29. 儀式の準備

文字数 2,104文字

 まだ星屑(ほしくず)も見られる夜明け前。儀式の執行(しっこう)時刻となり、村人たちは、自然と消えそうな焚き火をそのままにして、収穫の女神メテウスモリアの石碑(せきひ)の前に集まった。

 指名されていた三人は横一列に並んで、カイルと向かい合っている。愛用の大剣を(さや)から引き抜いたエミリオとギル、そして、レッドに剣を借りたリューイである。

 詳しい説明は省略され、カイルは、剣を持つ三人に、剣身を両手で目の前に立てるように指示した。
 彼らは言われた通りに、それぞれの剣を、切っ先を上にして目の前に突き出してみせる。

 村人たちは静かに儀式の進行を見守っている。

 その注目を浴びているカイルは、それらの剣に厳しい目を向けていた。エミリオの剣を見てうなずき、次にギルのものを見てうなずいた。そしてリューイ。が、急に顔をしかめると、カイルは大股で一歩リューイのもとへ。そして、剣を握りしめている彼の手を、両手でしっかりと覆った。何が起こるのかと緊張していただけに、いきなり飛びつかれたリューイがびくっとすると、カイルはこう注意した。

「真っ直ぐ。」

 なるほど握り方が甘かったのかと、リューイは理解して剣をぴんと立て直した。それに倣って、横にいるエミリオとギルも手元に注意を払った。

 いよいよ物々(ものもの)しい雰囲気になってきたところで、カイルは、剣身の一つ一つに、指先を走らせるだけの精霊文字を書き付けていく。そのあいだじゅう何やらぶつぶつ呟いている言葉も、剣に施されているものも、三人には分からない。それは、次元の違う世界の言語。そんな理解のできないものよりも、この時エミリオとギルの気を引いていたのは、怪しく指先を動かし続けているカイルの表情。リューイは以前にも見ていたが、普段はほがらかなその甘い顔立ちが、この時は一変して凛々(りり)しくなったのには、まるで別人だと二人は驚いた。この少年が精霊使いであることを、ようやく実感できた瞬間だった。

 その作業は数十秒で終わった。

 すると間もなく、それぞれの剣にうっすらと精霊文字が浮かび出したのである。

 そうして、準備は滞りなく進んでいた。次は、ちょうど中心に石碑がくるように、エミリオ、ギル、そしてリューイを、トライアングルの形に配置することだった。まだ辺りが暗いこともあって、位置についた三人は、もはや互いの顔も分からなくなるほどの大三角形を作らされた。互いの様子がなんとなく分かり、存在を感じられる影だけが見える。

 淡々と準備を進めているこのあいだ、カイルは余計な喋りを一切しなかった。その様子がずっと厳しいままだったので、リューイも無駄に言葉をかけず、うなずいて応じるばかりで、声すら出さなかった。

 カイルの合図で、三人は再び剣を胸の前へと突き出した。この時、剣が斜めになるように、その角度までしっかりと決められた。

「じゃあ、僕がいいって言うまでそのままだよ。」
「・・・これで終わりか?」と、リューイはそこで初めて口にした。
「うん、準備はね。今から始めるから、角度変えないでね。あとは、そのまま立っててくれるだけでいいから。」
 カイルもそう答えて、くるりと背中を向けた。
「皆だったら、大丈夫だよ。」

 歩きだしざまに、カイルが何やら呟いた。
 それがリューイには(かす)かに聞こえた。

「カイル・・・。」
 あまり声をかけてはいけないと思いつつも、思わず呼び止めていたリューイ。
 その声が届いて、カイルが振り向くと、リューイは言った。
「持ってりゃいいんだよな。」
「うん、持ってればいいんだよ。」
 カイルはにこっとほほ笑んだ。
「持ってるだけでいいんだよな。」
「持ってるだけでいいよ。でも、絶対に落とさないでね。」

 カイルはまた気になることを言い残して、歩きだした。

「なあっ、持ってるだけでいいんだろうなっ。」
「うんってば、しっかり持っててよ。」

 このやりとりは、離れた場所で待機しているエミリオとギルにも聞こえていた。
 それで、ギルが殆ど無意識にエミリオを見やると、暗くてその表情までは分からないが、エミリオもこちらに顔を向けていることは感じられた。
 同じ思いに違いない・・・。
「なんだか不安になってきたぞ・・・。」

 カイルは三角形の外側に座った。精神統一をして息を吸い込み、虚空(こくう)に向かって呪文を唱え始める。闇の呪文を。そうしながら、差し伸べた両腕をゆっくりと動かし始めた。精霊たちを呼び寄せるその滑らかな動作が、時にはキレのある素早い動きにもなることを、リューイやレッドは知っていた。

 カイルの両腕はやがて胸の前へと下りてきて、その手はそこで三つの(いん)をむすんだ。呪術の中で行われるそれは、話しながら身振り手振りを加えるような感じだが、そうかと思うと複雑な動きを見せることもあり、その世界の何か法則に(のっと)った合図なのだと分かる。それと同時に出している、男性で言えば普段は高めの優しい声は、今は低く(りん)としていた。


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