33.  命をかけて

文字数 3,264文字

 上からも横からも(つか)みかかろうとしてくるので、レッドは、ほとんど剣を一閃(いっせん)しただけで倒していた。それは物凄い早業(はやわざ)を要したが、二刀流のおかげで比較的余裕があったレッドは、誰かに呼ばれたのにもすぐに気付くことができた。

 シャナイアの声だ。

「お前、ミーアはどうした。」
 レッドは激しい動きを続けながらも、叱るような口調で真っ先にそうきいた。
「一番安全な場所にいるわ。それより剣を貸して!」
 シャナイアは早口で答えた。
「なんだと。」
「一本貸してよ、早く!」
「馬鹿抜かせ、こんな奇っ怪なのと戦わせられるか! 下がってろ!」
 レッドはもうシャナイアを見てはいなかったが、本気でそう怒鳴りつけた。そのあいだも、目まぐるしい化け物退治は続いているのである。

「戦力足りないくせに言ってる場合なの!」

 レッドはぐっと押し黙った。実際、シャナイアの腕は見上げるほど確かだ。守るべきものが多すぎるこの状況で、一流の女戦士である彼女に頼らないのはおかしいのかもしれない。

 戦いながらシャナイアを一瞥したレッドは、「ええい、好きにしろ!」と苛立(いらだ)たしげにまた怒鳴って、とうとう左手の剣を放り出した。
「無理はするな。」
 それをもう一度繰り返したが、次にレッドが目を向けた時、そこに彼女の姿はもうなかった。

 素早く戦いに向き直ったレッドは、今度は、向こうの暗がりから駆けてくる、二人の子供を乗せたキースに気づいた。その後ろにはカイルの姿、そばにはリューイもいる。みな無事であったことにレッドはホッとし、彼らが走り込んで来られるように前へ出た。この近くにいる化け物を片付けながら。

「もう少しだ、頑張れ!」

 まずキースがたどりついて、背中に乗せていた二人の子供を、そばにいた大人たちが引き受けた。カイルはただちに焚き火の近くへ。そこにサッと立て膝をつくと、両腕を上げて、また何か(とな)え出した。それを見た周りの者たちは場所を空けてやり、少し離れて見守った。よって、人々が密集している中に、カイルの周りだけは、わずかな空き地ができていた。

 レッドからシャナイアのことを聞いたリューイは、キースを連れてそこへ急いだ。

 カイルの(ひたい)は汗に濡れていた。もう、全力を出し切るしかなかった。まず錯乱(さくらん)状態に(おちい)っている(やみ)の精霊たちを落ち着かせなければ、光は呼べない。とにかく、乱れた秩序(ちつじょ)を取り戻して、闇の精霊を下がらせなければ・・・。

 しかし、そうして呪文を唱える声にも、はっきりと疲れが表れている。カイルは全力疾走(しっそう)してきたせいで、体力を大幅に消耗していた。光の精霊を集めることが、極度に難しくなっている時に。闇の精霊たちは、狂って勝手な暴走を続けているのである。自身の力をそこへ及ばせ、この闇の収拾をつけるだけに、またいっきに呪力と体力を使わなければならない。あとの残った力で、光を呼ぶことができるだろうか。しかも、人々にしてみせたようなものではなく、魔物と戦えるもっと強力な精霊が必要になる。
 カイルは、自身の(みなもと)から力を汲み上げようと、必死になった。再び闇の精霊たちを使役するために、夢中で呼びかけた。何度も何度も。

 僕の持つ精霊石は(やみ)。闇の精霊は最も従順なはず。僕は闇の神ラグナザウロンの・・・。

 それからしばらく経って、闇の精霊たちがやっと、カイルの命令に耳を傾けだした。従うべきものがやっと見つかり、それに導かれて、次第に冷静を取り戻し始めたのである。

 カイルは右腕を突き上げて、呪文を別の種のものに変えた。

 すると、上手くその召喚(しょうかん)に答えて、やがて光の精霊が忍び寄ってきた。

 それらはひたひたと闇に混ざっていき、闇の精霊は場所を(ゆず)ってやって、少しずつ身を引いていく。だが光の精霊は弱く、まだ闇の勢力が強くて、ちらちらと見え隠れに輝きだしたかと思うや、呆気(あっけ)なく()み込まれてしまう。カイルの体力はぐんと減っており、さらに上をいく強い精霊を呼ぶのは、ますます困難になっていた。

