21. 花咲く茶会

文字数 3,518文字

 特にすることもない。そう言って一階の明かりを消して回った彼女にとって、今夜はそういうわけでもなかった。

 昼間招待された通りに、村の外れにあるこの()っ立て小屋へとやってきたシャナイアは今、ここリサの村の娘たちのお(しゃべ)りに囲まれている。
 何に招待されたか・・・それは、彼女たちが気まぐれでしばしば開く茶会に。なぜそれだけのことにわざわざ嘘をついたかというと、彼女たちは体よく茶会と言っただけで、夜もそこそこ遅い時間に開くのだから、きっと飲み会というのが本当なのだわと、勝手に思い込んでいたから。

 ところが、来てみると、茶会は(まぎ)れもなく茶会なのだった。

 だが、シャナイアはもう立派な大人。これから何か大事な仕事があるわけでもなく、まだこののどかな村で、のんびりと過ごしている。例え酒を飲もうが、年上のエミリオやギルにもうるさく(とが)められることはないだろう。

 ただ・・・一人厄介な男がいる。レドリー・カーフェイ。彼には、使いようによっては弱みにされかねない、恥ずかしいところを見られていた。

 あれは、二人が出会ったレトラビア王国でのある夜のこと。任務遂行(すいこう)を誓い、隊員たちが結束するための懇親(こんしん)会が催されたのだが、シャナイアには、そこで悪酔(わるよ)いしてレッドに介抱してもらったという苦い経験があるのだった。※

 そういうことなので、その時の話をむし返されたくなかったシャナイアは、こっそり出かけるために、さっさと明かりを消したがったのである。

 大振りの円卓があり、中央に手作りの花瓶が置かれ、黄色い花びらを何枚もつけた野生の花が四、五本さしてある。小屋の中は、可愛らしく飾られた乙女の部屋という感じだった。

 シャナイアは、必ず話題になるだろうとは思っていたが、いきなりそれから始まって、ほとんどそれ一つでもちきりだった。それは、彼女を取り巻く ―― ただ身近にいる ―― 男たちの品定(しなさだ)めをすること。

 おかげでシャナイアは、雨あられという質問攻めにあった。どうも家族も同然の間柄(あいだがら)だと思われているらしかったが、シャナイアには、これはできれば避けたい話題だった。レッドについては、このおとなしそうな娘たちの中に、いかにも野蛮(やばん)そうな外見が好みという変わり者がいるとすれば、望むことのある程度は教えることができる。しかし、ほかの者たちはというと困った。なにしろ、知り合ってまだ二週間も経っていないのだから。

 そう困惑しているシャナイアだったが、彼女の美貌もまたここでは目立っていた。レトラビアでは、王女の用心棒をしていたシャナイアは、舞踏会などの集まりで、貴族の若い男性からよく口説(くど)かれた。そのせいで、同じ来賓(らいひん)の高貴な淑女(しゅくじょ)たちから、あからさまに(ねた)まれたり、嫌味を言われることもあった。

 それに比べて、この村の娘たちは、春に咲き誇る花々を()めるように、素直にシャナイアの美しさを賛美した。シャナイアにとって、それは不思議と異性にそう囁かれる以上によい気分になれたし、嬉しかった。

「ねえ、シャナイア。」
 ミントのハーブティーを注いでくれながら、(まつげ)の長い(りん)とした瞳が印象的なレイラが声をかけてきた。
「ポールがすっかりあなたの(とりこ)になっちゃって、いつまでも夢うつつなのよ。おかしいでしょ。」

 あまりおかしくなかったが、とりあえずシャナイアはほほ笑んでみせた。そう言われても、こちらとしては反応に困ってしまう。

「ポールだけじゃないわ。ここの男どもは皆そうよ。」

 今度は、隣に座っているリノアが、笑い混じりにそう言って顔を向けてきた。その口調がとても純粋だったので、シャナイアは気分を害されずに済んだ。

「でも可哀想。これほどの違いを見せつけられているんだもの。」
「そうね、あの方の前では手も足も出せないわね。」

 続いて、円卓のあちこちからそんな声が飛び交った。

 シャナイアは目をきょろきょろさせ、首をかしげる思いで確かめてみる。
「え・・・何を言っているの。あの方って?」
「ほら、あなたの恋人の、背が高くてとても美しい殿方よ。」
「エミリオのこと? 私の恋人ですって?」
 それが誰であるかはすぐに分かったが、シャナイアにはまったく呆れ返る思いだった。
「あら、じゃあ違うの?」
「そうよ。どうしてそう思ったの?」

