27. 精霊使いである証拠

文字数 2,033文字

 カイルがその場に立膝(たてひざ)をつくと、周りにいる男たちは思わず下がった。

 カイルは虚空(こくう)を見つめ、そこへすっと両腕を差し伸べる。続いて、その腕は(なめ)らかに、大きく動き始めた。
 少年はゆっくりと(まぶた)を閉じていった。そうしながら、静かに、何かに呼びかけ続けた。
 時間はいらなかった。それらはすぐに応えてくれ、間もなく、ひたひたと(つど)い始めたのである。

 何かが忍び寄ってきた。

 人々が頭上に目を向けると、夜空の星々が手の届きそうなところに舞い下りてきていた。無論、天体の星ではない。それは、金色や銀色に輝く小さな粒子(りゅうし)の集合体。それらが(あま)の川さながらに、すぐ頭上でうねりながら流れているのである。ランタンを持つ者たちは、もっとよく見たいという衝動によって、知らずと手を動かし、言われた通りに次々と灯りを消していった。

 すると、光の精霊群で織り成される天の川がいっそう際立(きわだ)ち、力強く輝きだした。その息を呑む美しさに()せられて、ほとんどの者が呆けたようにぽかんと口を開けている。そこで気付く者がいたとすれば、なぜ呼ばれたのかと(とが)められるように、光の精霊に髪をまさぐられている美少年が、それでもなお呪文を唱え続けている、妖麗な姿を目にしただろう。だがその必要もなく、一人としてこの現象にとらわれない者などいなかった。それはまさしく精霊使いそのものと言えたが、人々にはもうじゅうぶんだった。

 やがてカイルは、〝 戻れ 〟という意味の最後の命令を口にして、ささやかな呪術を終了した。そして、辺りが次第に薄暗(うすぐら)くなりつつある時には、〝 ありがとう 〟と声にせず言い、自然の月と星明かりだけになると、〝 ごめんね 〟と、(つぶや)いた。

 エミリオとギルは(がら)にも無く、すっかり茫然自失の状態にあった。共にそれと名乗る者がいることは知っていたし、見たこともあった ―― 中には詐欺紛(さぎまが)いの者も多いと聞く ―― が、それを、こうも疑う余地なく堂々と証明してみせられたのは、初めてだった。

 一方、ミーアも上を向いたまま目をぱちくりさせ、シャナイアもまだ首を()け反らせて、うっとりしている。

 それに比べて、危険で遥かに(すさ)まじかったものの、以前に一度その力を()の当たりにしているレッドとリューイは、いち早く現実にかえることができた。

 やがて、一つ、また一つと、我に返った者が再び灯りを点けだした頃になって、カイルはゆっくりと立ち上がった。

「どう?」
 カイルは、クレイグとマットに向き直って言った。

 二人は驚愕(きょうがく)の眼差しを返し、そのうえマットなどは思わず一歩身を引いた。

「信じてくれる? 全てを。」
 カイルは、あのあとではいっそう神秘的に見える緑色の瞳で、そんな二人をじっと見つめた。

 クレイグは、はっきりと一つうなずいた。
「これで、心底から君を信頼できる。女神メテウスを、()まわしい呪いから解き放してくれ。君にかけよう。」

 だが、それに対するカイルの表情は浮かなかった。
「残念だけど・・・この石碑は(くだ)けてしまうことになります。女神の像も・・・。」
 クレイグも顔を曇らせた。
「どうしても・・・。」
 カイルは申し訳なくなり、彼よりもさらに小さな声で答えた。
「うん・・・呪いを解くと・・・そうなっちゃう。どうしても。」
「そうか・・・なら仕方が無い。デイヴにも悪いが。」

「気に()むことはないさ、クレイグ。」
 とその時、人垣の中からそう声があがった。
 声の主は続けた。
「また頼めばいいじゃないか。あいつの創作意欲を掻き立てる、とびきりの材料を用意して。」

 すぐに村人たちは賛同の声を上げた。

「待ってくれ。それならいっそのこと、誰も近付けないような谷底へ、崖から突き落として粉々(こなごな)にすれば ―― 」
「ならん!」
 そう言いだしたマットをクレイグが(しか)るよりも早く、突然、村長の辛辣(しんらつ)な声が響いた。
「この世に存在を許されぬ者の力を、(あなど)ってはならぬ。」

 声は静かだったが、(おごそ)かな表情を崩さない村長はそれを全員に対して言い、その場を圧倒した。

「その通りです。そんなことじゃあ呪いは解けない。ちゃんと儀式をしなくちゃあ。誤った判断で処理されてしまった呪いも実際にあるけど、必ず問題が起こってる。結局は、僕たちのような正式な術使いが解決しなきゃならなくなる。」

 カイルが言ってこの場はまとまり、クレイグがその場を引き受けて話を戻した。
「それで手立ては。」

 そうきかれて、カイルは手短(てみじか)に儀式の段取りを説明した。
 それにより、執行(しっこう)は予定通り夜明け前ということになった。



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