 闇の精霊たちをもっと帰らせなければ・・・時間がかかる。持ち(こた)えられるかどうか。自分も、そして皆も・・・。夜明けはすぐのはずなのに、いやに遠く感じる。光が欲しい。陽の光の助力が。ああどうか、夜明けよ早く、早く・・・! 

 そうして呼吸がたまらなく辛くなった時、カイルは、不意に光を感じた。

 夜が明け始めた・・・闇が引けば朝が来る。太陽の・・・朝日の助けを得ることができる! 闇さえ消せば・・・!

 そう思うと、今までは無理に押し出していたというのに、急に、体内のあらゆる骨の(ずい)にも残っている力が(うず)き出して、望めば、隠れていたその力をも全て発揮できるような気になった。制御(せいぎょ)しきれぬ大いなる力をも、その気になれば呼べるような気がした。無限の力を体の奥底に感じた。これを出しきってしまったら、死ぬかもしれない。自分に許される力以上のものが跳ね返ってきて、体を(つらぬ)き、肉を焼き()がすかもしれない。

 いいさ、それでも構うものか!

 この時ほかのことは考えられず、本気でそう思った。

 何もかも僕のせいだ。みんなを巻き込まずに済む方法は、いくらでもあった。それなのに・・・まだ未熟なくせに、心のどこかで事態を甘く見てた・・・僕のせいだ!

 カイルは苦痛をも忘れるほどに熱くなり、自身に残された気力、体力、あらゆる力をことごとく振り絞って、強く願った。

 神よ・・・どうか、やり遂げるまでは!

 その時、シャナイアの周りには三体いた。だがそのどれにも、致命的な一撃を見舞うことができない。これらの動きは全く予想がつかず、反射神経に頼るしかなかった。なにしろ、足が手のようにも働く。実際、形も手のひらのようで、それに鉤爪(かぎづめ)が突き出していた。それがふわりと飛び上がって、幾度となく腕や肩につかみかかろうとしてくるのだ。

 だからシャナイアは、もう体が反応するままに任せていた。すると、ある時幸い、一体の急所をとらえることができた。ところが、その次の相手は信じられないことに、鋭利な(やいば)を口で食い止めたのである。

 シャナイアは驚いて剣を手放し、後ろへ下がった。ここぞとばかりに、残りの一体が襲って来た。それが分かっても成す術はなく、シャナイアは思わず目をつむる。だがその前に一瞬、何かが視界をかすめた気がした。目を開けると、今にも食い殺されるかと思われたそれが、大きく()け反って、よろめいていた。ばったりと後ろへ倒れたその眉間(みけん)には、ナイフが突き刺さっている。

 シャナイアに襲いかかろうとしていた怪物に、左腕に装備しているナイフを間一髪で命中させたリューイは、すかさず彼女の目の前に飛び出して、落ちている剣をさっと拾い上げた。その前の一体がぷいと吐き捨てた剣だ。リューイは、電光石火の身ごなしで怪物の(のど)を突き刺し、抱きすくめられる前に素早く飛び退()いた。

 シャナイアの目の前にリューイの背中があり、その向こうで黒い影が地面に転がった。

 その直後のこと。

 頭上でパッと閃光(せんこう)が走り抜けたかと思うと、急に(まばゆ)い雨が、いや光のスコールがいっきに叩きつけてきて、それから数十秒というあいだ、目も開けていられなかった。ただ、今までしきりに聞こえていた不気味な羽音は消え、何かかなぎり声のようなものが響き渡った。それはこの世のものとは思えないぞっとする音だったが、どうすることもできないそのあいだ、襲われるということもなかった。魔物が上げる断末魔の絶叫なのか、それはそのまま小さくか細くなり、やがて消えていった。 




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み