 シャナイアが逆に(たず)ねると、隣の者同士、娘たちは互いに目を見合った。そうして、しばらくは誰も何も言わなかったが、少しすると、ここでは一番シャナイアと親しくなっていたレイラがこう言った。
「だって、あなたがあまりにも綺麗だから、お似合いだと思って。皆そう思っているわよ。」

 シャナイアは、ポカンと口を開けた。
「お似合いってだけで? 呆れた。」

「じゃあ・・・あの紫の瞳の方?」
「いいえ、違うわ。」
「いったい、どなたが恋人なの?」

 おかしなことを考えるものだと、シャナイアは呆気にとられた。
「誰も。みんな友達よ。」

 乙女たちはまた、信じられないといった顔を互いに見交わした。

 シャナイアが聞くところによると、エミリオはそのあまりの美しさと物静か過ぎる感じから、恐れ多くて近寄りがたい印象があるという。そのため、引けを取らない二枚目でも気さくなギルが、最も人気を得ていた。彼はこの数日間、そこかしこに

笑顔を振り()いていたらしい。それでシャナイアは、彼はホントのところは好色漢(こうしょくかん)で、出会う以前は、数多くの女性を手玉にとっていたのかしら・・・と何となく思い、なぜか不愉快になった。ギルの方では何も下心などなく、好奇心旺盛なためにしきりに出歩いて、あちこちで声をかけまくっていただけに過ぎなかったが。

 そうして、シャナイアと同じ年頃の娘たちが、彼についてお喋りしていると、シャナイアよりもずいぶん若いように見えるアイリーンという娘が、やや気後(きおく)れしながら、リューイについてきいてきた。

 たちまち、話題は彼に移転した。だがシャナイアには、彼は外見のその品の良さとは裏腹な内面を持っている、としか答えてやれなかった。彼は金髪で、空のように青く澄んだ瞳をしていて、貴族や宮廷淑女たちがいかにも好みそうな容姿をしている。ところが、その情熱は、彼に触れてみたとたんに、たちどころに冷めてしまうだろう。どれほど(けが)れなくても、見た目に合わない無知と無垢(むく)さは、そんな高貴な女性たちにとっては、たちまちがっかりしてしまうことだろうから。

 カイルは・・・ここに集まったのは、シャナイアと違ってもせいぜい一、二才という大人が大半だったので、恋愛の対象にはならなかった。弟になって欲しいという声があがった程度。

 そしてレッド。第一印象はたいていそうだろうとシャナイアも予想していたが、やはり彼は誤解されていた。ここではその目つきの鋭さだけが目立ってしまい、素朴な村の乙女たちを少し(おび)えさせてしまったよう。笑うとそうでもないのに、少々目尻の吊り上がった切れ長の瞳が、初め冷たい印象を与えてしまったらしい。それでシャナイアの、唯一それなりに答えてやれると思っていた彼に関しての知識は、ほとんど彼をたてるために使うことになった。

 それで、シャナイアはこう教えてやった。彼を知れば知るほど見えてくるその魅力は、一度気付くと、知らないうちにどんどん引きこまれてしまうものだと。
 実際、シャナイアは経験者だ。レトラビアでの任務では、隊長に任命されたレッドは初め、アイアスであることを隠していたため、若すぎるというだけで、隊員たちの不信感を買っていた。ところが最後には、誰もが彼を認め、チームとしていい関係を築いていたのである。レッドが知らずとまとめ上げた最高のチームだった。※

 それらのエピソードを交えて、ついでにシャナイアは、彼の剣闘士としての強さのほども大いに飾り立てて教えてやった。おかげで本当の彼を知った乙女たちは、たちまち興味をもったようだった。

 人一倍敏感(びんかん)なくせに、密かな女心などにはてんで鈍感(どんかん)で、見られることが苦手のレッド。悪戯(いたずら)好きのシャナイアは、くすりと笑った。これは面白くなりそうだわ。





※ 『アルタクティスzero』 ― 「外伝 レトラビアの傭兵」

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