった。

 尾行は、彼ららしくない気の緩んだものだったが、相手が、霊や精霊の気配ではなく、人のそれとなるとまったく鈍感(どんかん)であるのを知っていたし、カイルの方でもよい予感に気を取られていたので、そんな思いもよらないことには感づきさえもしなかった。

 村のいいところをたくさん教えてあげよう。みんなの暖かい心を上手く伝えるんだ。それができたら、きっと彼女の心は動く。そうだ、彼女がすぐに馴染(なじ)めるように、夕べの後夜祭のこととか、もっといろんなことを教えてあげなきゃあ。

 カイルはズボンの(すそ)(まく)り上げ、エール川の(ゆる)やかな水流を横切って、高くなった向こう岸に()い上がった。

 間もなく、後を追う者たちも同じ川にさしかかった。

 綺麗な水を目にするなり、レッドは、助かったとばかりにバシャバシャと顔にかけた。
 エミリオやギルも、冷たい水をすくい上げて顔を洗った。リューイなどは、川の中へ直接 顔面を突っ込んでいる。

 じれったいと、先に靴を脱いで待っていたシャナイア。
「さあ行くわよ。」と、悠長(ゆうちょう)な男たちを()かして、スカートを()き上げた。

 すると、はりきって川べりに立った彼女の体は、突然ひょいと誰かにすくい上げられ、川の上へ。

 ギルだった。彼は()いも()めてきてやっと元気になったところで、軽々と彼女を抱き上げたのだ。
「せっかくの美しいおみ足が汚れてしまいます、お嬢様。」
 本人はおふざけのつもりでも、ギルはまた相手が簡単に落ちてしまいそうな微笑を向け、セリフをついた。シャナイアは逆にムッとなってしまった。
「いいこと、私の足にはね、屈辱の名残(なごり)がはっきりあるの。これまでさんざん(ひど)い目にあわせてきたから、もう手遅れなのよ。」

 その傷痕(きずあと)のことは、レッドも見ていて知っている。見ていてというのは、実際に傷口を。それは、一緒に戦った戦場で負ったものだからだ。※

 対岸に着くと、ギルは彼女を草の上に座らせ、自分は素早く足がかりを見つけて岸に上がった。その時には、ほかの者はすでに川を渡りきっていた。

 カイルは森へ入って行った。もうすっかり道を把握(はあく)していて、そのひと足ひと足は(とどこお)りなく進み続ける。尾行している者たちは、丈高(たけたか)い木々の隙間(すきま)から陽光が降り注ぐ、曲がりくねった小道をついて行った。

 不意にカイルが立ち止まった。そして、木の枝に生っている野生の果実を、どうしたのか悲しそうに見上げている。

 ここにおいてはおけない・・・。まず、衰弱した体に抵抗力をつけさせなきゃあ。それから数日安静にして、病気のことや、皆とどう接していけばいいのかを説明して・・・。

 一方、(あせ)った追跡者たちは、葉を茂らせた巨木の陰に、小枝をかすめて飛び込んだ。そしてそのまま、気付かれないよう息をころした。

「お前らなあ・・・。」と、そこでシャナイアを横目に見ながら、レッドは呆れ口調で、「そういえば、夕べもこうやってこそこそ覗き見てたろ。悪趣味だぞ。」
 エミリオとギルは目を見合ったが、シャナイアは動じなかった。
「今一緒になって尾行してるくせに、なに言ってるのよ。」
 リューイは笑いを(こら)えて鼻を鳴らした。
「出てきて、俺たちと励ましてやればよかったのに。」

 カイルが再び歩きだした。
 後をつけている者たちも慎重についていった。

 そうして、何となく湿気を感じるところに来ると、カイルの姿は、その先に見える(から)み合った草木の(ほら)の中へ消えてしまった。
 もしやと思って見ていたが、そこを行くしかないと分かると、彼らは手前で躊躇(ちゅうちょ)した。シャナイアはまだ問題ないが、見事に均整がとれているとはいえ、男たちはみな長身で体格もいい者ばかり。

 おかげで、誰もがその場に(たたず)んだまましばらく(うな)っていた・・・が・・・。

「フィアラッ!」

 突然あがったカイルの悲鳴が、いち早くエミリオに(ひざ)を付かせた。そのあとすぐシャナイアが続き、ギルとレッドも体をねじ曲げて、無理やり緑の洞の中を突き進んだ。リューイだけは待ちきれず、仲間たちがそうしている間に、信じられない速さで近くの巨木によじ登り始めた。

 そして、そこから抜け出るや否や、エミリオは、「いけない・・・。」と(するど)い声で呟き、シャナイアもまた、「ちょっと大変!」と叫んだ。

 二人の緊迫した声に、あとに続いていたギルとレッドは、そこかしこが()り切れるのも構わず、強引に手足を動かして穴から転がり出る。枝から枝を渡っていたリューイも、レッドが()い出したと同時に真横に降り立った。

 そして、いきなり目にしたものに、驚いて足を止めた。





※ 『アルタクティスzero』 ― 外伝3「レトラビアの傭兵」

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