15. 孤独の理由

文字数 2,534文字

「ねえカイル、おなかすいてない?」
「そう言えば、朝食べてないや。もうお昼だね。」
「私の部屋に、美味しい果物があるのよ。取りに行ってくるから待っててね。」

 フィアラはそう言うと、沼の方へと戻って行った。
 待っているように言われたカイルだったが、部屋と聞いて気になったので、すぐに腰を上げて彼女のあとについて行った。

 行きついた先はやはり沼のある場所で、フィアラは、カイルがここへ抜けてきたトンネルと同じような茂みの洞穴(ほらあな)へと入って行った。草木が絡まってできたその穴の奥は、少し広くなっていて座ることができた。自然が作り上げた屋根や壁の代わりになるものに覆われている。座れる場所には、野草の絨毯(じゅうたん)の上に毛布が敷かれてある。(かし)の大木が群生(ぐんせい)していることも幸いして、雨風をじゅうぶんに(しの)げるようにはなっていた。

 カイルが洞穴の手前で待っていると、やがて、小さな木の実をたくさん抱えたフィアラが出てきた。

「木苺とサクランボだね。そういえば、たくさん生ってた。」
 カイルはそれをバラバラといくつか受け取って、一つを口の中へ放り込んだ。

 二人は、大木の木陰に座ってそれを味わうことにした。

「ねえ・・・もしかして、ここに住んでるの?」
 きっとそうなのだろうという思いで、カイルは悲しげにきいた。
「ええ・・・。」と、フィアラは小さな声で答えた。
「ずっと独りで?」
「・・・ええ。」
「それで・・・いつもこういうもの食べてるの。」

 フィアラには彼の心配してくれている気持ちが分かったし、やはりそういう生活はあまり格好がよくないので、食べる手を休め、それから下を向いてうなずいた。

「・・・ええ。でもほかにもいろいろ種類があるから。果樹園へ行けば葡萄(ぶどう)ならたくさんあるし・・・悪いことだけど。」
「そう・・・。」
 カイルは耐え切れずに、その一言でフィアラに(しゃべ)るのを止めさせた。

 フィアラも黙った。

 二人の間に沈黙が続き、フィアラがそっと彼の深刻な横顔をうかがうと、彼の食べる手も止まっていた。彼は残りの木の実を持った腕を、三角に曲げている(ひざ)の上に置いていた。

 フィアラはやがて、そんな彼にそっと声をかけた。
「ねえカイル・・・この痣のこと聞きたい?」

 カイルはフィアラの顔を見てほほ笑み、首を振った。

「でも、気になるでしょう?」
火傷(やけど)・・・だよね。分かるから。」

 きっと辛いことを思いださせる・・・と思い、カイルは話を終わらせようと普通に言った。ところが、フィアラの様子は何か違った。

「そう・・・焼けてこうなったのよ。」

 たびたび太陽を隠していた厚い雲がまた光を(さえぎ)り、沼に薄暗い影が落ちた。

「この(あざ)・・・。」
 結局フィアラは、草の上に視線を落として話し始めた。
「家が火事で燃えちゃって・・・。私の家は村の隅っこにあって、隣の家も見えないほど孤立してたの。あれは、風の強い夜だったわ。いつものように二階の自分の部屋で寝ていたら、なんだか息苦しくなって、(せき)が込み上げてきて目を覚ましたの。そしたらドアの下から煙が入ってきていて、家がもう炎に包まれかけていたのよ。すぐにパパが助けに来てくれたんだけど、抱えられて外へ連れ出してもらうまでに煙で目が痛くなって、開けていられないほど痛くて、そして外へ出ると、パパは私をどこか安全なところに下ろして、だけど、すぐに急いでどこかへ行ってしまったの。私はまだ目を開けることができなくて、パパの足音が遠ざかっていくのが不安でどうしようもなくて、呼び戻そうと叫んだわ。でも、何度パパやママを呼んでも、聞こえるのは風の(うな)り声と恐ろしい炎の音ばかり。そしたら突然、なぜか急に何も聞こえなくなって、真っ暗で目も開けているのかいないのかも分からなくなるし、焼けつく痛みも消えないし、怖くて、痛くて、いつまでも泣き叫んだわ。そしたら風がね・・・。」

「風・・・?」
 自分でもなぜか分からないままに、カイルはその言葉を(ひろ)い上げていた。

 フィアラは、カイルの顔に視線を移した。

「そう、風よ。冷酷で無慈悲な風が消え失せて、代わりに穏やかで優しい風が吹いたの。それが私の手を引いて、あるいは背中を押してくれて、私は何も考えられなくなって、ただ呆然と促されるままに歩き続けたわ。だけど疲れて、そのまま倒れてしまったみたいで・・・そこはよく覚えていないの。ただ気付いたら、この沼のそばにいたのよ。もう夜明けだった。だんだん目が見えるようになって、水があることに気づいて、夢中で顔を冷やしたわ。そうしたら嘘のように痛みが引いて、不思議なくらい楽になった。でも・・・水面に映っていた私の顔は・・・。」

「フィアラ・・・。」
 カイルは、静かに話を遮った。
「ごめん・・・もう、いいから。」

 カイルは、知らずと切ない眼差しを向けていた。
 その視線がたまらなくて、フィアラは沼の方を見たが、少しするとまた口を開いた。

「私ね、村に戻ったの。どう来たのかも、どれほど歩いたのかも分からなくて、数日かかってしまったけれど、どうにか帰ることができたわ。だって、パパとママに会いたかったし、きっと心配してると思ったから。でも私の家は無くなっていて・・・知り合いのおばさまの家に行ったら・・・そのまま、お墓へ連れていかれたわ。パパとママと・・・そして私の。みんな、私が焼け死んだものと思っていたらしいの。パパとママは、あの日抱き合って倒れてたんですって。外にはいたらしいんだけど・・・もう息をしてなかったって・・・。パパ・・・ママを助けに戻ったのね。」

 声はか細くなり、そして消えた。それで、カイルがフィアラの顔をうかがってみると、唇は(ゆが)んで、今にも嗚咽(おえつ)が聞こえてきそうだった。カイルはそのまま泣かせてあげたかったが、どう言葉をかければいいのか分からなくて、ただ見守った。それに、そのことで、彼女はもう何度も涙を流してきたはず・・・。



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