13. 少女がいた場所

文字数 1,573文字

 カイルは、昨日と同じ道を慎重にたどっていた。その時は珍しい小動物に誘われるままに足を進めていたので、どこを歩いていてもいま一つ確信が持てない。とにかく、あの沼地へと通じていそうな細道か、最初に潜り抜けた植物のトンネルを見つけられれば。

 そうしてようやく、見覚えのある緑の壁を探し当てることができた。垣根のような(やぶ)に取り囲まれた場所。そこへと抜けられる小さな(ほら)を。

 カイルは体をくねらせて、また同じようにその中を突き進んだ。だが途中で、だんだん不安になってきた・・・。思わず傷つけて嫌われた、痛烈に(こた)えた昨日の出来事が脳裏に浮かぶ・・・気まずい。カイルは慌てて思い出さないようにした。そうして()えそうになる自分に負けないように、手足を前へ前へと押し出した。

 そこを抜けきったカイルは、立ち上がって、辺りの様相をあらためて確認してみた。

 沼のほとりの大部分は、葉を茂らせた樹木が密生している。そのせいで薄暗く、地面はじめじめしていて、少し不気味に感じるが、沼の上空には太陽がはっきりと見られた。水際(みずぎわ)には陽光がじゅうぶんに届いている場所もある。だが、一帯のほとんどが日陰で、やはり何だか寂しいところだ・・・。ここに一人でいても、明るい気分にはなれない・・・。

 それからカイルは、少女の姿を探した。

 すると思った通り、彼女は今日も来ていた。昨日と同じ場所で、同じ様子で見つけることができた。躊躇(ちゅうちょ)するより先に、カイルは話しかけようと決めていた。

「よかった。今日もここにいた。」
 カイルはそっと言った。

 その瞬間、少女がパッと立ち上がった。かと思うと、またまっしぐらに逃げていく。昨日は振り向きもしたのに、不意を突かれてカイルは(あせ)った。

「あ、待って! 違うんだ、僕は!」

 すぐさまカイルも追いかけた。以前にも増して猛烈な勢いで走っていたので、少女との距離はぐんぐん縮まっていった。

「来ないで、放っておいて!」
 少女は涙声で叫んだ。いっきに迫りくるその気配には、恐怖すら覚えた。

 彼女の叫びが胸をつんざいた。が、カイルは(ひる)まないようそれを無視した。

 昨日と同じ道を逃げられていたので、やがて前方に同じ小川が見えた。そこにさしかかるまでには、カイルはもう、彼女の()せ細った腕を無造作につかみ取っていた。

「放してっ!」

 その手を振り解こうともがきながら、少女はざぶざぶと小川に入って行く。カイルも派手に飛沫(しぶき)をあげながらついていった。なんとしても放さない、と懸命になり、グイっとその手を引き寄せた。それから倒れかかってきた体を振り向かせ、真正面から抱きすくめた。

「ごめんっ。」

 少女の体からへなへなと力が抜けていった。それに彼女は下を向いたままで、少し震えてもいた。

「ごめん、君をひどく傷つけた。でも分かって、違うんだ僕は・・・自分でもどうしてあんな・・・。」
 彼女を捕まえて、抱きしめるまではできた。でも咄嗟(とっさ)に上手い言葉が見つからなくて、カイルはただ、思いつくままを懸命に口にした。

 それでも、少女は完全に抵抗力を奪われてしまった。言葉ではなく、胸に響くその声と、それから伝わってくる優しさ、なにより彼の温もりには(かな)わなかった。それは(なつ)かしい温もり。胸の奥から切なく(あふ)れ出した。最後に抱きしめてくれたのは、父だった。あの日、自分を逃がすために抱きかかえて外へ連れ出してくれた父。それが最後。そして・・・誰も抱きしめてくれなくなった。

 熱いものがこみ上げた・・・。
 少女はたまらず目を閉じる。(まぶた)隙間(すきま)に、じわりと涙がにじんだ。



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